夢のリスタート

「では、とりあえず第一候補としては英国酒場パブということで進めましょう」


「待て、早い早い。もう少し町のリサーチを行おう」


 町の商店主サンプル第一号から意見を聞いただけなのに、なんでかヘイゼルの先走り感がすごい。


「良いじゃないですかパブ。これぞ英国ディス・イズ・ブリテン♪」


「かもしれんけど、急過ぎだろよ。この町に酒場が必要って、ワーフリさんの個人的意見じゃん」


「でも、他のお店と競合しない上に集客が見込めて、地物素材の消費の場にもなるんですよ? お酒好きのドワーフや獣人のみなさんたちもおカネも落としてくれるし、孤児院として再スタートした集会所に代わって新たな情報交換の場にもなるって、良いことづくめじゃないですか。ミーチャさんも、なるほどって言われてたでしょう?」


 ワーフリさんがオススメした理由としては、“なるほど”だけど。はいそれじゃ酒場を始めましょうとは、さすがにならん。仕入れの問題も営業の問題も集客の問題も、まだ何にも考えてないし。

 ヘイゼルならアッサリどうにかしそうなだけに、もうちょっと考えたい。


 ドワーフが酒好きなのはイメージとしてわかる。獣人も、なんか好きそうではある。でもエルフは、何が好きなんだろ。


「エルミ、エルフの好きな食べ物とか飲み物ってなんだ?」


「果物とか木の実ニャ。あと、なんかのミルクを……なんかした、酸っぱいの?」


「なにそれ。チーズ? ヨーグルト?」


「ウチは知らないニャ。エーデルバーデンにはなかったから、それが食べたいなーって言ってるのを聞いたことがあるだけニャ」


 ヘイゼルに解説を求めるが、彼女も初耳なのか怪訝そうに首を傾げる。


「それは初耳ですが、大丈夫ですよ。生の果物は難しいですが、冷凍かフリーズドライならあります。果実酒も林檎酒サイダーが手に入りますし、ナッツも揃ってます。ウィスキーとジンとエールも文字通り売るほどあります。パブなら、いますぐにでも開けますよ?」


 ヘイゼルさん、やけにノリノリだったんは商売の都合ですか。


「なあ、DSDって、民間の物資も扱ってるのか?」


「いえ、そちらは限定的ですね。在庫は主に英軍酒保ナーフィのものです」


 アメリカ軍でいうPXか。ナーフィってのは初耳だけど、自動翻訳的な感じで意味は汲み取れた。

 軍事作戦の成功は後方支援が支えると聞いたことがある。要するに、戦争は物量なんだって。まがりなりにも世界屈指の軍事大国なんだから、そら補給部隊だって世界屈指なわけだ。

 それを活用する機会が異世界の酒場ってのも、シュールだけどな……


「おう、ミーチャと愉快な仲間たち。なにしてんだ?」


 振り返ると、衛兵隊長ティカが不思議そうな顔でこちらを見ていた。俺たちがワーフリさんの店から出て、ワイワイ言うてたところに見回りで通りかかったらしい。


「今後の方針を決めてるとこなのニャ」


「お前ら、通りの北に店を借りたんだろ? なんか商売するんじゃなかったのか」


「その件なんだけどね、隊長。この町で、酒ってどこで売ってるの?」


「酒? ないぞ。あれは商業ギルドの扱いだからな」


 ゲミュートリッヒの酒事情を尋ねたところ、サラッと返答があった。


「酒場は、たいがい冒険者ギルドに併設されててさ。小さな町だと、それが唯一の酒場ってことが多いな」


 現状ゲミュートリッヒにはそのどちらもないから、酒の供給も不定期にしかないわけだ。

 その不定期というのは要するにサーベイさんだ。彼の商会にとっては酒の扱いは本業ではなく、手間賃を乗っけての個人的依頼になる。どうしても生活必需品が優先されるため、重くかさばる樽入りのエールなどは持ち込まれる機会もそう多くない。


「じゃあ、ニーズは……酒を求めてるひとは、それなりにいる?」


「そらそうだ。ドワーフなんて、毎年秋になると熟しきった果物を樽に溜め込んでな」


「あ、もしかして酒を作るの?」


「そうだ。そして失敗して腹を壊す。毎年な」


 酒税法があるわけでもないこちらの世界じゃ個人的に作るのは勝手だけど、ノウハウも道具も素材も勘でやるしかないので、手間暇の割りに成功率が低いようだ。


「この町は、一見のどかに見えるかもしれんけどな。周りの環境は、それなりに過酷なんだよ。言ってみりゃ、最前線の砦みたいなもんだ。そんななかで暮らしてりゃ、生き延びることが最優先だ。道楽に費やせるほどの余裕はなかった」


 過去形? と思った俺を見て、若き衛兵隊長はニカッと笑う。


「正直言うとさ。夢見てんだ、みんな。アンタたちが大勢加わって、なにか……ワクワクするような面白いことが始まるんじゃないか、ってな」

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