その65:狸寝入りのひょっとこ姫

 翌早朝。いつものごとく展望台で深呼吸して坂を下り、日和山の山頂、日和山住吉神社へ向かう。俺も飽きずによくやるよなぁ。まぁ、ルーティーンというのはそういうものかもしれないけれども。

 しかし、ひよりはいろいろと作業がつまってるみたいだけど、大丈夫なんだろうか。昨日も徹夜に近い作業で寝過ごしてたし、今日も遅くまで作業してたんだろうしなぁ。

 などと思いながら海側の階段を上り、山頂に着く。ひよりは、いなかった。

「うーん。やっぱり寝てるのか? まぁ、しょうがないかもしれないけどなぁ」

 独りごちながら、方角石の前に立つ。そして、軽くノックしながら声をかける。

「おーい。ひよりー。来たぞー。まだ寝てるのかー」

 すると方角石が淡く輝き、横になった状態のひよりがやはり淡く輝きながら姿を現す。俺はひよりを受け止めようと、両腕をひよりの肩と太ももの下あたりに差し出す。このまま受け止めれば、またお姫様抱っこ状態になるわけだが……。

「ん?」

 受け止めようとひよりの顔を見ると、なんとなく薄く目が開いてすぐ閉じたような気がした。

(こいつ……)

 俺は、受け止めようと差し出していた両腕をそのまま少しずつ下げて、地面に近づけていった。そして地面から十五センチばかり上で腕を止める。ひよりの身体が俺の腕につきそうになると「安全装置」の淡い光が消える。そこで、俺は腕を引いた。光が消えた状態だと、自由落下するだけだ。

「ふぎゅっ」

 十五センチ上から地面に落下したひよりが、変な声を出す。


「いっ……たぁっ。メグルさんの腕、地面みたいに固い……って、地面じゃないですかっ」

「おい、ひより。起きてただろ」

 ひよりは俺を見上げて目を泳がせる。

「あっ……。い、いえいえいえ、いま、今起きたんですよっ。そんな、寝たふりしてまたお姫様抱っこをしてもらおうとか、そんなこと全然考えてないですよっ」

「全部白状してるじゃないかよ。なんなんだ」

「うう……。だって……。昨日もしてもらってたってこんちゃんが言ってたけど、わたし憶えてなかったし……」

「それで計画的犯行かよ。まったく。……そんなにいいもんかね?」

「犯行って。……ごめんなさい。一応……乙女の憧れというか……」

「いろいろ企むから犯行になるんだよ。してほしかったら、言えばいいだろ?」

「え、そんなこと……。ひぁっ」

 俺は、まだ地面に座っているひよりの膝裏と肩に腕をまわして、ひょいと抱き上げる。

「これでいいですか? お姫様」

「はわ。はわわわわわわ。は、恥ずかひいので、下ろしてくださひぃ」

「なんだよ。されたがってたのに」

「ううう。だって、いきなり……」

「ほらねー。やっぱりイチャイチャしてるー。もうこの辺の名物だねー。あはは」

「ひああああっ。こ、こんちゃん! あの、わたし、これはね……。メグルさんっ。下ろしてくださいぃっ」

 こんちゃんが後ろからいきなり声をかけてきて、ひよりはパニクった。


「あはは。おはよー。別に、ずっとお姫様抱っこされてればいいのにー」

「お、おふぁよう。そんな、恥ずかしいこと……」

「おはよう。今日も早いんだな」

「あはは。今日も早朝ランニング継続中だよー。でもそろそろ飽きてきたし眠いし、もうやめようかなーと思ってるけどねー」

「三日坊主かよ」

「坊主とか言われると、巫女の立場がないねー。あはは」

「こんちゃんは昨日も見てたの……?」

「うんー。言った通りだよー。昨日はひより、寝てたけどねー。今日は起きててお姫様抱っこされたんだねー。よかったねー。あはは」

「聞いてくれよ。ひより、寝たふりしてたんだぞ」

「あはは。それはアタシもこないだやったからねー」

「……そういやそうだったな。俺が落とそうとしたら、首に腕をまわして抱きついてきたな」

「えっ。こんちゃんとメグルさん、そんなことをっ?」

「あー。アタシとメグルくんの秘密の逢瀬がバレちゃったねー」

「秘密の……。そうなんですかっ? わたしの知らないところでっ」

「ま、待て。拳に力を込めるな。こんちゃん、そういう言い方するなよっ」

「あはは。抱きついたのはホントだしねー」

「やっぱり、そうなんですねっ!」

「いや、だから、落ち着けっ」

「あはは。それじゃアタシはランニング続けようかねー」

「こんちゃん、待てっ。逃げるなっ」

「ヘブンズ……!」

「だからひよりも待てってば!」

 その後、ヘブンズストライクを受け流したり、鼻息を荒くして熱くなったひよりに水をかけて冷ましたり、逃げようとするこんちゃんを体力の差でつかまえて理由を白状させたりして、なんとかひよりを納得させた。


「……そうですか。あのとき、落ち込んでたわたしを元気づけようとして……ですか」

「まぁ、ひよりがいなかったから、こんちゃんの空回りだったけどな」

「あはは。こんなの、ネタばらししちゃったら面白くないけどねー」

「わかりました……。こんちゃん、ありがとう。気を遣ってくれて」

「アタシもメグルくんに抱きつけてよかったけどねー。あはは」

「だから、そういう余分なこと言うなって。ひよりも拳を握るな」

「はい……。わたしのためを思ってしてくれたことですから。それはわかってます。ただ、抱きついたという事実はあるので、その分は貸しておいて、わたしもメグルさんに抱きつける権利を有するということで……」

「何の権利なんだ。俺は質草か。……まぁ、納得するんなら、なんでもいいけどな」

「あはは。それじゃ、一件落着ということで、アタシはランニングに戻ろうかねー」

「一応今日はまだやるのか。三日坊主と言わず明日もやれよ? じゃ、また夕方かな」

「そうだねー。またねー」

 こんちゃんはまた海側の階段を下りて、ランニングに戻ったようだ。俺とひよりはこれからが本題なんだが。


「えーと……。なんか朝っぱらからやけに疲れたんだが。この時間は、感覚共有能力抑制の護符をバージョンアップするという話だよな」

「……そうですね。ちょっと疲れましたね。一応、護符は仕上げてあります」

「まったく。ひよりが寝たふりとかしてなければよかったんじゃないのか?」

「う……。でも、メグルさんがこんちゃんとのこと教えてくれなかったからじゃないですか?」

「いやそれは……まぁ、終わったことにしないと先に進まないからな。護符のバージョンアップってのはすぐできるのか?」

「そうですね。貸しもあることですし……。バージョンアップはすぐできますよ。上書きするだけですから」

「上書きか。おんぶするわけじゃないよな?」

「ち、違いますよ。あれとは。それじゃあ、さっそく始めましょうか」

「おう。よろしく頼む」

 簡単な術式を経て、俺の身体に感覚共有抑制のバージョンアップ版護符が取り込まれる。

「……これで、書き換えられました」

「……ふむ。自分ではよくわからないけど、何が変わったんだ?」

「基本的な部分は変わってません。メグルさんの元栓が開いた状態でも、感覚共有に関しては能力が出ないようになっています。ただ、メグルさんが必要になったときにはコントローラーのコマンド入力で発動することができます」

「うん。そこまでは今までと一緒だな。コマンドってのも、同じなのか?」

「だいたい同じです。Aボタンを一秒以内に五回押すということで。ただ、そのときに下矢印も同時に押していないといけないことにしました」

「下を押しながら、Aで五連射か……。微妙に面倒になってるな」

「一応、危険な能力ではあるので操作も少し難しくしました」

「意味あるのかよ。まぁ、それはいいけど、俺が自由に出せるんなら乙女たちにとって危険なのは変わりないんじゃないのか? そう思われるのは心外ではあるけどな」


「そこまではほぼ一緒なんですけど、このあとが違います。感覚共有の対象がわたしのみということがわかったので、わたしの方でも操作をしないと発動しないようにしたんです」

「ひよりの方の操作?」

「やってみた方が早いですね。メグルさん、感覚共有を発動してみてください」

「ん。えーと。下を押しながらAを12345……と」

「どうですか?」

「……普通に見えてるな。右も左も」

「変わりないですよね。でも、そのときわたしの方にはメグルさんが感覚共有を発動したっていう信号が来てるんです」

「ほう」

「それで、わたしが操作すると……」

 ひよりは自分の左手首、手のひらの方を右手の人差し指で押すような動作をする。すると。

「お。左目に俺が見える。右目にはひよりが見えてるけど」

「わたしも、左目でわたしが見えてます。右目にはメグルさん。左目、閉じてみますね」

 ひよりが左手で左の目をおさえる。俺の左目の視界が暗くなる。

「なるほど。発動してるみたいだな。つまりは、俺が能力発動を要求すると、それを受けてひよりが許可を出すということか」

「そういうことです。わたしの許可がないと、能力は使えないわけです」

「ふむ。それなら、乙女たちにも安全ということだな。しかし、よく作るもんだな」

「うふふ。何度も言いますけど、わたし優秀なんですよ? まぁ、共鳴の護符の仕組みを応用してるんですけどね」

「すごいもんだな。さすがだ」

「うふふん。もっと褒めてください。……共有、解除しときますね」

「俺の方も解除するか……。しかし昨日から思ってたんだけど、ひより、ウインクできないのか?」

「なっ、なっ、そんなのっ、できますよっ」

「ずっと、左目閉じるときに手でおさえてるもんなぁ」

「片目閉じるくらい、できますからねっ。見ててくださいよっ。うにゅぅ~」

 確かに左目は閉じてられていたが、ひょっとこみたいな顔になっていた。面白かったのでスマホで写真を撮っておいた。あとでみんなに見せてやろう。

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