失くしたものと残されたもの

潜入となりの災害地

 翌日、偵察のために町の反対側まで出た俺とヘイゼルは、意外な光景を目にする。


「なんもおらん」


 魔物は完全に姿を消し、人間たちが通りに出ていた。賑わいこそないが、そこそこ行き交う人の姿もある。

 外壁や柵や建物の修復は始まっていて、みな黙々と作業を続けていた。


「殲滅したのか?」


「いえ。この町の戦力で排除できる数ではありませんでした。魔物たちが、手に入る餌は喰い尽してダンジョンに戻ったんでしょう」


「また戻ってくる可能性は?」


「もちろん、あります。いまは猶予期間ですね。また魔物がお腹を減らすまでの」


 ひと波越えた感じか。今回ダンジョンから溢れた魔物の大発生は、俺が巻き込まれた魔王召喚が原因だからな。当事者ではあるけれども、俺は被害者であって責任はない。ないぞ。


 包帯をしている者もいるし、多くは服に泥や血の跡がある。実際かなりの死傷者や行方不明者が出ているようだが、魔物の襲撃自体は終息したような空気があった。


「あまり警戒してないな」


「疲弊して、そんな余裕がないだけでしょう」


 こちらを見る者もいるが、すぐに無関心な表情で視線を戻す。

 たしかに疲れ切って余裕はなさそうだ。俺とヘイゼルが、会館にあった服を着て町の住人に近い格好なせいもある。俺たちの外見が人間にしか見えないことも関係している。

 こいつら、たぶん亜人なら対応は違っているはずだ。


 大きめな通りから路地に入る。ここにも死体はなく、血や肉もない。

 建物からは喧嘩している子供の声が聞こえて、日常生活に戻っているようにさえ思える。

 ふと建物の壁を見上げると、手が届かないほど高いところに派手な焼け焦げと巨大な爪痕が残っているのが見えた。やはり魔物の襲撃はあったのだと、ようやく実感する。


「もっと死臭が漂ってるかと思った」


「魔物に屍肉喰らいスカベンジャーが多いせいでしょう。フォレストウルフが出た時点で、死体はほぼ残らないですし、残っても、たいがいファングラットが食い尽くします」


 商店は閉じていたが、商品を抱えてなにやら交渉している男たちの姿はあった。

 驚いたことに、その何人かは軽口を言って笑っている。


「……あいつら、亜人を見たら攻撃してくるかな」


「どうでしょうね。さすがに、冒険者ギルドが壊滅した話くらいは伝わってるでしょう。それが誰によるものかも」


 俺たちの存在がどう受け止められているのかだな。車も銃も目撃されている。オークを倒すその威力もだ。敵に回すと脅威という認識までは共通していても、弱者と強者で結論は違う。


「問題は、こちらを潰しに掛かってくる連中が、どのくらいいるか、だな」


「メルケルデの記憶によれば、この町でギルドに所属する人間の冒険者は三十名ほど。オークの討伐も可能なのは上級パーティの五名。事実上そのパーティ以外は、ゴブリンを駆逐する程度の捨て駒でした」


「……全滅?」


 ヘイゼルが首を振って、前方を指す。

 布で包まれた死体らしきものが、何人かで担がれて山の方に運ばれているところだった。運んでいる男たちは嘆き悲しんでいるものの、それを眺める住民たちは何の反応も見せない。


「最低でも七名は、生き残ったようです」


 死体を運んでいる男たちは七名、みな皮革の胸当てや籠手を身に着け、剣を吊るしている。彼らが町を守るために駆り出された冒険者か。

 人間の冒険者だけが教会で治癒を受けていたと聞いたが、なんのことはない。使い潰すための延命だ。


「……世知辛いね、異世界も」


 人間の居住区画を何食わぬ顔で端まで歩き、様子を探る。ヘイゼルは首を傾げながらボソボソ呟いているが、どうやら俺には聞き取れない住人たちの声を拾っているようだ。


「何か問題でも?」


「……変です。町の住人たちが領主館に陳情に行ったけど、門前払いを食らったとか。領主はすでに逃げ出しているのに、それが露呈していないようです」


 魔物の襲撃で住人たちの目が向いてないときに、よっぽど上手く逃げたか。その後あっさり捕まってるから、実は上手くなかったわけだが。


「門前払いしたのは、領主の使用人か? そいつらは置き去りにされたってのに、なんで主人あるじを庇ってるんだ?」


「ミーチャさん。非常時には、ひとの善意ではなく悪意を信じるべきです」


「え?」


「彼らは庇っているのではなく、雇用主の不在にメリットを見出しているのです。物資や貨幣の持ち出しが目的か、身を守るための籠城環境を得るためか、あるいは毀損させて扱き使われてきた恨みを晴らすか」


 ヘイゼルさん、悪意方向のリアリティすごいすな。


「なんにせよ、これは領主館を奪還するチャンスです」


「え、なにそれ。町はともかく、いまさら領主館を奪って何か意味あんのか」


「見ればわかりますよ。こちらです」


 ヘイゼルの案内で町並みを進むと、その先にデカい屋敷が見えてきた。緩やかな高台になっているのは商業ギルド会館と同じだけれども、建物は数倍大きく、敷地は十倍近くあって、敷地を囲む壁は城壁のようにゴツい。


「あれが領主館? なんか、砦みたいだな」


「元は、小城塞です。半世紀以上前に、我々の顧客クライアントが築きました。後世の改修で醜くなっていますが、建物の土台と外壁はそのままですね」


「大英帝国主義の残滓か」


「せめて遺産と言ってください。とにかく、この町で籠城するなら、あの場所が最適です」


 警戒しながら近付くと、巡回する衛兵の姿が見えた。この期に及んで、衛兵に領主館を守る義務があるとも思えない。あいつらの本業はむしろ町や住人の安全確保なはずだし。逃げた領主を捕まえようとして泥仕合を行なっていたぐらいだから、関係も良好なはずがない。


「不当占拠しているようです。許せませんね」


「それをお前が言うのも、どうかと思うよ?」


 物陰から物陰へと移動しつつ観察すること小一時間。意外に戦力が残っていることに驚かされる。


「見えているだけで衛兵が四、奥の大剣持ちと盾持ちは冒険者でしょうね。それも、かなり腕利きの」


「ああ、“オークも倒せる上級パーティの五名”か。なんでそれを魔物退治に振り向けなかったのか……」


 いきなりゾクッと、背筋が震えた。

 巨大な魔物の群れでも動き出したような音と気配。昨日オークを狩るために町へ入ったとき、気になったものだ。

 それが、あの領主館のなかから感じられた。


「……何か妙なのが、いるみたいですね」


 ヘイゼルはそう言いつつ、平然と領主館を眺めている。


「挑発のつもりか、こちらに覇気を向けています。ミーチャさんの知り合いですか?」


「そんなわけないだろ。きっと魔物か化け物だ。巻き込まれる前に撤収するぞ」


 手を引こうとする俺を振り返って、ヘイゼルはニッと笑った。


「ミーチャさん、アラビア人は好きですか?」

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