縛られた者たち

最初の町エーデルバーデン

 ゴブリンの穴蔵を見て回るが、小銭の他には使えそうな物も換金できそうな物もなかった。

 錆びだらけで歪んで汚れた剣や槍や甲冑の残骸は屑鉄にもならず、弓矢の木材は人間が触れるとカブレるらしいので論外。


魔珠まじゅも買い取りはできますが、たぶん現地そちらで換金した方が高額です”


「わかった。それじゃ、これだけ頼む」


 なんとか汚物を洗い流した硬貨を、麻袋入りのままポイッとヘイゼルの光る板D S Dに放り込む。

 ちなみにエルミからもらったゴブリンの耳は、買い取りどころか預かりも断固として拒否された。

 使えんヤツめ。


「いまのは……魔法ニャ?」


 画面の金額表示がパタパタと切り替わってゆく様子を眺めていると、エルミがおずおずと訊いてくる。

 光るプレート自体は見えてないようだけど、小銭の詰まった袋が中空に消えてゆくのが見えていたらそういう感想になるだろう。

 いくつか拾い損ねたコインを見つけては、軽く汚れを払ってDSDに放り込む。


「さあ。似たようなもんじゃないのかな、知らんけど」


“十分に高度化したテクノロジーは、魔術と区別できない”


 ドヤ顔してる感じの声で、ヘイゼルがうそぶく。

 ああ、あれだ。アーサー・C・クラークの法則か。魔法の本場にいるひとから見ても、そんなもんなんかな。

 次々と虚空に吸い込まれてゆくコインを見て、エルミは不思議そうに首を振った。


「魔法じゃないニャ。ミーチャから魔力の流れが感じられないニャ」


「……論破されたよ、ミスター・クラーク」


“しかし、庶民通貨の品質は、相変わらずひどいですね……”


「俺に言われても知らん。カウント済んだら教えてくれ」


“鋳造硬貨が欲しいです。できれば金貨が良いです”


 いや、だから俺に言われても知らんというのに。


 ようやく総額表示が止まって、£の後ろに百四十八と出た。ザルに山盛りくらいあったペナペナ硬貨は、だいたい二万円くらい。高いと見るか安いと見るかは微妙なところだけど。


「前のときより換金率が低くないか?」


 前に拾ったネズミ色の硬貨は十枚ほどで三十五ポンド、五千円くらいにはなった。


“あれは曲がりなりにも銀貨でしたからね。今回は、半数以上が銅貨です。流通量からすると、こちらが標準的な鹵獲物資おたからの換金率かと思われます”


「なるほど。だけどヘイゼル、なんでそんなにドンヨリした声なん?」


“実体化アプリの値段に届きませんでした……”


「ああ、残念だったな。というか、悪いけど先に追加の弾薬が欲しい。もう残りが弾倉一本分くらいしかない」


“ですよね……”


 できれば武器もだな。正直、見切り品のステンガンだけじゃ心許ない。戦闘中に装弾不良ジャムでも起こしたらそこで終わりだ。

 近くの集落までどのくらいの距離か知らないけど、今後を考えれば乗り物も欲しい。

 さすがに二万円じゃ、どうにもならないだろうな。もっと稼がないと。


“9ミリルガーの在庫は、状態によって五十発入り七百円五ポンド二千円十五ポンドがあります”


 品質や性能じゃなく、かよ。ステンガン購入時に聞いた“まともに買えば弾薬タマ代くらいにしかならない”ってのは事実だったようだ。

 武器がステンガンだけなのに、不発や異常発火でも出たら詰む。良い方の9ミリ弾を二百発購入すると、切りよく端数の四十八ポンドに負けてくれた。


“少しだけ実体化アプリケーションが遠退きましたが、まだ百ポンドあるんです。がんばりましょう!”


 自分の都合だったのかもしれない。


◇ ◇


「最近、この辺りはダンジョンの活性化がひどいのニャ」


 俺は山を下りながら、エルミからこれまでの経緯を聞いていた。


「もう散々だったのニャ! 捕まって、いっぺん逃げて、また別の群れに捕まったのニャ!」


「俺は射殺いころしただけだから実感ないけど、ゴブリンって手強いのか?」


「一匹二匹なら倒せるニャ。五、六匹でも逃げ切れるニャ。でも、いまは数がムチャクチャなのニャ! 十や二十の群れがそこら中にいるのニャ!」


 エルミの住んでたエーデルバーデンの町は、この山のふもとにある。山は内部が低級ダンジョンになっていて、魔石や魔物素材などの産出資源と、冒険者が落とすお金で町はそれなりに豊かだったらしい。

 それが最近になって魔物の強さや群れの体数が過剰になり始め、低級の冒険者が大怪我したり行方不明になることが増え始めていた。


「魔物の大発生って……理由の見当は付いてるのか?」


「わからないのニャ。町のギルドが王都に救援要請して、その日の夜に魔物の大群が町になだれ込んできたのニャ」


 町の冒険者たちは強制の非常呼集を掛けられ、手分けして魔物の排除を行なっていたそうだ。

 最前線で戦闘中に前衛職が負傷し、ゴブリンの集団が押し寄せるなか治療に当たっていたエルミは魔術短杖ワンドを奪われて放り出され、ゴブリンに捕まってしまったのだとか。

 そう、彼女は好きこのんで山に入ったのではなく、冒険者ギルドからの強制でパーティを組まされ、山中まで入ったところで置き去りにされたのだ。

 それも、意図的に。

 その発端になったのは……俺からすると全くの濡れ衣に思えるのだけれども、魔物への恐怖や憎しみからくる獣人や亜人への悪意ヘイト


「大発生した群れって、数はどのくらい?」


「ウチが見たのは、ゴブリンだけで二百は超えてたニャ。あとはオークと、フォレストウルフと、オウルベアもいたのニャ」


 うん。ゴブリンとオーク以外は知らん。

 名前から、なんとなくオオカミとフクロウの魔物なんだろうなとは思うけど。


「悪い、俺は……遠いところから来たので、こちらの常識を知らない。それは強い魔物なのか?」


「やっぱり、そうなのニャ。ミーチャ、見かけない格好だから少し不思議に思ってたニャ」


 ゴブリンとフォレストベアは、単体での強さは中堅冒険者なら倒せる程度。だが群れで行動し数の力が脅威になる。オークとオウルベアは多くが単体もしくはつがい程度の行動単位だが、熟練冒険者でもパーティで当たらなければ簡単に殺されるくらいの強さ。

 そんじゃ俺なんか全然ダメじゃん。たぶん拳銃弾とか通用しないし。出会ったら逃げよう。


「あ、見えてきたのニャ……」


 エルミが指差す方向、木々の隙間から見下ろす先に山間の開拓村といった感じの集落が見えていた。漠然とイメージしていたものよりは、ずっと広くて拓けてる。

 見えてるだけで建物が大小含め三十軒ほどはある。人口は……二百やそこらか。


「冒険者ギルドは、あそこにある町の正面から入ってすぐ……ニャ⁉︎」


 エルミの声が緊張する。集落の入り口近くで、魔物と戦闘中の集団が目に入ってきた。

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