エルミニャ
「……ああ、助かったよ」
立ち上がろうとした俺は、腰が砕けたように座り込んでしまう。ゴブリンの突進をまともに喰らったのが効いているらしい。ネコ娘が俺の腰に手を当てると、不思議なほどすぐに痛みと怠さが抜けた。
「お礼を言うのは、こっちニャ。ウチは、エルミなのニャ」
「サエグサ・ミツヤだ。ミツヤと呼んでくれ」
「ありがとニャ。ミーチャは、命の恩人なのニャ」
慣れない発音だったのか、ロシア人ぽい感じになってしまった。……まあいっか。
少し前までボロボロだったはずなのに、エルミは早くも動けるようになっていた。
泥も血も傷もほとんど消えて、驚くほど綺麗になってる。さすがに引き裂かれた服はどうにもならんかったようで、転がっていた麻布みたいのを巻きスカート風にしている。その上に俺の臭いパーカーという格好なのだが、
「怪我は、もう大丈夫なのか?」
うなずく彼女の身体のあちこちで、青白い光がキラキラと瞬いている。光が消えた後には傷や汚れが消えていることから、どうやら魔法らしいことがわかる。俺の痛みを取ってくれたのも、これか。
この世界には、やっぱ魔法があるんだな。俺の視線に気付いたエルミが、困った顔で笑う。
「治癒と回復の魔法
「へえ、すごいじゃん」
「獣人のくせにおかしいって、よく言われるのニャ」
そんなにおかしいか? 俺は魔法にも獣人にも詳しくないのでリアクションに困る。
首を傾げる俺を見て、エルミは逆に怪訝そうな顔をした。
「みんな、エルミをパーティに入れたがらないのニャ。獣人の後衛職なんておかしい、聞いたこともないっていうニャ」
たしかに、まあ魔法といえばエルフとか人間の爺さん婆さんなイメージは、ある。
獣人の魔法使いというのは、いわれてみれば違和感がないこともないけれども。
「そんなの、能力があれば関係ないだろ。しょーもないこと言う奴は、ほっとけよ」
「ウチも、そう思ってたけど……ほっといたら、こうなったのニャ」
ネコ耳娘は首を振って、乾いた笑いを漏らす。
魔物の大発生に対処する臨時編成のパーティに無理矢理組み込まれて、山まで来たところで置き去りにされたのだとか。
運ばれてくエルミを見かけたとき、近くに若い男女ともうひとりいたのが、それか。許せんな。
「ちょっとだけ待ってくれたら、町まで送ってくよ。俺が護衛するから、道案内を頼めるかな」
「案内は、任せるニャ」
「案内“は”?」
「一番近い町は……ウチのいた、エーデルバーデンなのニャ。ウチは、もう関わりたくないのニャ」
まあ、そりゃそうだろう。俺は無関係とはいえ、そんな奴らのいる町では暮らしたくない。
冒険者ギルドで報告したら別の町に向かうと言うので、俺も同行することにした。
◇ ◇
俺は近くに淀んだ小川を見付けて、汚物まみれの革袋を放り込む。
ジャブジャブと小銭洗いを始めた俺を見て、エルミはゴブリンの死体の方に向かった。息があるのがいないか確認してるのかな。
「なんとか生き延びて最初にするのが、小銭洗いとはな」
“そうですね。乙女の危地を救ったヒーロー的な感じだったのが、急にガッカリした感じになりました”
「他人事みたいに言ってんじゃねえ、このポンコツAI!」
「ミーチャ、なんか言ったのニャ?」
いつの間にか戻ってきていたエルミが、キョトンとした顔で俺を見る。
「あ……いや、なんでもない。手が汚れたんで、ちょっと悪態を
もしかしたら……というか、もしかしなくてもこれ、あれだな。
“わたしの声は、あなたにしか聞こえません。いまのところ”
「だろうな。……って、“いまのところ”とは?」
“大声で独り芝居をする危ない男と思われないためにも、最優先での実体化アプリケーション導入をお勧めします”
そんなこたァ、わかってんだよ。最優先とまでは思わんけどな。
なんのために小銭洗いをしてると思ってんだ。
「ミーチャ、
そういって、エルミは俺に麻袋を差し出しきた。覗いてみると、謎の肉片が入っている。洗ってはくれたようだけど、けっこう臭い。
「プローブって?」
「ゴブリンは耳、オークは牙を町の冒険者ギルドに持ってけば、報酬が出るのニャ。知らなかったのニャ?」
「俺は……冒険者じゃないんだ。最初の町に着いたら登録しようと思ったんだけど」
「冒険者証ないと買い取り安いから、エーデルバーデンで登録だけするのもアリなのニャ」
エルミはもうひとつ、袋とは別に飴玉くらいの石を渡してくる。薄汚れた緑色で、淡く光ってるように見える。
なにこれ。呪われた宝石かなんか?
「あの大きなゴブリン、上位種だったみたいで、腹から
「お、おう……」
ありがたい……のだろうな、たぶん。
気持ちは、確かにありがたいのだけれども。切り取られた耳がぎっしり詰まった麻袋は嫌な感じの緑汁が染みまくりだ。正直、あまり受け取りたくはない。
「どしたのニャ? これは、ミーチャのものニャ」
「あ、ありがとう」
手を出しかねているのは遠慮ではない。とはいえ断るのも悪い。今後もカネは必要だしな。
ネコ耳娘の無邪気な視線に耐えきれず、俺は泣き笑いの顔で謎石と耳の詰まった袋を受け取った。
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