その64:お互いの見え方
銭湯を出て、帰路につく。いつものように、湊稲荷神社まではマッコちゃんがマッコウォークでこんちゃんを運んでいる。俺とひよりがその後ろを歩いている。
「もう。こんちゃんが選んだ眼帯、こんなのだとは思わなかったよっ」
「あはは。かわいいんだからいいでしょー。みんな見てニコニコしてたんだからさー。ふにゃー」
「隣のおばさんに『あきゃー。めふんぐりらけー。気ぃつけねやねー。海賊ちゃん』って言われて、なんだろうと思いながら鏡見たら、ドクロの眼帯だったんだよっ。外すわけにもいかないから、ずっとしてたけど……」
「めふんぐりっていうのは、ものもらいのことっスね? ドクロの眼帯、そんな変じゃないっスよ」
「じゃあ、マッコちゃんつけてみる?」
「い、いえ、マッコには似合わないかなと。ひより先輩だから、かわいくなるんスよ」
「まぁ、ちびっこパイレーツみたいな感じなんだろうな」
「誰がちびっこですかっ。まったくもう」
「しかし、そんな柄の眼帯、よく売ってたな」
「あはは。普通の眼帯なんだけどねー。アタシが即席で描いたんだよー。ふにゃー」
「自作かよ。……しかし、うまいもんだな」
「ひよりをからかうためなら、なんでもするよー。ふにゃー」
「うう。こんちゃんは昔からこんなことばっかり……」
「……仲いいんだなぁ」
このふたり、子どもの頃からこんな感じだったんだろうなぁ、などと思っていると、もう湊稲荷神社に到着する。
「では、ここからはめぐっちにお願いするっス」
「おう。マッコちゃん、ご苦労さん」
こんちゃんをマッコちゃんから引き継いで、おぶってやる。次は開運稲荷神社だ。
「メグルくん、お願いねー。いつも悪いねー。ふにゃー」
「そう思うんなら、歩けばいいような気もするが」
「いやー。まだ無理だねー。ふにゃー」
「こんちゃんは昔からお風呂入るとこうだもんね」
「筋金入りかよ。その頃から誰かにおぶらせてたのか」
「大きい巫女仲間とか、マッコちゃんみたいに運べる能力を持ってる仲間がいれば運んでもらってましたね。いなければ、わたしがおぶってましたけど」
「まぁ、今でもひよりが運ぼうと思えば運べるんだろうけどな。力はあるんだし」
「できますけど、この地上だと目立っちゃいますからね。こんちゃんの足を引きずっちゃうし。それに、その頃はまだこれほど身長差なかったですから」
「へー。こんちゃんとひよりがそんなに変わらない身長っていうのは想像しにくいな。なんか変な感じだ」
「あはは。アタシはある時期に急に成長したからねー。ふにゃー」
「わたしはそのときに全然伸びなかったから……」
「背丈だけじゃなかったんだろうけどなぁ」
「またそんなことを言いますかっ。ヘブンズ……まぁ、やめときますけど」
「あはは。今それやったら、アタシまで吹っ飛んじゃうからねー」
「なるほど。これからずっとこんちゃんを背負ってようかな」
「あはは。それもいいねー」
「よくないよっ。こんちゃん、もう下りられるんじゃないのっ?」
「バレたか。しょうがないねー。あはは」
こんちゃんが俺の背中を下りる。開運稲荷まではもうほんの少しだけど。
「しかしさー。メグルくん、今日は感覚共有はしなかったのー? あはは」
「いや、別に俺は女湯を覗こうとかホントにしてないからな?」
「わたしはずっと眼帯してたから、メグルさんが覗こうとしてもできませんでしたけどね」
「だからそんなことしようとも思ってないって」
「でもさー。メグルくんが出そうとしなくても、緊急時には出ちゃうわけでしょー? 昨日だって意図せずに出ちゃって、それで発覚したんだからねー」
「……緊急時か。確かに、他の能力でも出ちゃうからな。昨日のは何が緊急だったのかわからんけど」
「そんなに女湯が見たかったんですかっ?」
「違うというのに。まぁ、この感覚共有についてはまた制御する護符を作ってくれるんだろ?」
「はい。概要がわかったので、今夜にでも新バージョンを作ります」
「なら、それでいいよな」
「あはは。その能力だけで、えっちな漫画でも描けそうなのにもったいないねー」
「何言ってんだか。それだと、ターゲットはこんちゃんやマッコちゃんになるんだぞ?」
「それはごめんこうむりたいねー。あはは」
「貧相なわたしはターゲットにならないって言うんですかっ」
「いや、ひよりの視界になるんだから、ターゲットは別の女子になるだろ?」
「うー」
「何くやしがってんだよ。見られたいのか」
「そんなわけないじゃないですかっ」
「あはは。もう開運稲荷だねー。続きはふたりでねー。それじゃ、おやすみー」
「あ。こんちゃん、おやすみ」
「おやすみ。また明日な」
こんちゃんに手を振り、俺たちは日和山へ向かう。
そして開運稲荷から日和山へ向かう一本道で、ちょっと思いついて俺は言ってみる。
「……少しだけ、試してみるか。眼帯は……してないよな?」
「え。感覚共有をですか?」
「うん。今なら別に大丈夫だろ?」
「それはまぁ、大丈夫ですけど……」
「じゃあ、ちょっとやってみるぞ。そのまま前見てろよ? Aボタンを……12345っと」
これで俺とひより、お互いの左目の視界が入れ替わってるはずだ。
「……あんまり、変わらないですね」
「うん。ほとんど同じ風景を見てるわけだからな。ちょっと左目の方が視点が低い感じするけど」
「うふふ。わたしはちょっと左目の視点が高いです」
「まぁ、同じ風景を見るのに感覚共有しても何の意味もないけどな」
「……そうですか? 同じものを見てるって実感できるの、なんだか……」
「なんだか……なんだよ」
「……なんでもないですよっ。あっ。そうだ。メグルさん、ちょっとわたしの方を見てみてください」
左目の視界が暗くなった。ひよりは左目を閉じているようだ。
「ん? なんだ?」
俺はひよりの方を見る。ひよりは背が低いので、見下ろす形になる。やはり、ひよりは左目を左手で覆って、右目だけで俺の方を見上げている。
「うふふ。それじゃあ、わたしは左目でメグルさんを見ますから、メグルさんもわたしを左目で見てくださいね。せーの」
俺は右目を閉じ、左目でひよりを見る。ひよりを見ているはずだが、そこに見えているのは、右目を閉じた俺だ。俺を、下から見上げている。ああ、ひよりはいつもこんな感じで俺を見てるんだな。
「……やっぱり、見下されてるんですねぇ。だいぶ上からですね。メグルさんはこんな風にわたしの方を見てるんですねぇ……。そのまま、見ててくださいね」
俺の左目の視界が、ぐるりと回る。自分が動いてないのに視界が変わるっていうのは気持ち悪いな。酔いそうだ。耐えていると、さっきの一本道の風景になる。ひよりは、正面を向いたのか。
「……ほとんど頭頂部ですね。メグルさんはだいたいこんな感じでわたしを視界に入れてるんですねぇ。そうかぁ。……あ、もうやめときましょうか。気持ち悪くなってきますよね」
「ん。そうだな」
俺はセレクトボタンを押し、感覚共有を解除する。
「うふふ。わたしがメグルさんにいつもどういう風に見えてるのかわかって、面白かったです。だいたい頭頂部が見えていて、話をするときはわたしいつも見上げてるんですね。……あと、上からだとやっぱり真っ平らに見えてるんですね……」
「うん。俺もだいぶ見下ろしてるんだなってのがわかったよ。……別に、上から見ると真っ平らだなんて思ってないからな。どこから見てもまっ平らなんだから」
「なんてことをっ。……今は許しますけど」
「あ。許してくれるのか」
「今ヘブンズストライク撃ってもたぶん受け流されちゃいますしね。時間と体力の無駄です」
「それはありがとうございます。……しかしまぁ、感覚共有っていうのも面白いもんではあるな」
「面白い体験ではありますね。……覗きにさえ使われなければ」
「覗きゃしないってば。いい加減、信用しろよ」
「まぁ、信用はしてるんですけど。でも万が一の場合、迷惑を被るのは他の女子なので」
「んー。まぁ、女子の立場からすればそうなのかもな。その対策を護符でするんだよな?」
「はい。これから作ります」
日和山の山頂に着いた俺たちは「上書き」をしながら方角石の前で話をする。どういうわけか恒例になっている、ひよりをおぶってやるやつだ。
「それじゃあ、また明日の朝までかけて作るのか?」
「そうですね。ベースは出来てるので、それほど大変ではないと思うんですけど」
「無理するなよな。今朝も起きられなかったんだから」
「でも、今のままだといつでも共有出来てしまって危ないですから」
「ひよりが眼帯してれば危なくないだろ?」
「それはまぁ、そうですけど、ずっと眼帯してるわけにもいかないですからね」
「風呂のとき以外はいいんじゃないの?」
「いえいえ、いろんな誰かのプライバシーというのが、いつ、どう影響するかわかりませんから」
「まぁ、俺はいいけどさ。ホントに無理はするなよ?」
「はい。無理はあんまりしないようにします。それじゃあ、また明日の早朝に来てくれますか?」
「おう。いつものことだからな。……明日また寝てたら、起こしていいのか?」
「はい。起きてるとは思いますけど、もし寝てたら、お願いします」
「ん。わかった。また明日な。おやすみ」
「おやすみなさい」
ひよりを背中から下ろし、今日はひよりが方角石に入るのを見届けてから、俺は街側の階段を下りた。
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