ゴミの行く末
いきなり響いた女の声に唖然としていると、目の前に光るプレートが現れた。
画面にずらっと文字の羅列があり、横にサムネ画像みたいのが並んでいる。いわゆる
文字は、崩れているが英語に近いか? なんとなく理解できるものの、いくつか読めても意味がわからない単語がある。
なにこれ。俺のチートスキル? 発動すんの遅くね?
“
「おい、ちょっと待て、この声……」
やっぱり。これだ、この世界で最初に聞いた声。
あんときは、もっと気取った感じだったけど。いまは、こっちが聞いてないと思って地が出た感じ。
“失礼しました。わたしは、DSDのオペレーションシステムをサポートする疑似人格で、ヘイゼルと申します”
俺の声で失敗に気付いたようで、取り繕うように小さく咳払いをした。もう遅いって。
「声はすれども姿は見えず……」
“いまのところ可能なのは
「が?」
“オプションで二百ポンドになります”
「
“……”
いや、なんで不満そうなんだよ。声だけで顔は見えないけど、“ぷーっ”て顔されてる気がする。
ていうか、異世界なのに、なんでポンド? ここイギリスなの?
剣と魔法と魔物とか、日本人の“脳内イギリス”になら、いそうではあるけど。
“後ほど追加購入も可能です。むしろ強くお薦めいたします”
いや、知らんし。いま俺には心の余裕もカネもない。
なにせ次々とプレートに吸い込まれたコインの引き取り価格は、表示によれば総額三十五ポンドほどにしかならないのだ。
日本円では、ええと……五千円くらいか? 十枚ほどの硬貨にしては高額ともいえるけど、なんにせよオペレーターの受肉に注ぎ込む余裕はない。
そもそも足りない。
「考えとく。関西人的な意味で」
“購入する気ないですね⁉”
「ないわ! 用さえ済めば別にしゃべらんでもいいし。だいたいDSDって何の略だよ?」
“
正直だなおい。しかもそれ、これから不用品を押し付ける顧客本人に言うか。
“死者に第二の人生をご紹介する、天国版の
ジョブなんちゃらは知らんけど、ここが天国のワケねえだろうが。俺は元の世界で死んでいることを言外に示されて軽く凹んだが……まあ、いまさらだな。
擬似人格の能書きは
一覧を見てみると、商品はジャンルごとにタブが分かれているようだ。“エッジウェポン”っていうのは刃物系の武器か。カッコは良いけど、自分が持っても魔物相手に使える気がしない。
選べるなら銃が良い。実銃に触れたのは海外出張先で体験した一回だけだけど、シューティングゲームには学生時代かなりハマったクチだ。サバゲはやらない御座敷シューターながら、エアソフトガンやモデルガンも買ったし専門誌もけっこう読んでた。
とりま“ファイアアームズ”のタブを選択して、買えそうな商品を調べる。威力も信頼性も欲しいが、目に付く銃は軒並み高価過ぎて買えない。そらそうだ。五千円じゃな。
いくら安くても単発先込めのフリントロックとか、金属薬莢使わないパーカッションリボルバーとか無理無理、咄嗟に対応できないし。装填したことないから暴発しそう。
でもこの古式銃、なんでこんなに安いんだろ。歴史的価値とか美術品的価値を考えたら捨て値なのはおかしくないか?
これじゃまるで……
それより気になるのが、商品の偏りだった。
近代以降でもベルギー製FAL自動小銃の英国ライセンス生産品であるL1A1に、ブレン軽機関銃、ボルトアクション式軍用小銃のリー・エンフィールドNo.4、第一次世界大戦で使われた円盤型マガジンのルイス軽機関銃まである。商品は他にも色々あるのに……
「なあ、なんでイギリス製ばっかなんだ?」
“
「要らん。買えんし、買わん」
英国軍の現用制式アサルトライフルであるL85は、
とはいえ、どうしたもんかな。
前世代やそれ以前の銃火器はどれも比較的安いが、さすがに三十五ポンドでは“状態に難あり”な中古品でさえも買えない。
「なあヘイゼル、いまの予算で買える銃はないか。
“質問された言葉のままなら、
「生き延びるために欲しい。自殺用じゃなく」
“ですよね。では……エンフィールドNo.2はどうでしょう。弾薬は.38エンフィールドが二十発付きます”
またエンフィールドか。
エンフィールドNo.2というのは、イギリス軍が第二次世界大戦時に使っていた、中折れ式の大型リボルバーだ。
ヘイゼルの説明にあった弾薬“ .38エンフィールド”も、威力は同時代の――日本軍を除く――他国製大型軍用拳銃の半分くらいしかない。古風でメカニカルなデザインで動きも面白いから、欲しいだけでいえば欲しいけれども。
異世界で魔物相手に生きるか死ぬかの状況では、あまりにも頼りない。
“最終使用者は
「いや、何があったんだよ、それ」
墜落死したパイロットの護身用拳銃か? なんにしろ銃身曲がるようなダメージ受けて他が問題ないわけねえだろうが。
なんか嫌な予感がするのでパス。銃身が曲がってんのも弱装弾なのも不安だが、そもそも二十発じゃ生き延びられない。あのゴブリンの群れや、その後に見かけたネズミや未知の獣を考えると、ある程度の威力や連射性能も必要になる。
そんなもん予算五千円しかないヤツがほざくなと言われれば返す言葉もないが。
「……他にはないのか」
“少し……いえ、かなり状態は落ちますが、在庫処分品のステン
ステンというのは、第二次世界大戦中に作られたイギリス軍のサブマシンガンだ。
ホームセンターの素材で素人が組み上げた、みたいな雑なデザインと雑な仕上げの戦時設計品。だがイギリス人らしい割り切った設計で、そこそこ信頼性はあるというようなことを聞いたことがある。
“
「だろうな。……それじゃ、ステンを頼む」
“わかりました”
俺の手元に、弾倉なしのステンガンと、妙な肩掛けバッグが現れる。
バッグじゃないな。大きめの弁当箱みたいな布ケースを腹の両脇にぶら下げるサスペンダー。ずいぶんと使い込まれていて、あちこちに汚れやほつれがある。
「なにこれ」
“サービス品の、P37軍用ポーチです”
案外、気前がいいな。将来の利益を見越してのことだろうけど。
左のポーチにある赤黒いシミが少しだけ気になる。よく見ると、そこに開いた穴は裏まで貫通していた。
おい、これ……
“そのポーチは最終使用者が銃とともに埋葬するようにと……もにょもにょ”
ヘイゼルがちっちゃい声でなんか言ってるけど、聞かなかったことにする。銃は使い込まれていて小汚いが、ボルトを動かしてみると作動は軽く、整備はされているようだ。
右側の布袋のなかには、弾倉が二本。左側には紙箱入りの弾薬がふたつと、使い込まれたクリーニングキット。
弾倉にはまだ装填されていなかったので、ボロボロの紙箱を開いて弾薬を込めてゆく。全体に埃っぽく、薬莢の真鍮もくすんでいるのが気になったけど贅沢を言っている場合じゃない。
“古い弾薬ですが、保存状態は確認してあります”
不安そうに弾薬を見ていたのに気付いたのだろう、ヘイゼルが気休め程度の太鼓判を押す。
彼女のコメントによれば、新品の9ミリ弾なら百発買うだけで予算の大半が消えるのだ。現状で他に選択肢はない。
弾倉には、三十発入れても少し余裕があった。最後の方は押し込むのに苦労するほど硬いし、作動不良も不安だったので追加するのはやめる。
装填済みの弾倉を銃の横から挿し、ボルトを引いて発射可能状態にする。機関部中央にある押しボタンがセレクターだ。右から左に押すと
「……よし。これで準備は万全だ」
自分で口にしといてなんだが、心にもないことを言ってる感がハンパないな。ようやく手に入れた待望の銃器だっていうのに、ステンガンの冗談みたいな簡素さは逆に不安を誘う。
いや、ステンの割り切りはこの際どうでもいい。武器を手にして、これからどうする。
――
“表でしたよ”
「え?」
“
聞いてたのかよ。よく覚えてんな。
そして表裏は本当かどうか知らん。いまさら調べようもないし、あのコインのどっちが表でどっちが裏かもわからん。
「そっか」
だったら
もしかしたら、あの
よぉーし、
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