籠城者たち

「ミーチャ、先に行くのニャ!」


「え⁉︎」


 駆け出したエルミを追いかけて、俺も走り出す。なんで彼女が急いでるのかわからないし、なんで町に向かってるのかもわからない。


「関わりたくないんじゃなかったのか⁉︎」


「関わりたくないニャ! でも……あの町には、教会以外の治癒魔導師がいないのニャ!」


「へ?」


 緩い坂を下ってゆくと、見下ろしの高低差から戦っている状況が見えてきた。

 町は木の杭と板を並べたような柵で囲われているが、高さは二メートルそこそこしかない。しかも何箇所か破られて、雑多な木材で必死に塞いでいる。


 入り口の門を守っている町の住人と、それを破って入り込もうとしているゴブリンの群れが目に入った。

 住人側が、かなり押されてるようだ。

 門の上のお立ち台みたいな場所で槍を振るっているのが三人と、後方から矢を射っているのがふたり。周囲には倒れたままのひとたち。ゴブリン側も死屍累々ではあるが、三十体近い生き残りは気にした様子もなく攻め寄せている。


「おい! 誰か来たぞ!」


「そこで止まれ! 近付くと殺す!」


 俺たちが平地に出たところで、木組みのやぐらから見張っていた男がこちらに叫んできた。声は緊張し殺気に満ちてはいたが、いきなり矢を射ったりしてこないだけの余裕はありそうだ。

 門の前で戦っていたのも櫓で見張っていたのも、揃いの皮鎧を身に着けているところからして兵士っぽい。町の衛兵か。


「ウチなのニャ!」


「エルミだ! 生きてやがったぞ!」


 待て、生きて

 その言葉は、身内に対する手荒い歓迎って感じはしない。そもそも、同じ町で暮らす隣人という親密さを感じない。

 悪意を持っているにしても、非常時であれば、もう少しやりようはあるだろうに。


「怪我人は、どのくらいなのニャ⁉︎」


「ちッ!」


 治癒回復魔法の使い手が戻ったというのに、兵士たちの顔は忌々しいものを見せられたように醜く歪んでいる。

 それを見て、すんなり腑に落ちた。エルミを置き去りにしたのは、現場の人間の発作的行動ではない。個人的な恨みでもない。町の人間の総意だったんじゃないかと。


 そういえば、あのとき……若い男女に命じていた偉そうな声の中年がいたな。


「おい! ここに、マーバルってヤツはいるか?」


 俺が声を掛けると、兵士のひとりが背後に目をやり、もうひとりは武器を向けてきた。


「お前は何者だ。あの方に何の用だ」


「ああ……わかった、もういい」


 マーバルは兵士が敬うようなポジションの男なわけだ。非戦闘員がのこのこ出張るような場所じゃなかったから、民間人じゃない。

 もうダメだな、この町。俺はエルミの前に立って、彼女に声を掛ける。


「なあ、行こうぜ。ギルドはこの町以外にもあるんだろ?」


「ミーチャ……急に、どうしたのニャ?」


「お前を魔物に襲わせたの、たぶん兵隊の親玉だ。もしかしたら、町の長か町民の合議で決めたことなのかもしれん。なんにしろ、事態をギルドに報告したところで隠蔽されるか、逆にお前が罪に問われるのがオチだ」


 エルミは、迷っている。俺の言葉に驚いた風でもないから、自分が町の人間から理不尽な悪意を受けているのは既定事項、もしくは想定の範囲内なんだろう。


「なにか町に入らなければいけない理由でもあるのか? さっき言ってた、教会以外の治癒魔導師がいないっていうのは」


「……あいつらに頼むと銀貨三枚、貧乏人と亜人は診てももらえないニャ」


 宗教関係者の守銭奴ぶりは、腹こそ立つけど驚きはない。それよりエルミの怯えたような顔が気になった。更に言えば、いま門を守っている奴らが人間だけなのもだ。


 もし彼女が、町の弱者たちを助けたいんだとしても……いや、助けたいならなおさら、関わらない方がいい。相手に人質を与えるようなものだ。


 いや、もう遅いか。エルミが魔物に殺されかけたのは、彼女の存在が邪魔な勢力がいたからなんだろうし。


「……勢力っていうか、まず間違いなく教会だろうな」


「おい半獣、そこのゴブリンを殺せ! そいつらがいるうちは、門は開けられねぇぞ!」


 偉そうに吠える兵士の声に、俺は反射的に銃を向けてしまう。撃たなかったのは単に、銃弾がもったいなかっただけだ。


「ギルドの冒険者パーティは、どうしたのニャ⁉︎」


「うるせえ! さっさと殺せ!」


 兵士のひとりが投げた素焼きの瓶みたいなものが、俺たちの前で砕けた。赤っぽい液体が飛び散って、ぷんと低質なアルコールの匂いが漂う。


「おい、これ……カブトムシのエサみたいな匂いがすんぞ?」


「日向に置いた酒は、魔物の誘引剤になるニャ」


「……ッざけんなよ、クソが……!」


 中身の匂いに釣られたか、ゴブリンの集団が門から離れて、こちらに向かってくる。その数、二十体ほど。エルミは俺が渡した錆だらけの短剣を構えるけれども、そんなもんで倒せるような数じゃない。

 魔物の群れは兵たちの望み通り、襲い掛かる相手を変えた。もちろん意図的なものだろう。こちらを見る兵士たちの顔にはニヤニヤした悪意の笑みが浮かんでいる。


「エルミ、下がれ」


「ニャ⁉︎」


 向かってくる集団をフルオートで薙ぎ払い、倒れてもがいているところを一体ずつ仕留める。セミオートで頭を撃つと、呆気なく死んだ。あきらかに瀕死の個体だけ、短剣でトドメを刺すようエルミに指示する。


「これで良いんだろ? さっさと開けろ」

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