顕現する天使

「おいエルミ! しっかりしろ!」


 倒れているネコ耳娘を抱えて、手首に触れる。脈はある。呼吸もある。生きているのが確認できただけでホッとしたが、まだ倒れた理由がわからない。


“大丈夫です。魔物の攻撃による失神状態フェイントで、すぐには問題ありません”


「フェイント⁉︎ 誰が、なんのフェイント⁉︎」


“いえ、牽制・陽動のそういう意味ではなく……まず落ち着きましょう、大丈夫ですから”


 エルミを抱えて動揺していた俺は、ヘイゼルに言われてなんとか平常心を取り戻す。オウルベアの撃退という直近の問題はクリアされて、他の魔物も警戒するほどの距離にはいないそうだ。


“それじゃ、わたしが手当てしますから、実体化アプリケーションを実装してもよろしいですか?”


 そうだな。さっきはオウルベアを倒すのが最優先だったけど、今後は知識でも購買でも、もっと即時対応が必要な状況が出てくる。音声案内ボイスガイダンスだけでは、そろそろ限界だとは思ってたところだ。


DSDそっちの残高が足りるなら使ってくれ。足りないなら、どうにかする」


 ギルドの事務員も、ちょうど良い感じにカウンターの陰でぶっ倒れてるしな。一体のオーダーでペアまで倒させたんだ、多少の追加報酬をもらったところでバチは当たらんだろ。


“問題ありません。残高二千ポンドから、ブレン軽機関銃が弾薬二千発込みで約二十二万円千六百五十ポンド。差し引き四万六千円三百五十ポンド。実体化アプリケーションに約二万七千円二百ポンド消費します”


「うん」


「イエス! ヘイゼル! イン、カアアアァ……ネイションッ!」


 いきなり目の前に爆発するような光の奔流が弾けた。光が消えた後に現れたのは……


「……え、なんで?」


 ちっこいメイド服の銀髪少女だった。

 身長はエルミと同じくらいの、百五十センチほど。少し癖のある銀色の髪を、ゆるいツインテールにしている。

 それは良いけど、なんでメイド服なんだ。しかも現実的な女性使用人メイドの服ではなく、あれだ。あんまり詳しくないから分類まではわからないが、黒ベースでゴシック調のやたら可愛らしい感じのもの。

 スカート丈は膝下まであるので、かろうじてイタい感じからは逃れられている、ような……気がする。足元は軍用革長靴みたいなゴツいブーツで固められているので、なんにしろメイド風な容貌は飾りでしかないようだが。


「ええと……君が、ヘイゼル?」


「はい」


「なんでメイド?」


「英国ですので」


 いや、意味わからん。リアルなイギリスにこんなゴシックメイドみたいのは存在しないと思うけどな。

 キラキラと降り注ぐパーティクルの残光に、抱えていたエルミがハッと息を呑む。ヘイゼル降臨の閃光で息を吹き返したか。いや死んではいなかったけど。


「……天使ニャ? ウチ、死んだのニャ?」


「いや、生きてるぞ。ちょっと説明しにくいんだが、この子は……あれだ。俺のおかしな魔道具を管理してくれている、魔道具の精霊みたいなもんだ」


 かなり語弊はあるが、他に表現のしようもない。

 しばらくキョトンとしていたエルミは、わかってんだかわかってないんだか、納得した顔で頷く。


「せいれい……やっぱり、天使みたいなものニャ」


「はい。あいにく、英国製の天使ですが」


「ヘイゼル、余計なこと言わなくていいから」


「えいこくって、なんニャ?」


「天国と地獄の間にある、冥界アンダーワールドのような場所です」


「おい」


 英国製品のディーラーでありながら、ちょいちょいイギリスをディスッてんのが、よくわからん。そもそも、ヘイゼルと、前いた世界と、いまいる世界との相関関係がよくわからない。

 軽く質問してみたが、返ってきた答えは“わたしもよくわかりません”というものだった。


◇ ◇


 ヘイゼルの介抱とエルミの回復魔法により、亜人たちは無事に意識を取り戻した。ふたりの見立てによれば、みんな疲労と空腹と栄養不良以外には大した問題もないそうだ。


「……オウルベアの金切り声スクリームは、魔力に干渉するのニャ」


「魔力が強い者ほど影響を受ける、ってことか?」


「そうニャ。でも魔力が弱い者は、けっこうショック死しちゃうニャ。みんな無事でよかったニャ」


「ええと……その場合、俺は?」


「それが不思議なのニャ。ミーチャからは、魔力が感じられないのニャ」


「え」


 この世界ではレアケースなのか。異世界からの転移者だから、多少のイレギュラーは想定内だけれども。


「ぜんぜん魔力のない人間って、珍しいのか?」


「そんな生き物がいるなんて聞いたことないのニャ」


「生き物レベルで⁉︎」


「大丈夫ですよ、ミーチャさん。例外のない法則なんてないんですから」


「なんかわかんないけど、生きてるなら大丈夫ニャ」


 落ち込む俺をヘイゼルとエルミが、ものっそい雑に慰めてくれた。

 なんか君ら、早くもムッチャ仲良くなってますね。“エルミちゃん”“ヘイゼルちゃん”って、手を取り合ってキャッキャうふふしてるの見てると、オッサン疎外感すごいんですけど。


 どっか行ってすぐ戻ってきたかと思えば、エルミの服が変わっていた。ゴブリンの巣で拾った布を巻きスカートみたいにしてたのが、麻のショートパンツにボタン留めのシャツみたいなになってる。


「どうですか、ミーチャさん!」


「ああ、すごく可愛いな。よく似合ってる」


「ニャーッ⁉︎」


 ただ、せっかく綺麗なカッコになったのに、羽織ってるのが俺の渡した汚いパーカーなのが申し訳ない。

 本人は気に入ってるんですか、そうですか。ネコのお気に入り毛布みたいなもんなのかな?


「それでミーチャ、ヘイゼルちゃんと、これからどうするか話してたのニャ」


「うん」


「まだ町の反対側には魔物が多く残っているようですから、こちらが手薄になっているうちに決断するべきだと思ったんです」


「うん」


 おふたり、もう親友みたいな感じになってますね。いいけど。可愛らしい女の子が楽しそうに話してる姿は、目の保養だからね。うん。


 計画がなんであれ、そして町の人間がどうなろうと知ったことじゃない。俺たちには関係ない話だし、せいぜいエルミの仲間だっていう亜人のみんなを救えればそれで……


「それで、考えたのニャ」


「ミーチャさん、この町を、奪還しませんか?」


「う、うん?」

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