震える肉

「なんで、急に降りてきたニャ……ッ⁉︎」


 理由は後で良い。まずは目の前の魔物を殺すだけだ。俺は抱え込んだブレンガンのセレクターをAの位置フルオートに合わせて引き金を絞る。


「ギョギョ、ぎゅぼッ」


 小馬鹿にしたように傾げた首に初弾が叩き込まれ、勝ち誇った表情が固まる。英国製小銃弾は魔物に対しても独立性を維持したようで、被弾した巨体がビクンと痙攣するのがわかった。二発三発と胴体に吸い込まれて分厚い肉と毛皮がぶるりと震える。腹踊りでもするみたいに立ったまま揺らいで、オウルベアは仰向けに崩れ落ちた。

 血飛沫と肉片が、入り口を赤黒く染めている。誰かが叫んでいるようだけど、耳鳴りがしてよく聞こえない。室内で連射された軽機関銃の轟音を、ようやく自覚した。


「ミーチャ!」


「動くな! そこにいろ!」


 窓から見える通りに影が差す。見えないから正体は不明ながらも、何かデカい魔物が向かってきている。

 その理由もわかった。上階から放り投げられた素焼きの瓶が砕けて、赤黒い液体が飛び散る。中身は発酵を促進された酒、魔物の誘引剤だ。クソが。

 誰がやってるかなんて訊くまでもない。俺はブレンの銃口を天井に向けて、左右に掃射する。床材の薄さがどの程度か知らんが、埃が舞って木材が砕け散る。弾丸が弾かれる様子はない。


「ぎゃあああぁッ」


 くぐもった悲鳴がいくつも上がって、転げ回る音が響いてきた。最低ふたり。

 ひとりは、たぶんマーバルだ。


「エルミ! 階段から降りてくるやつがいたら撃て!」


「はいニャ!」


 カウンターに向いたネコ耳娘を見て、挑発的だった事務員ふたりはガタガタ震え始めた。


「そこの事務員も、動いたら撃て」


「待て! 我々に敵対の意思は……」


「黙れ! ギルドのアタマが、俺たちに魔物をけしかけたんだ! その手引きをした手前ぇらも俺たちの敵だ!」


 結果的には、だが……馬鹿どもが誘引してくれたことで、空を縦横無尽に飛び回っているよりも当てるのは何倍も楽になった。だからと言って感謝も容赦もする気は無い。


「任せるニャ!」


 ステン短機関銃サブマシンガンを構えたエルミの手つきはぎこちないが、いまは事故なく撃てれば問題ない。向けられた相手が脅威に感じさえすればそれで良い。

 俺は通りの側を警戒する。数発残っている最初の弾倉を、念のため交換した。


「誰か、外の魔物が何かわかるか!」


 さっきから、どこかでキンキンと金切り声のような悲鳴のような不快な音が鳴り響いているのが気になる。

 黒板を爪で引っ掻く音に似て、ずっと聞いてると吐き気がするような音だ。


「オウルベアだよ。甲高い威嚇音を立ててるから、きっとそいつの」


 犬獣人の男が、床で転がっている死骸を指す。


つがいだ」


 バサリと、羽ばたきの音がして一頭目よりも頭半分ほどデカいオウルベアが降り立った。頭を下げるような動きで真っ直ぐこちらに向かってくる。窓から見えなくなったので室内に入ってくるまで待つしかない。

 こいつら、狭いとこに入るの嫌がるんじゃなかったのか。


「ギョオオオオォオゥウウィイイイイイイィイーッ!」


 入り口から鼻先だけ突っ込むと、二頭目のオウルベアは超音波をぶつけるように耳障りな音を室内に轟かせた。三半規管にダメージでも喰らったのか、目眩がして座り込みそうになる。


 なんだ、いまの。

 虚ろな闇みたいに表情もなく真っ黒なクマの目を見つめながら、俺は銃を構えたまま立ち竦んでいた。手足が動かない。頭がボーッとして考えがまとまらない。


“ミーチャさん、落ち着いて。あの目は見ない方が良いです。あの声もですが、催眠術ヒプノーセスに似た影響があります”


 耳元で囁くヘイゼルの声で、俺は間近に見る魔物にすっかり呑まれていたことに気付く。


“撃って、早く!”


「ギョギョギョギョギョギョ……ッ!」


 ブレンの掃射を掻い潜って入り口から飛び退いたオウルベアは、ひょいと飛び上がったかと思うと両足に赤黒い何かを掴んで路上に戻ってきた。

 俺たちの方を向いた羽根付きクマは、嘲笑うような顔で首を傾げる。


 なんだそれ。ケダモノとはいえ、なんかイラッとするわ。


 爪先に押さえ付けられているのの、ひとりはマーバルだ。もうひとりを見て、事務員のひとりが叫んだ。


「……ぎ、ギルドマスター⁉︎」


 マジか。いや、ギルマスであることには驚かないけど。すげえなオウルベア。こちらの武器を理解して、人質を取るくらいの知能はあるわけだ。

 俺たちと人質との関係を理解するほどじゃないようだけどな。


 ジタバタ動いているのはマーバルだけで、ギルマスはグッタリしたまま反応がない。死んでるのかもしれない。

 俺には、どっちでもいい。


「おい! たす、けろ! ぎゃッ!」


 マーバルが振り回した手足を、オウルベアは素早い動きでヒョイヒョイとつつく。服や地面がどんどん赤く染まっていくのを見て、くちばしで肉をむしっているのだと気付いた。


「たすけて、あッ! たしゅけてください! たのむ、なんでも、やる! かねでも、なんで、もッ⁉︎」


 必死で暴れるマーバルの声が止まった。オウルベアの口には、引きちぎられた腕。

 それを飲み込んで、俺を見る。


「ああああああぁッ!」


 “で、お前らどうすんの?”って感じの煽り顔で首を傾げるオウルベア。

 いや、どうもせんけど。

 俺はブレンの引き金を絞って、魔物に小銃弾を叩き込んだ。


「ギョオオオオォオゥウウィイイィイーッ!」」


 またあの叫び声だ。異常な感覚の高周波音。ふざけんな魔物風情が。

 ブレンガンは十キロ超の重量が幸いして、反動が命中精度にそれほど影響しない。十メートルほどの距離にいたオウルベアの巨体を過たず貫いてクマの巨体を震えさせ、揺れさせ、踊らせる。

 すぐに叫びは止んだものの、それでも十二、三発喰らってなお立っているあたりは、さすが魔物というところか。


「……ギョ」


 悔しそうにひと声鳴いて、気持ち悪いクマ顔フクロウはベチョリと崩れ落ちた。

 下敷きになったギルマスとマーバルは、這い出てくる様子もない。流れ弾が当たったか出血多量で死んだか、爪で引っ掛けられたのが致命傷だったか、死骸に押し潰されたかは知らん。

 あまり興味もない。


「何がしたかったんだ、あいつ」


 人質を痛めつけて挑発して、あいつが動きやすい屋外に引きずり出して、蹂躙するとか?

 スナイパーが敵兵の手足を撃って、助けようと出てきたのを次々に撃つ、みたいな。


“ミーチャさん、お仲間が大変です”


「え?」


 ヘイゼルの声に振り返ると、エルミも獣人たちも、倒れたまま誰ひとり動かなくなっていた。

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