弾雨
「右横の赤いパドルがメインスイッチです。そう、それを右に」
慣れない装甲車の運転席で、俺はヘイゼルから操作の説明を受けていた。が、悠長にレクチャーを受けている場合ではないのだ。
いまいるのは領主館から百メートルほど離れた平地。木の陰とはいえ生身ならともかく巨大な装甲車を出現させてしまっては遮蔽などなんの意味もない。
「ハンドルの右にあるスイッチボックスの右下、それです。スターターを入れて、そのトリガーみたいな物でセルを回します」
死にかけの猛獣が唸るような音がして、少し粘ったがエンジンは掛からず。かなりの音で、さらに人目を引く。大丈夫か、これ。
サラセンAPCは戦車砲搭載型のFV601サラディンとともに、世界各国で使用された信頼性の高い車輌と聞いた。開発したアルヴィス社は手堅い設計で定評があるのだとか。
ヘイゼルの売り口上かもしれけど、ここは信じてみよう。
「よし、頼むぞアルヴィス……ッ!」
「すみません、もう会社は消滅しました。
「ちょい! それ、いま言わなくても良くね⁉︎」
ツッコミながら再びセルを回すと、えらいメカノイズとともにエンジンが始動した。ホッとした俺の後ろで、銃座椅子のヘイゼルが前方を指す。
「ミーチャさん! 窓を閉めてください!」
運転席の前にあるのは開閉式の小窓。閉めると
慌てて閉めると同時に、飛んできた鏃が激しく小窓を叩く。追撃で光と爆炎が瞬き、車体が揺れた。
「おい、ヘイゼル! 頭出してて大丈夫なのか⁉︎」
「いまのは、中級の攻撃魔法ですね。あの程度なら、軌道は読めます。それよりミーチャさん、ご決断を」
「決断?」
「前進するか、退却するか。交渉するか、殲滅するかです」
ここで? この期に及んで?
でもヘイゼルが知りたいのは、俺の判断ではなく覚悟のような気はした。それにしたって、いまさらではある。敵の籠城する砦の鼻先にゴッツい装甲車を出したら、示威行為としか思われない。その上こちらは初弾を喰らっているのだ。もう退却も交渉もなかろうに。
「ヘイゼル、大英帝国の威光を見せてやれ! 目標、城門上の弓兵と魔導師!」
「アイ・サー!」
「
ヴィッカース重機関銃の発射音は案外抑え気味で、連射速度もブレンガンより遅く感じる。
大英帝国の威光は知らんし俺の知ったことでもないが、少なくともヴィッカースの威力は見せつけてやれたようだ。城壁上のシルエットが傾いて、ふたつとも転げ落ちるのが見えた。
「
ほんの二連射ほどでヘイゼルはあっさりと宣言した。正門前の大剣持ちと盾持ちは遮蔽の陰に隠れた。ツワモノらしい冒険者でも長距離攻撃手段がなければ――弓持ちと魔導師が倒されたのだから、仮に手段があっても――こちらに対抗できないと理解したのだろう。腑抜けの衛兵など言うまでもない。
「ヘイゼル、あの恐ろしげな気配を発してたヤツの居場所はわかるか」
「いま城壁を回り込んできています。こちらを欺くつもりだとしたら、殺気が剥き出し過ぎますね。挑発か威嚇か、考えが足りないタイプか」
「力の強い馬鹿っていうのも、扱いには困るぞ実際……」
「もうすぐ右奥の角から出てくるはずですよ。3、2……いまです」
ヘイゼルによる位置指定とカウントダウンの後、きっかり指定通りのタイミングでそいつは姿を現した。
「……あいつ、が……?」
それは真っ黒な甲冑に身を包んだ、小柄な双剣持ちだった。
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