その61:眠れるお姫様とサブモジュール

 翌早朝。俺は例によって展望台で深呼吸のあと、日和山へ向かう。

 強制元栓の護符は、寝てる間もしっかりと身体に貼り付けておいた。何かのはずみで一メートル以上離れてしまったら、電撃を食らうそうだからな。食らってたまるか。

 海側の階段を上り、山頂に出る。……が、ひよりの姿は無かった。おや、また寝てるのか? でも珍しいな。まぁ、徹夜に近い作業するって言ってたからな。


 大変だったんだろうから、このまま寝させておいてもいいかと思うけど……。この強制元栓の護符は解除してもらいたいところだ。

 まぁ、もともと日常生活中は元栓締めてるんだから、能力が出ないのはかまわない。しかし、今の状態で万が一にでも強制元栓の護符が俺から離れてしまったら、一般地上人の前で正体不明の電撃にうたれてしまうことになる。それは絶対に避けねばならない。……かわいそうだが、起こすとするか。


「おーい。ひよりー。いるかー? 起きてるかー?」

 俺は方角石をコンコンと叩く。すると、方角石が淡く輝き、やはり淡く輝いて横になったひよりが方角石の上一メートルほどの高さに現れた。

 俺はひよりを支えるように腕を出し、受け止める。輝きは消えて、ひよりの重みが腕に伝わってくる。

「……お姫様抱っこ状態か。これもカウントされるのかな」

 お姫様抱っこの回数がマッコちゃんより一回少ないと言ってたから、これで並ぶわけだけど。まだそんなこと、こだわってるだろうか。変なところにこだわるやつだからなぁ。

「おーい。まだ起きないのかー?」

 すーすーと寝息を立てるひよりに小声で聞いてみるが、起きないようだ。まぁ、こうして見てると確かにかわいいんだけどもなぁ。うーん。どうしようか。と思っていると。

「ほらー。やっぱりまた朝っぱらからイチャイチャしてるしー。あはは」

 後ろからこんちゃんの声がした。


「うわっ。……こんちゃんか。お、おはよう。やけに早いな」

「おはよー。早朝ランニング続行中だよー。……あれ? ひより、寝てるのー? なんだー。もう起きてて、朝からお姫様ごっこしてるのかと思ったよー。あはは」

「そんなことするかよ……。俺もひよりはもう起きてるかなと思ってノックしたんだけど、寝てたみたいで。まだ起きないんだよ」

「メグルくん、寝込みを襲ったんだねー」

「な、何を人聞きの悪い! 寝てるときに媒介石をノックするとこうなるんだろ?」

「ならないよー」

「え? でも、こんちゃんだってマッコちゃんだって、寝てるの起こしに行ったらこんな感じだったじゃないか」

「うんー。それが不思議なんだよねー。普通、寝てるところでノックされても、自動で出ていったりしないよー。メグルくんに起こされたときだけだねー」

「そ、そうなのか? 俺、こういうもんなんだと思ってた」

「あはは。寝ている乙女を外に引っ張り出すんだからねー。アタシとマッコは『寝込みを襲われる』って言ってるよー」

「そ、そういうことか……」

「ひよりはまだそういう経験が無いみたいだからねー。ピンと来てないみたいだけどねー」

「確かに、ひよりはいつも起きてるからな。前にノックして呼び出したときも、眠いながらも目は覚めてたみたいだったからな……」

「それじゃあ、ひよりは今回始めて寝込みを襲われたわけだねー。目が覚めたらどんな反応するかねー。見てみたいけど、アタシはランニング続けるよー。あはは」

「え。こんちゃん、いてくれよ。これでひよりが目を覚ましたら、気まずいじゃないか」

「それが面白そうだからねー。アタシは去るんだよー。どんなことになったか、後で教えてねー。あはは」

「なんてやつだ。おーい!」

「じゃ、がんばってねー。あはは」

「あ、くそ。しょうがないな。……夕方には来てくれよ! ひよりが、みんなで検証したいことがあるんだってさ」

「オッケー。そのときに、このあとのこと話してねー。あはは」

 こんちゃんは振り返らずに手を振りながら階段を下りていった。


 さて。どうするか。ひより、まだ起きないのか。このままひよりを置いて去ろうかとも思ったけれども、そういうわけにもいかない。結界の中だから心配はないのかもしれないけど、人道上の問題というか。方角石に戻せれば一番いいんだけど、方法がわからない。

 いつまでもお姫様抱っこをしているわけにもいかないので、ひよりをベンチに座らせ、俺も隣に座る。……しかし、珍しくよく寝てるな。寝たばっかりだったのかな。

 ……寝込みを襲う、か。確かに、寝てる間に外に出されて無防備の状態をさらすというのは、よく考えたらとんでもなく危ない話だ。俺以外にはできない? ホントにそうなんだろうか。

「う……。う、うーん……」

「お。起きたか。ひより」

「あ。ふああ。おふぁようございまふ。メグルさん……」

「お、おう。おはよう」

「ふにゃあ……。………………っ? なっ! なんですか! ここどこですか! 外っ? えっ? メグルさん? わたし、寝てて……。なんでメグルさんが隣にっ?」

「ま、まぁ落ち着け。ここに来たけどひよりがいなかったんで、方角石をノックしたんだよ。そしたらな。寝たままのひよりが出てきたんで……」

「寝たままのわたしに、何をっ?」

「別に何もしてないよっ」

「ホントですかっ? あっ。襟元が乱れてっ。袴も少し……」

「それは寝相だろうがっ。あのな、よく聞いてく……」

「ちょっとえっちだとは思ってましたけど、メグルさんがそんな乙女の寝込みを襲うような人だったなんてっ。ヘブンズ……!」

「待て待て待て。それだっ。その寝込みを襲うってやつだ! こんちゃんたちから聞いてるだろっ?」

「やっぱり襲ったんですねっ! 認めましたねっ! そういう人にはヘブンズクラッシュを……。あれ。……そういえば、こんちゃんがそんな話をしてましたね……。メグルさんのノックで外に出てしまう現象とか……」

「そうだよっ。俺は起こそうとしただけで、別に襲うとかなんとかは……」

「でも、外に出た眠ってるわたしたちに何もしなかったという保証はないですし……」

「昨日、何度も『信じてる』って言ってたよなぁっ?」

「……まぁ、そうですね。そう言ってたんですから、一応は信じないとですね」

「一応かよ。あ、そうだ。さっきまでこんちゃんもいたんだよ。すぐ行っちゃたけどな。こんちゃんに様子を聞いてくれよ」

「うーん。そうですか。証人がいるんなら……。ヘブンズクラッシュは、それまで執行猶予ですね」

「俺は無実なんだよ……」

 こんちゃん、また面白がってテキトーな証言しなけりゃいいんだがな……。


「……まぁ、わたしもちょっと寝過ぎちゃいました。意外と手こずったもので」

「そうか。悪いな。徹夜に近い作業させて」

 とりあえず寝込み襲い疑惑は保留して、共有抑制の護符について話をすることにする。ひよりは新しい護符を手にしている。

「一応、簡易版ではありますけど、この護符で感覚共有能力については抑制できます。元栓を開いていても抑制されるはずです」

「この護符は、持ってるんじゃなくて取り込むやつか?」

「はい。身につけるタイプでもいいんですけど、それだとメグルさんも面倒ですよね? いちいち電撃の心配したりするのも」

「……それも電撃付きになる可能性があったのか」

「うふふ。この電撃、独立したサブモジュールになってるのでいろんな護符に組み込めるんですよ。電撃を出すためのメソッドの引数として……」

「いや、聞いてもわからんから。今回の護符には電撃とか無しってことでいいんだよな?」

「もう。しょうがないですね。ここから面白いのに。そうです。今回は取り込み式にしましたから。簡易版なので、あとでまた組み替えることになりますけど」

「そうか。まぁ、あんまり面倒にならなければありがたいんだけどな」

「単に共有を抑制するだけであれば、何もする必要ありませんよ。護符を取り込めば抑制されます」

「元栓を締めてても開いてても、ということだよな」

「そうです。何もしなければ、単純に感覚共有能力が出なくなります」

「なんかその言い方だと、他にも機能があるのか?」

「うふふ。気づきましたか。一応、感覚共有を出せるルートも残してあるんです」

「ん? なんで?」

「まだ研究の余地もありますから。検証もしないといけませんからね」

「それは、技術者のひよりらしいっちゃ、ひよりらしいけども。でも危険な能力なんだろ?」

「まぁ、どんな能力でもそうですけど、制御できなければ危険、制御できれば有用ですからね」

「それはそうだろうけど。昨日はあんなに危険危険って言ってたじゃないか」

「その辺を、みんなで検証して確かめたいんですよ。その上で、使えるように設定できるなら使えばいいので。無理そうなら完全削除ですね」

「なるほど。検証次第ということか」

「はい。確かめてみないとわからないことって多いですからね」

「ふむ」

「わたしが寝てる間にメグルさんが変なことをしなかったかどうかというのも、確かめないとヘブンズクラッシュが撃てませんからね」

「それはもう、きっちり確かめてください」

 それでとりあえず簡単な術式を経て、感覚共有抑制札の簡易版とやらを取り込んだ。同時に強制元栓の護符は機能解除してひよりに返す。これで不意の電撃を食らわずにすむから、心置きなくバイトに励めるだろう。

 また夕方来ないとだな。そのときにこんちゃんが変な証言をしませんように、と祈りながら、俺はバイトに向かうことにした。

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