異世界のアラブ人

「は?」


 全然意味わからん。なんで、ここでアラブ人の話になる。


「あの様子では、逃げても襲ってきます。ここでサラセンを買いませんか」


 サラセン? って……

 ああ、“中世欧州から見たサラセンアラブ人”か。一瞬、翻訳が混線したみたいだ。


装甲兵員輸送車A P Cです。FV603サラセン。六輪駆動で、運転手を含め十一名が乗車できます」


 いまでなくても、とは思うが……今後の戦闘を考えると、非装甲トラックのモーリスC8では限界がくるのは明白だった。

 王都から迫っている討伐部隊の五百とか、王国の標準編成で言うと歩兵・騎兵・弓兵・魔導師兵からなるガチの遠征軍。この町全部を焼き払える戦力だ。

 ボルトアクション式小銃が六挺に、三十発弾倉のブレン軽機関銃が二挺なんかでどうにかなるわけがない。


追加戦力がニード・モア必要になる・ティース?」


 それを前倒しで入手して、目の前にある脅威をあえて実験台にするわけだ。

 武器商人ヘイゼル的には一石二鳥か。


「ええ。そこで頼るのがイスラム教徒サラセンなのは承服できかねる部分もありますが、それは英国式ジョークのようなものです」


 いや、違うだろ。せいぜいイギリス人のネーミングセンスの問題であってだな。


「砲塔形状の回転銃座ターレットは外されていますが、代わりにヴィッカース重機関銃H M G防楯ぼうじゅん付きで搭載されています」


「ヴィッカース……って、あれか。水冷の」


「はい。サラセンの回転銃座にはブローニングL3M1919A4が標準装備されていますが、弾薬が30−06(7.62x63ミリ小銃弾)になります。現在ミーチャ軍の標準弾薬である.303ブリティッシュ仕様のブローニングもありましたが、状態があまり良くないです」


「ミーチャ軍いうな。それで、無理やりヴィッカースに換装したの? それもヘイゼルの英国愛?」


「いえ、最終使用者の趣味か懐事情でしょう」


 さいですか。

 ヴィッカース重機関銃って、信頼性が高いことで有名らしいけれども。世界大戦で活躍した骨董品だ。それを言うならリー・エンフィールド小銃もだが。

 イギリス人は物持ち良いとは聞いてたが、本当にその通りだな。


「後部銃座にブレン軽機関銃。三梃目です、おめでとうございます」


「めでたくはない。まあ、いいや。それで……そのサラセン、おいくら?」


「なんと、バーゲンプライスの二万二千ポンド! おお、素晴らしいブリリアント!」


 それやめろ。商人の目をしたヘイゼルにデコピンして、俺は頭のなかで電卓を叩く。

 ええと……いくらだ。三百万円くらいか。安いのかどうかも全然わからん。そもそもカネが足りんだろ。


「ちなみに予算は潤沢ですよ。領主の馬車から金貨がゴッソリ出ましたからね。ざっと約一千万円七万五千ポンドほど。今後を考えると浪費は出来ませんが、これは必要な出費かと思われます」


「そこは、否定する気はないけどな。他の選択肢はないのか」


「逆にミーチャさんは、いま何が必要と思われますか?」


「……砦と機関銃?」


「それが領主館ですから、本末転倒です。であれば次善策として、機関銃を搭載した移動城塞を購入するべきではないでしょうか。領主館の奪還後も使用できますし、避難民の回収も可能です。王国軍の侵攻にも強力な火力支援を行えます。伏撃でも挟撃でも、なんでしたら殲滅でも」


「わかったヘイゼル。お前が正しい」


 購入を承諾すると、目の前に車輌が現れた。

 サラセン装甲車は、なんというか、肥大化してドーピングした砲兵用牽引トラックモーリスC8といった印象の車だ。運転席前の鼻先はボンネットのように低く、車体後部はバンみたいな感じに四角い。


 車体後部の扉を開いて乗り込む。入ってすぐの後部座席は向かい合わせに左右四脚ずつ八人分。後部座席の屋根に据えられた回転銃座には、お馴染みのブレンガンが載っている。前方銃座には、ぶっとい水冷式のウォーター銃身被覆ジャケットが付いたヴィッカース重機関銃。


「ヴィッカースは布製キャンバス弾帯ベルト装填式フィードの二百五十ラウンド、弾帯は三千発分用意しました。ブレンの方も、予備弾倉を三十発弾倉十個ひと箱と弾薬千五百発」


 各銃座の下には、簡素な回転椅子が床から生えている。弾薬類は、そこにまとめられていた。


「なるほど。十一名乗車って、そういうことね」


 ちなみに運転席は前部銃座席の前、車体の中央にある。ハンドルはただの輪で、シートは取り調べ室の椅子レベルの安っぽさ。操作系も工事用重機みたいに素っ気ない。


「……これ、運転は俺?」


「わたしも、体格を変えれば運転可能です。現在データ取得してあるのは、ミーチャさんと、元領主メルケルデと、シスター・オークルです」


 ヘイゼルがどれの姿になってもトラブルの予感しかしない。

 彼女には銃座に着いてもらって、俺は運転席に向かった。


「領主館のなかで、動きがありました」


「早いな」


「ずいぶん前から見付かってたようですね。城壁に魔導師と弓持ち、大剣持ちと盾持ちが出てきます」


「試運転で、ひと当たりするか」


 生身でなら絶対に近付きたくないところだけど。どうせ狭い町のなかだ。こちらの存在を認識してるなら、逃げられない。ここで一発喰らわしておかないと、エルミたちまで巻き込むことになる。

 ゾクゾクする感じが近付いてくる。冒険者のどいつが放っているのか、まるでオークのように強力な威圧だ。息苦しくなるほどのそれは、人間とは思えない。


「おそらく、化け物級の冒険者が混じっているんでしょう」


 銃座でヴィッカースのボルトを引いて、ヘイゼルが歌うように言った。


素敵ですねイッツ・ラブリー♪」

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