その62:うしろ向いて地面ぐりぐり

 夕方。バイトを滞りなく終えて、俺は日和山へ向かう。恵比寿鬼の感覚共有能力というのが銭湯で不意に発現してしまったために、それについての検証をしなければならないということだった。

 感覚共有というのが、どんな範囲でどういう状況で発動するのか。その辺のところを調べたいらしい。能力が発動しないように封印してしまうのがいいような気もするが、利用できる部分があれば利用したいという、ひよりの技術者気質の探究心が垣間見えるところだ。


 街側の階段を上っていくと、山頂にひよりとマッコちゃんが見えた。

「あ。メグルさん、おかえりなさい」

「めぐっち、おかえりっスー」

「おう。ただいま。別にここが俺の家じゃないけどもな」

「ここを愛の巣にしてしまえばいいんスよ。キシシ」

「マッコちゃん、何言ってんのっ」

「す、すんませんっス。妄想が働いてしまったっス」

 俺はまわりを見回して、こんちゃんを探す。

「……こんちゃんは? 来てないのか?」

「なんだか社務所の用事があるそうで、もうすぐ来るらしいですけど……」

「そうか。もう、俺の疑いは晴れてるかと思って来たんだけどな……」

「あっ。それっスよ! めぐっち、ひより先輩をまた襲ったそうじゃないっスか!」

「またって何だよ。前も今も、襲っちゃいないよ」

「でも、眠ってるひより先輩を方角石から引きずり出して、服を乱れさせたそうじゃないっスか」

 マッコちゃんが俺に近づき、言い寄ってくる。

「服が乱れてたのは、ひよりの寝相が悪いんだよっ。俺がそんなことするわけないだろっ。俺はひよりを起こそうとしただけで……」

「ホントっスか~?」

「ホントだって。あっ、そうだ。マッコちゃんだって経験あるだろ? こないだ、俺の特訓のときに寝坊して俺が起こしに行ったときに……」

「えっ……。あっ! あ、あ、あ、あのときのことは…………内緒っスよ……」

 最後の言葉は、ひよりに聞こえないように小さな声で俺にささやかれた。俺がマッコちゃんを起こしに行ったときに、マッコちゃんも今回のひよりと同じようにお姫様抱っこ状態になったのだけど、それがひよりにバレるのが怖いらしい。まぁ、ひよりは気づいてるらしいが。

「……だからな。それと同じことがひよりにも起きたわけだよ。別にやましいことなんてないんだからなっ」

 俺も小さな声でマッコちゃんに返す。

「な、なるほど……。そういうことっスか……。ホントに襲ったわけじゃなかったんスね……」

「当たり前だっ」

 小声でマッコちゃんと応酬していると、ひよりが声をかけてくる。

「……最近、メグルさんとマッコちゃんって仲がいいですよね」

「ひいいいぃっ。そ、そんなことないっス! 全っ然仲悪いっス! 黒いオーラ出さないでほしいっス~!」

 マッコちゃんに突き飛ばされた俺は、危うく落下防止鎖を超えて山頂から転げ落ちるところだった。


「べ、別に仲がいいのが悪いなんて言ってないですからねっ。チームなんだから、仲はいいに越したことないですからっ」

「だったら、なんでそんなムスッとしてんだよっ。マッコちゃんは気を遣って……」

「ひー。マッコはどうすればいいっスか~」

「いやー。お待たせー。ちょっと長引いちゃってねー。ごめんねー。……って、なんだかギスギスしてるー? あはは」

 そんなところに、こんちゃんが海側の階段から現れた。

「お、おう。こんちゃん、お疲れ」

「あ、こんちゃん……。いらっしゃい」

「あー。こん先輩ー。マッコはどうすれば……」

「あはは。なんだかわかんないけど、メグルくんが寝込みを襲ったのが原因なのかなー?」

「そういうことじゃないけど……。あ、こんちゃん、今朝わたしが寝てるときに来たの?」

「うんー。来たよー。その時の話、聞きたいー?」

「そうだね……。それでメグルさんが有罪でヘブンズクラッシュを撃てれば、スッキリできるかもしれない……」

「そんなんでスッキリするな」

「それでひより先輩がスッキリするんなら、めぐっち、撃たれてあげてほしいっス」

「おい。俺はどうなるんだ」

「あはは。それも面白そうだけどねー。でも本当のことを話そうかー」

「うん……」

「アタシが朝ここに来たときねー。メグルくんがひよりをお姫様抱っこしてたんだよー」

「えっ。メグルさんが……わたしを、お姫様抱っこ……?」

「そうだよー。それでねー。寝ているひよりの顔を見つめて『かわいいなぁ』ってつぶやいたんだよー」

「なっ。そんなこと……声に出てたのかっ?」

「えっ。メグルさんが……わたしのことを……?」

「あはは。メグルくん、顔真っ赤だよー。ひよりも、後ろ向いてしゃがんで地面を指でグリグリしてても、顔が赤いのわかるよー」

「夕日が当たってるからだよっ。……ホントに俺が『かわいい』とか口にしたのか?」

「あはは。それはウソだけどねー。でも『声に出てたのか?』とか言ってるんだから、そう思ってたのはホントだよねー?」

「う……」

「うふ。うふふ。かわいいなんて、そんな……。うふうふ」

「……なんか、めぐっちは頭抱えてるっスし、ひより先輩は地面グリグリしながらニヤケが止まらないっス。……さすが、こん先輩っス。何がさすがなんだかよくわかんないっスけど」


「さて。いろいろ空気が変わったところで、本題に入ってもらおうかねー。あはは」

「そ、そうですね。寝込み襲いに関してはメグルさんは無罪ですからね。うふふ。で、本題はメグルさんが取り込んだ感覚共有能力についてです。うふ」

「なんスか? それ」

「あー。マッコと別れてから出た話だからねー。マッコは知らないよねー」

「えーとね。昨日の銭湯でわたしとメグルさんが同時にクラッとしたでしょ? あのとき、私とメグルさんの視覚が共有されてたみたいなんだよ」

「視覚共有っスか。ふたりで同じものが見えてたってことっスか。へー。……って、もしかしたら、ひより先輩の目を通して、めぐっちが女湯を見てたってことっスかっ?」

「まぁ……そういうことだよね」

「な、な、まさか、そのときひより先輩の隣にはマッコがいたっスから、マッコの……がめぐっちに見られてたんスかっ?」

 マッコちゃんが自分の胸を腕で隠すように抑えて、半身の姿勢をとる。

「あ、安心してっ。あれはほんの一瞬で、わたしたちの方は見えてなかったから」

「ほ、ホントっスかっ? でも、わかんないっスよっ」

「うん。わたしもね、だいぶ疑ったんだ。それで、昨日の夜にメグルさんといろいろ話をして、護符で共有能力の抑制は出来てるから、少なくとも今後見られたりすることはないから。ねっ」

「……なら、いいっスけど……。めぐっち、ホントに見てないんスか?」

「見てないよ。誓って」

「わかったっス。信じるっス。めぐっちはそういうのは正直な人っス」

「ああ。ありがとう。信じてくれて」

「わ、わたしだって信じてましたからねっ」

「ひよりは信じたり疑ったり忙しかったけどな」

「それは……いろんな可能性を考えてみないといけないからですよっ」

「はいはい。ひよりは技術者気質だからな」

「あはは。それじゃ、みんなだいたいわかったところで、今日はこれから何するのかなー」

 一応、全員が感覚共有能力の概要について把握したところで、検証に入る。


「えーと。まずは、能力の対象が誰になるのかっていうことを検証します。昨日はわたしでしたけど、もしかするとこんちゃんやマッコちゃんが対象になる可能性もあるので……」

「えっ。場合によってはマッコとめぐっちが視覚共有するかもしれないってことっスか。視覚共有っていうことは、めぐっちの視界をマッコが見たりするっていう……」

「マッコちゃんが対象になるとしたら、そうなるね」

「す、すると、マッコの目に男湯の光景が見えたりも……するんスか」

「うーん。銭湯で共有したらそうなるかもね……。でも、今はもう抑制してるから、銭湯では絶対に共有はさせないよっ」

「ああ……。そうスか……」

「なにちょっとガッカリしてんだよ」

「が、ガッカリなんてしてないっスよっ。そ、それなら安心っスねっ」

「あはは。それで、検証ってどうやるのー?」

「能力の対象として考えられるのは、こんちゃんとマッコちゃんとわたしの三人だけど、その中の誰がどういう条件で選ばれるのかっていうことだよね。ランダムっていうことはないだろうから……」

「まぁ、ランダムだと能力として成り立たないしな。何かしらの条件はあるんだろうな」

「はい。それでまず考えたのは、距離です。昨日のあのとき、メグルさんとわたしたちの位置を考えると、距離的にはわたしがメグルさんの一番近くにいたんです。わずかな違いでしたけど」

「ふむ。まず一番考えやすいのはそれか。で、どうやって検証するんだ?」

「うふふ。メグルさんには昨夜、感覚共有抑制護符の簡易版を取り込んでもらってますよね」

「ああ。それで、今は感覚共有能力は出てこないんだよな」

「そうです。何もしなければ、常に抑制されてます。でも他の能力と同じように、能動的に出すことも出来るようにしてあるんです」

「え。俺の意思で? それは危ないからっていう話だったんじゃないのか?」

「うふふ。とりあえずこの検証用にそうしてあるだけですから。検証が終わったら、また違う護符にしますから、銭湯では使えないですよ?」

「使いやしないよ。信じろってば」

 まったく。ホントに信じろよな。いっそ共有能力自体を封印でもしてくれたほうが楽なんだけどな。ひよりはいろいろ研究したいんだろうなぁ。ホントに技術者ってやつは。

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