その63:感覚共有の利用法

 感覚共有能力を能動的に使えるようにしてあるということだけど、どうすればいいんだ? 念じたりすればいいんだろうか?

「それで、具体的にはどうやるんだ?」

「能動的な能力の発動ということですから、もちろんこれを使います」

 ひよりは俺の左腕を指差す。あ、元栓制御のコントローラーか。

 俺が取り込んでいる他の能力、水流や飛行を自分の意志で出す場合、左腕に浮き出たコントローラーのような紋を操作することになっている。共有能力もこれを使うということか。

「コントローラー……。これが新しい能力にも使えるってことか」

「うふふん。こういういろんなことに使えるように、汎用的な設計をしてるんですよっ。そうでなければ、こんなインターフェースは使いませんよ?」

「ふむ……。なるほど。……で、どうやればいいんだ?」

「そうですね。まずは実際に試してみましょうか。Aボタンを五回押して下さい」

「Aか。1、2、3、4、5……と。……特に変わりないようだけど」

「あ。ただ五回押すだけじゃなくて、一秒間に五回押して下さい」

「一秒で五回? 連射かよ」

「それほど難しくはないと思いますけど」

「んー、そうか? せーの、12345! ……うっ」

 その途端、俺の視界がぐにゃりとしたような気がした。反射的に左目を閉じる。右目だけで前を見ると、ひよりが右目を閉じ、手で左目を抑えていた。その後ろでは、こんちゃんとマッコちゃんが何事かという表情でこちらを見ていた。

 恐る恐る左目を開けてみる。が、左目は何も見えていないようだ。右目を閉じてみる。左目は開いているのに、暗がりしか見えない。つまり、これは……。


「お、おい。ひより。大丈夫か? 左目は抑えたままで、右目だけ開いてみろ」

「は、はい……。メグルさん……。目は、どうですか?」

「今、左目は見えない状態だな。右は普通だけど」

「わたしも、右は普通に見えてます。さっき、左目がおかしくなっておさえちゃいましたけど」

「うん。たぶん、左目の視界がお互いに入れ替わってるんだな。それで、両方の目で見ると違うものが見えるから混乱して気持ち悪くなっちゃうんだな」

「そうですね。わたしも、一応そういう想定はしてたんですけど、実際に両目で違うものが見えると気持ち悪くなっちゃいますね」

「それじゃあ、今度は右目を閉じて左目だけで見てみるか」

「はい。……それじゃあ、やってみましょう。せーの……」

 俺は右目を閉じると同時に左目を開く。ひよりも、左目を抑えていた手を右目に当て、左目を開く。

「うわ。俺が見える。自分が自分にウインクしてるってのは気持ち悪いな」

「あっ。わたしが見えます。後ろにはこんちゃんたちが……。やっぱりなんだか、変な感じですね」

「へー。そんな変なことになってるんだねー。見てるだけだと全然わかんないけどねー」

「なんか面白そうっス」

「いやー、左目と右目で違うものが見えるって、相当変だぞ。酔いそうだ。恵比寿鬼と大黒鬼もこんな感じで見えてたのかな」

「どうでしょうね。見え方が違ってたかもしれないですし、訓練して慣れてたのかもしれないですね。共有中は片方の目だけ開いておくっていうだけでもいいですしね」

「うん。……しかし、ちゃんと能力の再現はできたな。スゴいな」

「うふふん。わたしの手にかかれば、このくらい何でもないですよっ」

 ひよりが鼻をふくらませてふがふがしながら言う。


「……それで、解除はどうやるんだ? ずっとこの状態でいると気持ち悪いんだが」

「解除は、セレクトボタンを押すだけでできます。……ですけど、ついでに検証もしてみましょう」

「ん……。なんだっけ。ああ、距離で能力対象が変わるかどうかってことだったか」

「はい。それじゃあ、わたしはこのまま後ろに下がりますから、マッコちゃん、前に出て。こんちゃんも」

 俺と左目の視界を交換したまま、ひよりが後ろに下がる。が、何も変わらない。左目だけで見ると、マッコちゃんとこんちゃんの後頭部が見える。その先には俺自身の姿が。

「……能力の対象は、ひよりのままみたいだな」

「そうですね。わたしの左目には、マッコちゃんの顔が見えてます。……距離でその都度切り替わるわけではないようですね」

「次はどうする?」

「セレクトボタンを押して、能力解除してください。そのうえでまた能力を発動して、誰が対象になるか確かめましょう」

「ん……。それじゃ解除するぞ。セレクト……っと。お。左目でも普通に見える」

「……わたしの視界も戻りました。この状態でまだ発動して、誰が対象になるかですね」

「よし。行くぞ。12345、の五連射……っと」

 俺の左目の視界が変わる。左目に見えたのは……こんちゃんの後頭部だった。後頭部というか、背中と言ったほうがいいかもしれない。この見え方は、背の低いひよりだろうか。

「あ……」

 またひよりがクラッとしたようだ。やはり、対象はひよりのようだな。

「能力の対象、ひより先輩っスか。マッコに来るかと思ったのに。つまんないっス」

「いや、そんないいものでもないんだけどな」

「そうだよ。ちょっと気持ち悪くなっちゃうんだから。メグルさん、解除してください」

「おう。セレクト……っと」

 その後も様々な条件で検証をしてみたが、結果に変わりはなかった。共有能力の対象は、いつもひよりだった。


「うーん。どうやら、この共有能力の対象者はひよりのみで固定みたいだねー。あはは」

「ちょっと体験してみたかったっスけどねー。残念っス」

「しかし、なんでひよりが対象になるんだろうな」

「なんでわたしなんでしょうね。他にも条件があるのかなぁ」

「強い絆で結ばれてるからじゃないのー? あはは」

「それしか考えようがないっス。めぐっちがいつもひより先輩のこと考えてるからっス」

「そ、そんなこと……」

「おい。こんちゃんもマッコちゃんも適当なこと言うな。ひよりもしゃがんで地面をぐりぐりするな」

「まー、予想できた結果だけどねー。恵比寿鬼と大黒鬼も、兄弟で強い絆だったんだろうからねー」

「えっ。ひょっとすると、ひより先輩とめぐっちもホントは実の兄妹だったとかっスかね。昼のドラマであるやつっスかね。過酷な運命に流されてしまうんっスかね。禁断のってやつっスね?」

「あのな。その話は俺とひよりでもちょっとしたけどな。そんなわけあるか。何が禁断だ。おまえら、どんだけ昼ドラ観てるんだよ」

「メグルさんとわたしが兄妹なんて、絶対ダメだからねっ」

「あはは。ムキにならなくてもわかってるってー」

「まぁ、とにかく共有能力は俺とひよりの間だけらしいっていうのはわかったわけだ。それで、これどうするんだ?」

「そうですね。あんまり使いみちもないような気もしますし、万が一のときには危険でもあるので、使えないようにした方がいいでしょうかね……」

「万が一のときって何だよ。俺が風呂を覗くと?」

「信じてはいますけど、まぁ、万が一ですよ。万が一」

「そんなこと言われるんなら、使えないようにしちゃってくれよ」

「そうですね……。やっぱりその方がいいですかね……」

「何か、ためらうことでもあるのか?」

「いえ、ただ、何かなかったかなぁって考えちゃうもので……」

「まったく、技術者ってやつは」

「あー。こういうのはどうかねー。ひよりが迷子になっちゃったときに、メグルくんが視覚情報から場所を特定したりするっていうのはー。あはは」

「あ」「あ」

 俺とひよりが同時に声を出す。

「なるほど。それは使えるかもしれないな……」

「わ、わたしそんなに迷子になってないですけどねっ」

「それはみんなが気を遣ってケアしてるからだろ。それこそ、万が一のときは役立つかもしれない」

「万が一ですか……。まぁ、そうすればわたしも安心かもですけど……」

「ん。それじゃあ、一応そういう用途を考えてまた護符を用意するってことだな」

「はい。覗きには使えないようにして、緊急時には使えるようにということで作ってみます」

「覗きには使わんと言うのに」

「万が一ですよ」


 それで、また感覚共有抑制の護符をバージョンアップすることになった。明日の朝にはできそうだということだったが。

「さて。それじゃあ、お風呂行こうかねー」

「えっ。でも、今のメグルさんは自分の意思で視覚共有できるんだよっ。お風呂は危ないよっ」

「マッコも……そう思うっス」

「だから、そんなことしないと言うのに」

「あはは。ひよりは護符作るみたいな複雑なのは得意だけど、単純なことには頭回らないねー。こうしてやればいいんだよー」

「手ぬぐい? あ……。そうか。左目を隠しちゃえばいいのか」

「単純でしょー? でもその手ぬぐいはアタシが銭湯で使うからねー。途中のドラッグストアで眼帯買っていこうねー。アタシがお金出してつけてあげるよー。あはは」

 その日の銭湯の女湯では、左目にドクロの眼帯をした海賊のような少女が気持ちよさそうに湯船につかっているのが目撃されたと言う。

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