オンリー・マイ・ブレンガン


“お待たせしました。ようやく計算終了です。銀貨が約一万円七十五ポンド、金貨が約二十四万円千七百九十五ポンド、プラス、お預かり分が百ポンド。端数サービスで繰り上げ総額約二十六万七千円二千ポンドです。”


「おお、一気に金持ちだな」


“最初のオーダーは、わたくしの実体化アプリケーションでよろしいでしょうか?”


「冗談としては、そこそこ面白いけどな。いま本気で余裕がないんだ。先に、空飛ぶクマの魔物が倒せる武器を頼む」


“ではブレン軽機関銃ブレンガンを”


 返答早いな。ブレンガンって……第二次世界大戦の映画で出てくる、なんかモッサリした重たそうな手持ち機関銃?

 湾曲したでっかい箱型弾倉を、機関部の上から差すデザインの、あれ?


“おそらく、他の選択肢はないです。ボルトアクション小銃リー・エンフィールドで高速飛行するまとを落とすのは無理でしょう。M1897散弾銃トレンチガンもありますが、一発玉スラッグでは当たりませんし、大粒散弾バックショットではクマ並みの魔物にダメージを与えられません”


「そうかもしれんけど、せめてもう少し取り回しの軽い……ほら、L1A1自動小銃F A Lとかさ」


“銃本体の購入は可能ですが、7.62NATO弾は量も価格も、確保に難があります”


 イギリス軍は第二次世界大戦まで、.303ブリティッシュという独自弾薬を採用していた。ブレン軽機関銃やリー・エンフィールド小銃がそれだ。その後はNATO共通規格の現用弾薬7.62x51ミリ弾に切り替わったので、ヘイゼルの調達価格が違うのだろう。


 いま銃が買えても弾薬を継続的に購入可能か、つまり今回くらいの収入が定期的に確保可能かという問題になるわけだ。

 それは、わからんとしか答えようがない。


 それ以前に、ヘイゼルは別の何かに引っ掛かっているようだった。


「懸念事項でも?」


“はい。金貨の金含有比率がまばらです。過去のデータと照合しても、比重の低下が著しい。おそらく、そちらの政体が揺らいでいますね。あまり長くないです”


「えー」


 日本人サラリーマンでしかなかった俺は意識していなかったけれども、純金に近い高純度の金貨というのは投機用地金型ブリオンコインくらいで、実用貨幣としては柔らかすぎるのだとか。

 そのため、日常使用していた文化圏の多くは銀を混ぜた琥珀金エレクトロン貨を一般に金貨と称していた。この世界もそれに近いものだったようだ。


“以前そちらの国の金貨は、金六十に銀四十というところでした。先ほどお預かりしたものは金が五十パーセントを切っています。銀の他に銅と錫が入っていますね。鋳造痕からして偽造硬貨ではない、となると国ぐるみの改鋳です。それすら一定ではないということは、短期間で比率を変更して何度も行った、あるいは複数の勢力がそれぞれに行ったことになります”


 それで、政体が揺らいでると判断したわけだ。俺としては名前も知らん国がどうなろうと構わないけど、次の貨幣収入が読めない状況で弾薬消費がかさむとまた詰む。ファック。


“今後の補給を考えると、調達する弾薬の規格は少ないほど効率的です。こちらの都合も込みではありますが、.303ブリティッシュをお勧めします”


 ブレンガンだけじゃなく重機関銃から軽機関銃からボルトアクション式軍用小銃まで、半世紀以上もイギリス軍の制式小銃弾だったわけだから、ヘイゼルD S Dの在庫には潤沢に揃っているのだろう。


「.303ブリティッシュって、空飛ぶクマの魔物を倒せるか?」


“ええ、もちろん。クマはナチスより弱いでしょう?”


「……それは色々と語弊あると思うけどな。まあ、いいや。それじゃブレンガンを頼む」


“承りました”


「ニャッ⁉︎」


 いきなりテーブルに出現した巨大な軽機関銃を見て、エルミが目を丸くする。

 俺も驚いてはいるが、それ以上にゲンナリしてもいた。グリップとキャリングハンドルを持って抱え上げると、ものっそい重い。

 何キロあるのよ、これ。

 持った感じ、十キロ超えてる。こんなもん振り回しながら高速で飛び回るクマと戦うの?


「……これ、ミーチャの新しい武器ニャ?」


「おう。クマ殺しの魔道具、“クマキラー”だ」


 テキトーなことを言いつつ、腰溜めに抱えてボルトを引く。

 良く整備されていたようで動作は軽く、グリップもハンドルも自然と手に馴染む。重さを除けば、感触は悪くない。

 しっかりした二脚付きなのも、待ち伏せて撃つには助かるかもしれん。

 いくら重いったって、こいつを持って逃げる状況なんてない。長距離行軍もしないと割り切る。


“予備弾倉と弾薬とポーチはサービスしておきます。予備銃身もご用意できますので、必要ならお知らせください”


 弾薬ポーチは前にもらった――いまはエルミが装着している――のと同じような、デカい弁当箱くらいの布ケースをふたつ両脇にぶら下げるタイプのものだ。

 付属のマガジンは全部で五本。くたびれた紙箱から小銃弾を出して、各三十発ずつ装填を済ませる。銃本体の上部に一本装填して、残りはポーチに二本ずつ突っ込んだ。


 ちょっとくらい試射したいところだけど、建物から出たら魔物が襲ってくるだろう。

 これは、ぶっつけ本番かな。俺は軽機関銃を抱えて、静かに息を吐く。

 外はいつの間にか、静かになっていた。


「ミーチャ、ウチが囮になるニャ」


 扉が吹っ飛んだ入り口に向かおうとした俺に、エルミが明るく声を掛けてくる。

 その無理やり上げたテンションやめてくれ。元社畜は自己投影して心がキリキリすんだよ。


「バカ言ってんじゃねえよ。そんなもん、この町の連中にやらせればいい。いままで、お前を囮にして生き延びてきた連中だろ?」


「……みんな、じゃ……なかったのニャ」


 自覚してなかったのか、良い人もいたのか。俺にはわからないし、もうわかる機会もない。

 ギルドの建物前に、巨大な影が差した。とっさにエルミのフードを掴んでテーブルの遮蔽までぶん投げる。


「ニャーッ⁉︎」


「そこで伏せてろ!」


「ギョギョギョギョギョギョ……ッ!」


 入り口をこじ開けるように入ってきたオウルベアに、俺はブレンガンの銃口を向けた。

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