その66:打倒神様を叫んで逃げる

 夕方。バイトを終えた俺は日和山へ向かう。

 ひよりと出会ってからはほぼ毎日行ってるんだよなぁ。たまに休んでもいいような気もするけど、俺としてもあの巫女連中と会っているのが楽しくなってはきている。ただまぁ、銭湯代とかバナナオムレット代とか出ていってしまうのはどうもなぁ。ハッキリ言って赤字なんだが。

 銭湯代、昨日は全員に出させたけど、今日はどうだか。なんだかんだと言って俺に出させようとするからなぁ。今日もきっぱり断ろう。


 街側の階段を上っていくと、三人の声がする。今日は全員集合か。

「……で、マッコはまだ御朱印練習中なんでって言ったんスけどね。……あっ。めぐっち、おかえりなさいっス」

「メグルさん、おかえりなさい」

「おかえりー。メグルくん、おつかれー」

「ああ。ただいま。俺の家じゃないけどな。……何の話してたんだ?」

「マッコちゃんのバイトの話ですよ。社務所の」

「ちゃんと働いてるんだな。お疲れさん。バイト、慣れたか?」

「えへへ。バッチリっスよ。難しいことはしないっスし。ときどき忙しいっスけどね」

「それはなにより。いっぱい稼いでくれよ。銭湯代とか出せるようにな」

「う。出さないとダメっスか」

「当たり前だ」

「アタシたち、必要経費以外は八割を神様に納めるんだよー。けっこう大変なんだよー」

「それは知ってるけど、お菓子代とか風呂代は必要経費になるって聞いたような気がするんだが」

「ある程度っていうのがつくんですよ。神様、だいたい週に二回くらいを想定してるみたいで……」

「む。週二回か。今はほぼ毎日銭湯行ってるもんなぁ」

「週二回なんて、ナーンセンス! だよー。乙女なんだから、毎日だよー」

「こんちゃん、風呂好きだもんなぁ。でも、媒介石に戻ると物は食べなくていいし、汚れも落ちたりするんだろ? いろいろリセットされるとかなんとか」

「それはそうだけどねー。栄養たっぷりでそれだけで生きられるからって、毎食を錠剤ですませるみたいな生活、考えられないでしょー? それと同じなんだよー」

「なんか、こん先輩が燃えてるっス」

「そりゃ、燃えるよー。アタシは火を操るんだしねー。お風呂に毎日入れないなんて、まっぴらだよー。待遇改善を要求するよー。打倒、神様だよー!」

「あの、こんちゃん、別に打倒しなくても……」

「おい。大丈夫かよ。神様が聞いてないといいけどな」

 と言ったところで「カラン」とお社の鈴が鳴った。


「あ。おみくじ通信ですね」

 その言葉を聞くや、こんちゃんは何も言わず海側の階段をダダダダと駆け下りていった。

「あ。逃げたな」

「逃げましたね」

「逃げたっス」

「……こういうときは早いなぁ、こんちゃん。しょうがないな。俺が出してやるか」

 このおみくじ通信にかかる費用も巫女の必要経費だったと思うが、今はとりあえず俺が出しておいてやることにする。俺からもいつか請求してやろう。

 百円を出しておみくじを引く。そのおみくじに神様からの連絡事項が書いてあるわけだ。

「誰あてですか?」

「んー。特に書いてないな。全員あてってことかな。一応、ひよりに渡すぞ」

「はい。ありがとうございます。えーと」

 ひよりがおみくじを開く。しかし、どれでもいいから引いたおみくじが連絡媒体になるっていうのは、どうなってるんだろうと毎回思う。やっぱり、相手は神様なんだなぁ。


「えーとですね。……また、鬼の出る兆候があるそうです。あまり強くはないみたいだそうですが、要注意ということですね。それから、お風呂代はとりあえず隔日で経費として認めるそうです。あとは自腹で……。それから、こんちゃんにはあとで風呂上がりに熱々のラーメンを食べさせるように……だそうです」

「……後半はどうでもいいような気がするが。また鬼の兆候か」

「お風呂代、週の半分出るんスね。それくらいなら、なんとかっスかね」

「こんちゃんにラーメンかぁ。大丈夫かな。でも神様の言いつけだもんねぇ」

「おい。第一は鬼だろ?」

「でも、この書き方からすると弱い鬼で、微弱な兆候が神界で検知されたっていうことですから、今から張り詰めてもしょうがない感じなんですよね」

「こないだの恵比寿大黒鬼もそういう風に言ってたよな。確かにそんなに苦戦はしなかったけど、そこまで弱っちくはなかったと思うんだが」

「鬼具を使ったりする場合もありますからね。でも、ランク的には弱い鬼のはずなので、心配しすぎる必要はないっていうことですね」

「んー。そういうもんなのか」

「そういうもんなんです」

「むしろ、こんちゃんのラーメンが心配であると」

「心配なんです」

 そんなことを話している山頂に、こんちゃんがおそるおそる顔を出した。


「神様……。いなくなったかなー。あはは……」

「こんちゃん、自分で言っといてなんで逃げてるのっ」

「いやー。お風呂のことになると熱くなっちゃってねー。お風呂だけにねー。あはは」

「ならもっと交渉でもすればいいのにっ。一応、お風呂は隔日で経費にしてくれるって」

「隔日ー? 毎日にしてくれればいいのにねー。戦いはまだ続くんだねー」

「戦わないで逃げたのは誰だよ」

「あはは。戦略的撤退だよー」

「どこが戦略的なんだか」

「あとね、また鬼の兆候があるんだって。弱いやつみたいだけど」

「鬼かー。どんどん来るねー。返り討ちだねー」

「それから、お風呂上がりに……」

「ひより、それはあとで教えてやろうぜ。その方が面白そうだ」

「でも……」

「今教えたら逃げられそうだしな。いつもひよりがからかわれてるんだから、たまには……ってやつだ」

「うーん。まぁ、神様の言いつけに逆らうわけにいかないですしね……。こんちゃん、ごめんね」

 その辺はこんちゃんに聞こえないように、ひよりと話した。


「それで、朝はイチャイチャしてたみたいだけど、護符はうまくいったのかなー。あはは」

「イチャイチャしてたんスかっ」

「そんな、イチャイチャなんて……」

「してなかったとは言わせないよー。あはは」

「うう……」

「まあまあ、あとでギャフンと言わせてやればいいから」

「そ、そうですね……。えーと、護符はね、うまくいったよ。メグルさんが感覚共有を使おうとすると、わたしの方に信号が来るの。そうしたら、わたしが許可を出すことによって、それで初めて感覚共有が使えるようになるわけ」

「なるほどねー。それならメグルくんの意のままにはならないし、不意に出ちゃうこともないわけだねー」

「すごいっス。さすがひより先輩っス。最終兵器発射のボタンはふたりが同時に押さないといけないみたいなやつっスね」

「最終兵器っていうのじゃないけどね……。でも危険なものだからね……」

「そうすると、メグルくんとひよりの間ではテレビ電話みたいなことができるわけだねー」

「テレビ電話? どうやって?」

「たとえばさー。文字を書いた紙を、左目だっけ? で見れば、相手に見えるわけでしょー」

「おお。なるほどな」

「あ、そうか。右目を開いて文字を書いて、それを左目で見れば相手に見えるんだね」

「それを鏡の前でやればさー。相手の顔を見ながら文字で会話できるわけだよねー。あはは」

「ふむ。顔を見る必要があるのかどうかはさておいて、面白い発想だな」

「そ、そうですね。必要はないかも……ですけど」

「メグルくん、そういうところだよー」

「めぐっちはデリカシーというものがないっス」

「えっ。なんでだ?」

 こんちゃんとマッコちゃんが手のひらを上に向けて「ダメだこりゃ」みたいな表情で首を振る。何が「ダメだこりゃ」なんだ。


「だいたい、媒介石の中に鏡とかあるのか?」

「もちろんありますよ。乙女の部屋ですからっ」

「うーん。なんか、イメージできん」

「そりゃあるよー。メグルくんの部屋にもあるでしょー? テレビ電話今度やってみなよー。あはは」

「まぁ、鏡くらいあるけどな。……なんかちょっと面白そうだし、そのうちやってみるか」

「えっ。やりますか? ホントですか? そうですね。しょうがないですね。やってみましょうか。うふふ」

「でも、ひよりが片目つむると、ヘンな顔になって笑っちゃうかもだよなぁ。……そうだ。朝撮った写真があるけど、見るか? ……ヘンだろ? ぶはは」

「あはは。そういうことするからダメなんだよー。面白いけどー。あはは。フォックスフレイム!」

「うひゃひゃ。めぐっちはなんでそういうこと言うんスかっ。面白いっスけど! マッコストーム!」

「どうしてそんなの見せるんですかっ。どうせヘンな顔ですよっ。ヘブンズストライク!」

 しまった。バイト後で元栓を閉じてたから、受け流しもできないや。と思いつつ、俺はすべての攻撃を受け、しばらく気を失っていた。

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