ブレイク

 ティカ隊長と分かれた後、俺たちは他の店も回って品揃えや住民のニーズを拾うことにした。

 ゲミュートリッヒの大通りというのか、町の南側にある正門から北側の裏門に抜ける通りには商店が並んでいる。


「改めて見ると、町の規模にしては多いのかな」


 人口百ちょいなら、日本じゃ村以下のサイズだ。俺の田舎でも人口千くらいはいたはずだけど、こんなに商店はない。

 それは店主の高齢かとか大手ショッピングモールに潰されたとかもあるから、別の問題か。


「けっこうお客さんも入ってるのニャ……」


「美味しそうな匂いがしてますね」


 まだ朝飯というか昼飯というか、まだ中途半端な時間だけど十軒近くある店のどこも客が出入りしていた。


 猟師の獣人一家が経営する肉屋さんに、農家の直売所といった方が正しい八百屋さん。近くの山から産出する鉱石を自分で掘ってくるという地産地消の鍛冶屋さん。エルフ母娘が秘伝の製法で調合する薬屋さん。

 ほとんどが家族経営で、それぞれ仕入れは自分で野山に分け入って行うようだ。

 エルミによれば、それはエーデルバーデンでも似たような状況で、供給はランダムなため他の住民が仕留めた獣や魚、採取した薬草や山菜も買い取ってくれていたという。


「エーデルバーデンではギルドも買取をしてたけど、中抜きがあるから金額が渋いのニャ。冒険者の昇級に絡まない素材は、お店に持ってった方がお得なのニャ」


 なるほど。異世界も案外、世知辛いのね。

 商店の他には、町の外から来るひと用の宿が一軒と、食堂が四軒。宿の食堂も含めれば五軒てことになる。


「やけにメシ屋が多いな」


「ひとり身が多いからニャ」


 エルミに聞くと、種族問わずひとり暮らしで自炊はしないようだ。こっちの世界は部屋にガス水道や冷蔵庫があるワケじゃないし、食品に保存料とかも添加されてないだろうしな。


「冒険者は、あんまり家にいないのニャ。おカネないと安い宿か野宿ニャ」


 なるほどね。そんな暮らしなら、そら外食になる。


「もし酒場をやるとして、食堂と競合はしない?」


「おそらく。もし問題がありそうなら、酒類の販売に切り替えれば良いのではないでしょうか」


 それもアリかな。

 俺は儲けたいのではなく、のんびり暮らしたいだけだ。いまはそれほどカネが必要なわけでもない。

 ヘイゼルのDSDにストックしてある予算は増減あって現在約八百三十万円六万ポンドほど。銀貨銅貨は入金せず現物のまま預かってもらってるから、そちらだけでも数ヶ月は暮らせそうだ。


「逆に、ミーチャさん。他の業種は思い付きますか?」


「いや。やりたくない業種なら、いっぱい思い付くんだけどな」


 運送業とか、護衛とかな。補給がヘイゼル頼みだけど、できなくはない。せっかく楽しく暮らせる場所を求めてきたのに血なまぐさい方向に進むとか意味わからん。そんなら、いっそ盗賊にでもなるわ。いけ好かない貴族や金持ちを選んで襲う、自称義賊とかな。まあ、いいや。


「見たところ得意分野で住み分けがされてるし、最低限必要なものは町で揃うようになってる。案外、不便なく暮らせそうだな」


 その反面、新規参入するメリットはあまりない。分母が百五十とかじゃパイも小さいし、近隣の商圏はエラい遠いらしいしな。


「町にある店で手に入らないものは、サーベイさんに頼むわけですね」


 噂をすれば目の前の宿からサーベイ氏と人狼護衛三人が出てくるところだった。護衛の三人がこちらに気付いて手を振り、商人氏はにこやかに頭を下げる。


「おや、ミーチャ殿、エルミさんとヘイゼルさんも。町を見ておられるのですかナ?」


 俺たちも挨拶をして、商売のリサーチ中だと話す。

 サーベイ氏は俺たちが店を手に入れたことを知っていた。酒を扱おうと思ってることを話すと、是非とも融通してほしいと興味津々の様子だ。


「サーベイさん。馬は手に入ったんですか?」


 ヘイゼルの質問に、小太りの商人氏は首を振って苦笑する。


「この町にある馬車は、みんな出払っててネ。何日か、待つことになりそうだヨ」


 荷物は昨日のうちに返してあるし、お礼として金貨を二十枚ももらっている。この先も商売の先輩として、リサーチやお願いをすることもあるだろうから仲良くしておきたい相手だ。


「もし危険な旅になりそうなら、俺たちに声を掛けてください」


 専業にする気はないが、町のライフラインであるサーベイ氏に協力するのはやぶさかではない。


「そうだネ。そのときは、ミーチャ殿によろしくお願いするヨ」


 サーベイさんたちは忙しそうなので、軽く話して分かれる。

 少し腹が減ってきた。朝はバタバタしていたので、手持ちの携行食を齧っただけだ。さっきかから良い匂いがしているので、やたらと食欲を刺激される。


「俺たちもどこかに入ってみるか。ふたりは食べたいものある?」


「わたしは、こちらの野菜が食べてみたいですね。生鮮食品の状況もわかりますし」


「ウチも興味あるのニャ。さっきから、すごく良い匂いがしてるのニャ」


 八百屋の隣につながったレストランは、店先で魚のサンドウィッチ的なものを売っている。たしかに、スープかなにかの良い匂いが漂ってくる。そこに入ってみることにした。


「いらっしゃい、好きな席に座ってね」


 出迎えてくれたのは人間の夫婦で、男性の方は八百屋に立っていた店主に少し似てる。どうやら親族経営らしい。

 注文を取りに来たのは、二十代半ばくらいの奥さん。日焼けしてそばかすのある快活そうな女性だった。農家仕事も手伝ってるのか、細身なのに鍛えられた感じの安定感がある。


「あれ、ええと新入りの……ミーチャさんだっけ。デッカい乗り物を動かしてた」


 やっぱり、小さな町だとみんなに知られとるな。

 こちらの店主はタパルさん、奥さんはカミラさん。こちらも簡単に自己紹介と軽い世間話をした後で、お店のお勧めを聞く。


「人気なのは、魚ボールの具沢山スープだよ。あとは、温野菜と薄切り肉の蒸し物」


「俺はスープをもらおうかな」


「ウチも魚ボール食べたいニャ」


「わたしは温野菜をください」


 はーいと愛想よく調理場に向かったカミラさんは、すぐ戻ってきてテーブルにパンの入ったバスケットを置く。


「パンは好きなだけ取ってね。足りなかったら言って」


 太っ腹だな。この辺りで、小麦が取れるのか?

 全粒粉っぽいシンプルな丸パンで、試しにひとつ取ると、まだほんのり温かい。小麦の香りが良いな。


「「美味しい」」


 思わず漏れたヘイゼルとエルミの声に、カミラさんが笑う。


「だろ。それ、クマパンさんの特注品なんだよ」


「クマパン?」


「ワーフリちゃんの雑貨屋は知ってる? あそこの向かいで、両親が始めたパン屋だ。いろんなパンがあって、どれも美味いよ」


 よし、後で行ってみよう。

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