ゴブリンの巣
震えて
もう、やると決めたんだ。進むにしても退くにしても、迷うのは決定の前まで。仕事でもプライベートでも、決断後の方針転換だけはナシだ。そんな姿勢じゃ、上手くいくもんまでグダグダになる。
“魔物の巣を見付けたら、お宝がないか確認してください”
「こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだけどな」
“大丈夫です。サブマシンガンと弾薬百発で底辺のザコ魔物にも勝てないとしたら……残念ですが、あなたの死は運命です”
「おい」
笑顔で慇懃無礼モードな感じが、スゲー“日本人から見た英国感”ある。なんというか、ユーモア持った京都人みたいな。これも偏見か。
ヘイゼルのおかげとは全く思わないが、とりあえず気は楽になった。
威力はともかく、問題は撃ち漏らしだな。装填された弾薬は弾倉二本分の六十発だけ。それを撃ち尽くしたら再装填できない。正確には、装填中に身を守る手段がない。
「索敵のサポートとかは、できないのか」
“ショップの擬似人格に何を期待してるんですか”
「そうな」
“できますが”
「できるのかよ!」
“実体化アプリをインストールしたら、ですけどね”
「……うん、考えとく。今度は、わりと本気で」
茂みの奥から、甲高い喚き声と悲鳴が聞こえてきた。その音をたどって、草木を掻き分けながら近付く。
起伏を越えると、倒木の遮蔽に守られた窪地を見付けた。こちらが風下らしく、ドブを煮詰めたような臭いも漂ってくる。
あれがゴブリンの巣か。奥に、洞窟と呼ぶには浅く狭い穴蔵がある。
「中身は見えないけど、樽や木箱がある。襲った相手の持ち物を溜め込んでるのかもな」
“貴金属類の買い取りも
ヘイゼルは急に嬉しそうな声になる。なんなの、この守銭奴AIは。
“ひとつサービスでお伝えしますが、こちらの世界では魔物や盗賊の持つ物資は討伐者のものになります。さらに魔物の討伐証明部位や盗賊の首を持ち込むと、冒険者ギルドという珍妙な組織から報酬が出ます”
「珍妙って……いや、それより、ずいぶん詳しいな。擬似人格なのに」
“それなりに知識はあります。他にも、顧客はいましたから”
過去形かよ。そいつらがどうなったのかは、あんまり聞きたくない。少なくとも、いまは。
サービスというよりも、それは自分のところに利益誘導しようとしてるのではないか?
「……にゃあああぁッ⁉︎」
焚き火の横で縛り上げられていた獣人の子が、必死にもがいて叫び声を上げている。
まだ生きてたのは良かったが、安心できる状況ではない。襲われるのか喰われるのか、襲われた後で喰われるのか。ゴブリンの習性は知らんが、いずれにせよ絶体絶命のようだ。
「ダメなのニャ! ウチは美味しくないのニャ⁉︎」
ニャ、て。わかりやすいキャラだな。ケモナーではないがネコ好きの俺にとって、これは捨て置けない事態だ。
「ヘイゼル、
“確実に当てるなら、二十ヤードというところです”
ヤードって言われても知らん。二十メートル以下まで近付けば良いだろ。
茂みを縫って、窪地に降りる。目立たず静かに
「おい、そこのネコ娘! 伏せてろよ! ぜったいに立ち上がるな!」
「ニャ⁉︎」
見込みで放った一発目は、最も体格の大きい個体に当たる。念のため追加で何発か叩き込むと、膝から崩れて動かなくなった。
大丈夫だ、9ミリ弾はゴブリンにも効く。ただ、一発で無力化は厳しいようだ。
少し離れた位置でキョロキョロしている三体を、セミオートで慎重に狙いながら撃つ。着弾は思ったほど散らない。簡素な
大型個体の死骸近くに集まってきた二体のゴブリンを、フルオートの指切り点射で打ち倒す。ボスの死を
被弾したゴブリンたちは痛みに身悶えながらジタバタしていたが、それぞれ二、三発は喰らっていたので、すぐに静かになる。
頭に当たれば一発で即死するものの、ゴブリンは前進するとき頭を振るような動きなので狙うのはやめた。
胴体に当たると、平均二発で殺せることがわかった。末端部位でも死ぬことは死ぬが、被弾直後は興奮状態になってしばらく暴れ回る。近付かれた状態では厄介だな。
「「「ギャアアアァ……ッ!」」」
発射音で、こちらの位置と脅威は露見してしまったな。それくらいは想定の範囲内だ。捕まってたネコ娘も、俺が助けに来たのだと気付いたようだ。
「た、たすッ、たすけてニャ!」
「わかったから、そこで伏せてろ! 顔を上げるな!」
警戒音なのか攻撃信号なのか、残りのゴブリンたちが甲高い声を上げて向かってくる。
隠れる位置を変えようと思って、やめた。どのみち銃声でバレるなら、守るのに有利な場所を離れるべきじゃない。
残ったゴブリンたちは手に手に槍や棍棒を持ち、何体かは大きな盾を構えている。見た感じ木製のようだが、分厚いので拳銃弾が抜けるかはちょっと不安だ。
「ギャアゥッ!」
最初に向かってきた棍棒持ち二体を射殺して、その奥で槍を投げようとした一体を撃つが外れた。こちらに投擲された槍を、遮蔽の陰に入って避ける。
恐ろしいことに、倒木の根の隙間から突き抜けてきた槍が後ろの生木に刺さる。ザックリと深く突き立てられた腕力は尋常じゃない、自分に当たっていたらひとたまりもなかった。
「くそッ」
倒木の横から回り込もうとしたところで、盾持ちゴブリンが突っ込んでくるのが見えた。距離は十メートルもない。
盾持ちの後ろに何体か隠れている。まずいな、あいつら魔物のくせに、こちらの武器がどんなものかもう把握したのか。
ステンガンを連射しても、突進は止まらない。盾に当たってはいるが、抜けていないようだ。
狙いを足元に定めて数発。盾持ちが倒れ、足を押さえて転げ回る。無防備になった後続三体を射殺して、最後に盾持ちの頭を撃った。
ゴブリンは肌も血も、おまけに脳漿まで緑っぽい。そして臭い。
「……ふぅ、あっぶねぇ……」
弾倉を交換して、空になった方を軍用ポーチに入れる。FPSのクセで突入前にはフル装填しておきたかったが、いまは無理だ。まだ何体か残っている。どこかに息を潜めているような気配があった。
倒木の遮蔽を乗り越えて、ゴブリンのテリトリーに入り込んだ。ひどい臭いがますます強くなる。
「……ニャああぁ…」
半裸のネコ娘が、泣きべそ顔で震えていた。もふもふした毛並みは土やら泥やらで汚れて元の色がわからないが、茶色っぽい髪――もしくは頭の毛――の上にぴょんと猫耳が飛び出していた。
静かにしてろと身振りで伝え、近くにゴブリンの生き残りがいないことを確認する。
転がっていた錆びだらけの短剣で、ネコ娘の手足を縛っていた蔦やら荒縄を切ってやった。
「あ……ありが、とニャ」
「残りのゴブリンは見たか。槍を投げたのと、あと二体くらいいたはずだ」
俺は軍用ポーチを外すと、パーカーを脱いで肩に掛けてやった。汚れてはいても可愛らしい子なので、産毛に覆われた肌が露わになっていると目のやり場に困る。
「奥の……穴みたいなとこに、逃げたのニャ」
あの穴蔵か。正直あまり入りたくない。暗くて狭いところは銃の利点がなくなるし、待ち伏せされたら逆襲されかねない。
深追いせず逃げるのが正解なんだろうな。そこに金目のものがなかったら、俺だってそうする。
やっぱりフル装填しておこう。空の弾倉に弾薬を込めて、Tシャツの上からポーチだけを装着する。
「よく頑張ったな。もう少しだけ、我慢してくれ」
ネコ娘は負傷して動けないのか、手足が自由になってもグッタリしたままだった。
移動するにしても治療するにしても、あるいは生き残りのゴブリンを攻撃するにしても、手段を手に入れるにはカネが要る。
背に腹は変えられない。せっかくの異世界だってのに世知辛いことだ。
「待ってろ、すぐ戻る」
「なに……するつもりニャ?」
「あいつらを殺して、物資を手に入れる」
気休め程度の短剣を渡して、俺は穴蔵の入り口まで進んだ。
入り口近くには木箱や木樽が転がっていて、衣服の切れ端や動物の骨が散らばっている。腐臭や死臭がしているのかもしれないが、そもそもゴブリンの住処に踏み込んでから周囲が臭過ぎてよくわからない。
手っ取り早く中身を見ようと木樽を蹴り倒す。
ひとつは腐ってカビまみれの穀物。ひとつは赤茶けた謎の半固形物。特に匂いはしない。足で踏むと簡単に砕けた。……塩かな。
最後のひとつは硬貨が入っていたけど、その上にたっぷりと正体不明の汚物が詰まっていた。
「ヘイゼル、受け取れ」
樽を蹴り倒して、爪先で中身を指す。泥と汚物に埋もれて腐ったような色の革袋。そこから硬貨が溢れているが、あまりに汚れて銀貨か銅貨かも判別できない。あんま触りたくない。
“……洗ってからにしてくだ
「潔癖症の擬似人格とか、そういうリアリティは要らんから。みんな持ってけよ、ホラ。そんで追加の武器を……」
“いやで
「なんで身体もない擬似人格が口で息してんだよ⁉︎ 意味わかんねえ!」
“アブないで
こちらの注意が逸れた隙を狙ったのか、棍棒を振りかぶったゴブリンが三体、暗闇から飛び掛かってきた。
とっさにステンを向け、腰だめで連射する。前にいた二体に被弾したのは見えたものの突進の勢いは止まらず、俺は緑の塊に突き飛ばされて転がった。
「ぐぅッ!」
息が詰まって、身動きができない。一体目は俯せに倒れたまま動かず、もう一体は仰向けで痙攣している。最後の一体がどうなったのかわからない。
転がっていた銃を引き寄せようと伸ばした手を思い切り踏まれた。
「くそッ!」
顔を上げると、棍棒を振りかぶったゴブリンの勝ち誇った顔が目に入った。
そこにあるのは仲間を殺された怒りや憎しみではなく、外敵を殺せることへの喜びだけ。
「ギャアァアアアァ……ぷッ⁉︎」
歓喜に満ちた声が途絶え、ゴブリンはビチビチと臭い汁をぶち撒けながら倒れた。
緑の小鬼は悔しそうな顔で痙攣して、事切れる。その背に突き刺さっているのは、俺が渡した短剣だ。
「……だい、じょぶニャ?」
俺のパーカーを羽織ったネコ耳娘が、笑顔で手を差し伸べてきた。
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