続くリサーチ、続かない平穏
「「んまッ!」」
スープをひと口すすって、俺とエルミは思わず声を上げた。見た目は素っ気ないほどシンプルなスープだけど、魚の出汁と野菜の甘みが溶け合って素晴らしい味わいだ。
「この野菜、すごく力強い味ですね」
ヘイゼルも温野菜を口にして感心した顔で頷く。それを聞いたカミラさんが嬉しそうに笑う。
「そうだろ、ゲミュートリッヒの土はマナが強いんだってさ。植物の育ちがいいし、味も強くなるって話だよ」
あたしは魔力がどんなかわかんないから、聞いた話でしかないけどねー、なんて言いながら八百屋一族の若女将は仕事に戻ってゆく。
「マナが味を強くしてるとか、エルミはわかるのか?」
「わかんないニャ」
わかんないのかよ。この子、かなりの魔法使いな筈なんだけどな。
「でも、美味しいのはわかるニャ♪ このスープ、すぅっごく美味しいのニャ!」
それは俺にでもわかる。そして、味もさることながら、量もエラいサービスが良い。
丼サイズの木椀になみなみとよそわれたスープは、根菜を中心にカラフルな野菜がたっぷり。そこにツミレのような魚ボールが五、六個は入っている。
温野菜の方も取り分け用サラダボウルといった感じの木の皿にたっぷり盛られ、横に大きな薄切り肉が四、五枚乗っている。
これはパンのお代わりどころか、バスケットに入れてもらった分も食い切れるか微妙なほどだ。
「この魚ボールも美味いな。何て魚なんだろ?」
「この辺で魚が獲れるのは湖か川だから……たぶん、マスなのニャ」
マスって、海に出ないサーモンだっけな。自動翻訳っぽく理解はしてるけど、実物が言葉通りのものなのかはわからん。あとで魚屋さんも見てみよう。
夢中で食べているうちに完食してしまった。かなり満腹だけれども、身体が滋養を得た感じで心地よい。
「ごちそうさまー」
お店が混み始めていたので、席を立って会計をしてもらう。
王国銀貨一枚と、大銅貨二枚。ざっくり千二百円というイメージかな。この辺りの貨幣感覚は、もう少し生活してみないとピンとこない。
「食休みを兼ねて、お茶でも飲みたいな」
「良いですね。日に三度はお茶を飲んでこそ文明生活というものです」
「そういう英国的常識はいいから。喫茶店みたいなところは……」
「薬屋さんのお隣が、たぶんお茶屋さんなのニャ」
ふんふんと鼻を鳴らしてエルミが尻尾を振る。
彼女の嗅覚を信じて行ってみると、たしかに店先には焙じ茶のような香りが漂っていた。
「薬草茶のようですね。ハーブとスパイスがブレンドされた複雑な香りがしています」
お隣がエルフ秘伝の薬屋さん、ということは……エルフ秘伝の薬草茶屋さんか。これは期待値が上がる。
「ミーチャ、良いところにいた」
通りを駆けてきたのは衛兵隊長のティカと部下らしき獣人男性ふたり。彼女は落ち着いているが部下たちの緊張した表情から、あまり良い話じゃないことは明白だった。
「エルミとヘイゼルもだ。頼みがある」
周囲を見渡すが、通りを行き交うひとたちは、のんびりした空気のままだ。
町の住民たちに知らせるより早く、こちらに話を持ってきたのか。ますます嫌な予感がする。
「これから、非戦闘員を集会所に集める。彼らの護衛を頼めないか。町から物資も出すし、報酬も前金で出す。どんな結果になろうと、責任を負わせることもない。お前らと一緒に来た冒険者たちも、半分はそちらに付ける」
俺たちに頭を下げようとするティカ隊長を止め、説明を求める。
正確に言えば、答え合わせを。
「敵は、魔物? それとも軍?」
「王国軍だ。南側から騎兵が十五、兵を乗せた大型馬車が三輌、国境の稜線を超えて、こちらに向かってる。到着は、おそらく
その稜線というのは、俺たちも超えてきた坂の頂上か。この町まで直線距離で十キロほど。魔物が徘徊するクネクネした道を通ってくると、概算で三十キロちょっと。
「王国がアイルヘルンに兵を入れて、戦争にはならないのか?」
「こちらが一枚岩ではないことは、王国にも知れている。アイルヘルンに対する侵攻という扱いにはならん。せいぜいがゲミュートリッヒとの“紛争”だな。着いて早々に巻き込んで悪いが……」
「違う」
俺はティカ隊長の謝罪を止め、説明する。何度か話そうと思ったが、その度に止められたのだ。
過去も出自も話す必要はないと。
それは美しい考えかもしれんけど、こうなってしまえば失敗だったと言わざるを得ない。少なくとも、いったん棚上げしてもらおう。
「あいつらは、俺たちを追ってきた。狙われてるのは、町じゃなく俺たちだ」
「だからどうした? お前らは、もうこの町の住民だ。それを守るのは、衛兵隊の義務だろうが」
ああ、もう……ひとが良いのはわかるけど。ありがたいとも思うけど。そういうのは後にしてくんないかな。
エーデルバーデンでのクソみたいな扱いと、ゲミュートリッヒの底抜けで手放しな受け容れ様と、間はないのかと思ってしまう。
まして相手は三、四十は下らない兵士だ。ティカの衛兵隊がどんな規模と戦力なのか知らんが、人口百五十の町に対抗できるほどの数を抱えられるはずがない。
俺は真面目な顔で、ティカ隊長と向き合う。
「俺たちを身内だと思ってくれてるのは、とても嬉しい。でも、これは俺たちが蒔いた種で、巻き込まれたのは、この町のひとたちの方だ。だから、あいつらは俺たちが殺す」
悪いが、そこは譲れない。
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