その60:技術者巫女と電撃札

 日和山へ向かう道すがら。ひよりがおずおずと聞いてくる。

「ほ……本当に見てないんですね……?」

「なんだよ。信じますとか言ってたくせに。俺とひよりが視覚共有したのはほんの一瞬だったって、わかるだろ? ひよりだって体験したんだから」

「それは……そうなんですけど。でも本当に、わたしに男湯が見えたときだけメグルさんにも女湯が見えたのかどうか、断定はできないような……」

「まぁ、あの恵比寿鬼の能力も実際はどういうものだったのかって、よくわかってなかったわけだけどな。でもな、俺は嘘ついてないからな。視覚共有は、あのほんのわずかな時間だけだ」

「はい……。そうですよね。メグルさんはそういうことは嘘つかないですよね。すみません。こんどこそ本当に信じます」

「ん。信じてくれてうれしいよ。とか言ってるうちに、もう日和山だな」

 俺たちは海側の階段から山頂に上る。


「……さて。これから能力の調査か? 何するんだ? 調整……とか言ってたな」

「恵比寿鬼さんの能力に関しては、正直よくわからないんです。感覚共有と能力共有というのはわかってますけど、どういう条件でどこまでできるのか、ということまでは……」

「んー。そうだな。そもそも、感覚共有もあの鬼兄弟の間でのみ発動するものだと思ってたわけだしな」

「はい。だから、使えない能力として考えてたんですけど。実際にはメグルさんの中でも発動して、しかもわたしの目を通すなんて、とんでもないことになってるんです」

「うーん。実は俺とひよりは生き別れの実の兄妹だとか……?」

「えっ……? そんな、昼ドラマみたいな禁断の関係がっ……?」

「何が禁断で昼ドラだ」

「あ、いえ、何でもないです。……メグルさんとわたしが実の兄妹とか、そんなことありえませんよっ。あっちゃダメですっ」

「わかってるよ。言ってみただけだ」

「そ、そうですよね。えーと、だから、恵比寿鬼さんの能力に関しては、よく調べてみないと制御も難しいわけです。ただ、わかってるのは、能力自体がとても危険だということです」

「ん? そうか? それほどの危険はないような気がするけど」

「メグルさんになくてもっ。わたしたちには危険なんですっ」

「いや別に、おまえらの風呂を覗こうとか思いやしないよ。だいたい、どうやったら出るのかわからないし」

「だからっ。メグルさんの意思と関係なく発動してしまうんだとしたらっ。いつ見られちゃうかわからないわけですよっ」

「……なるほど。さっきも知らんうちに出たわけだしな」

「そうですよ。それがやっかいなんですよ。メグルさんが制御できるんなら、まだメグルさんの倫理観と忍耐力に期待できますけど、偶発的だとどうしようもないですから。仮に制御できたとしても、メグルさんが劣情と黒い欲望に支配されてしまわないとも限らないですし」

「信用してないじゃないかよっ」

「ですから……。恵比寿鬼さんの共有能力は、偶発的にも出ないように調整しておかないといけないんです。とりあえずの間に合わせになりますけど」

「元栓締めるだけじゃダメなのか?」

「もちろん、元栓を締めれば共有能力も出ないでしょうけど、それだと他の能力も出なくなっちゃいますし、元栓はメグルさんの意思で開くこともできるわけですから」

「……やっぱり信用してないんじゃないのかっ?」

「だって……。万が一ということがあったら……。乙女としては……」

「あー。わかったよ。それじゃあ、今は感覚共有が出ないようにしてくれるわけだな?」

「はい……。それではあの、固着紋を見せて下さい……」

「ん。……しかし、自分の裸体を見られたくないがために、俺の裸体を見たいわけだな?」

「な、なに言ってるんですかっ。そ、そんな言い方されたら……見にくいじゃないですかっ」

「冗談だよ。ひよりが見るのは固着紋だもんな。ほい、どうぞ」

「うー。なんだか、恥ずかしくなっちゃったじゃないですか……」

 俺がシャツをめくって固着紋の浮き出た胸を出すと、ひよりはちょっと躊躇していたようだが、すぐに近づいて固着紋をじっと見つめてきた。恥ずかしさより探究心が勝つか。こいつ、やっぱり技術者肌なんだよなぁ。


「うーん……。この前見たときもそうでしたけど、やっぱり見えにくくてわかりづらいんですよねぇ。でも、実際に発現した能力と比較したらだんだん見えてきました。これなら……」

「どうにかなりそうか? まぁ、俺には全然わからんからおまかせになっちゃうけどな」

「はい。まかせてください。感覚共有に関してはルートがだいたいわかったので、突発的な発動を無くすことはできそうです。一応、能動的に発動するためのルートは残しておきますけれども……」

「んー。何やってるのかやっぱりよくわからんけど、変なときに感覚共有したりしないということだよな」

「簡単に言えば、そうです。メグルさんの他の能力、受け流しとか飛行とかは元栓が開いていれば緊急時に出ますよね。今回の感覚共有もそうなってるんですけど、緊急時にも出ないようにルートを塞ぐんです」

「ふむ。わかったようなわからんような」

「……でも、今回はなんで突然に感覚共有が出たんでしょうね。緊急なんてこともなかったですよね?」

「そうだなぁ。別に危険が迫ったわけでもないしなぁ。ひよりたちの声が聞こえて、女湯ってどんな景色なんだろうなぁ、って思ったくらいだったけど」

「えっ。女湯を覗きたいと思ったら見えたんですかっ? そういうことですかっ?」

「いやいや、覗きたいと思ったとかそういうんじゃなくてな? どんな景色なんだろうかと……」

「やっぱり、危険ですっ。そのくらいで能力が発動するなんてっ。どんな緊急時ですかっ」

「まぁ確かにそうだけど、ホントに覗きたいと思ったわけじゃないからなっ」

「うう。これは急いでやらないと……。でも今すぐには……」

「ひより、信じてくれてるんだよな?」

「それはもちろん信じてますけど……。でも景色を夢想しただけで発動するんだと、いつ出るかわからないっていうことですから……」

「むぅ……。そうだな。それじゃあその、なんていうか、共有能力抑止はどのくらいでできそうなんだ?」

「えーと……。簡易的なものは一晩くらい……ですね」

「あ、そんなもんでできるのか? でも一晩ってのも大変か。これから徹夜?」

「そこまではいかないと思いますけど、まぁだいたいそんなもんです」

「そんな、無理することないだろ。ゆっくりやれば……」

「これは最優先事項ですっ。寝てられませんよっ。それでできるのは、あくまで簡易版ですしっ。まだ先がありますからっ」


 うーん。この技術者モードのひよりは、決めたらやらないと気がすまないからなぁ。

「そうか……。それじゃあ、止めはしないけど、身体壊すなよな。じゃ、俺はこれで……」

 固着紋を見せて用事が終わったであろう俺は、家に戻ろうとする。ひよりの邪魔をしても悪いし。しかしひよりに呼び止められた。

「あ。メグルさん、まだですよ」

「ん? まだ俺が何かするのか?」

「いえ、一応、この護符を持っていってください」

「これは……?」

「簡単に言うと、メグルさんの元栓を締めておく護符です。身につけておくだけでオーケーです」

「なんでこんなのを?」

「いつ感覚共有が発動するかわからないじゃないですか。なので、強制的に元栓を締めておけばいいかと」

「俺、帰って寝るだけだから、最初から元栓は締めとくつもりだったけど」

「まぁ、でも何かのきっかけで開くかもしれないですし、メグルさんが劣情に負けて自分で開くかもしれないじゃないですか」

「……信じてるんだよな?」

「信じてはいますけど……。でも負けてしまうのが男の人だって言いますし」

「信じてないじゃないかっ。それに、徹夜で作業するひよりの視界を共有してもしょうがないだろ?」

「そこも、ちゃんと調べないといけないと思ってるんですよ。共有されるのは、わたしの視界だけなのかどうか。どのくらいの距離まで有効なのか。わかってないですから」

「……なるほど。ひよりだけが対象じゃないかもしれないってことか」

「はい。一般の地上人は対象外だと思いますけど、巫女であるこんちゃんやマッコちゃんは対象になるかもしれません」

「……しかし、みんな今は媒介石の中にいるわけだろ? 視界ってどうなってるんだ?」

「それはまぁ……、媒介石の中は普通の部屋みたいな感じになってますから……部屋が見えます」

「そうなの? そういうもん?」

「どういうもんだと思ってたんですか?」

「いや……石と同化するんだから、混沌とした世界なのかな……と」

「そんなところにいたくないですよっ。それだとわたしの作業も中でできないじゃないですか」

「うん。それは俺も不思議に思ってた。どうやってるんだろうって」

「なので、もし今感覚共有が発動したとすると、わたしとの共有ならメグルさんの顔が見えるでしょうし、こんちゃんとの共有ならこんちゃんの部屋が見えちゃうわけです」

「ふむ。なんか、逆に見たくなってきたな」

「ダメですよっ。乙女の部屋ですよっ。やっぱり男の人はそういう風に思っちゃうじゃないですか。だから言ってるんですっ」

「冗談だよ。見ないってば。だいたい、こんちゃんたちと共有するのかどうかわからないしな」

「そこは、明日にでも検証してみましょう」

「うん。明日の夕方、ミーティングだな」

「それじゃあ、その強制元栓の護符、身につけておいてくださいね」

「ああ。わかったよ。しかし、いろいろ護符作ってるな」

「うふふ。他にもいろんなの作ってますよ。……あ、その護符、一メートル以上身体から離すと放電して身体に電気が流れますから気をつけてくださいね」

「なっ、なんだそれ。なんでそんな危険な……」

「一応、用心のためですよ。元栓はずっと締めておいてほしいですから。うふふ」

「信じてるんだよなっ? 俺のことっ」

「もちろんですよ。明日の朝にはその護符も解除しますから。それまで気をつけて下さい」

 くそ。ホントに信じてくれてるのか? まぁ、ちょっとは乙女の部屋も見てみたいような思いもあったけど……。

 って言うか、こいつ自作の護符を試してみたいだけなんじゃないのか? まったく、技術者ってやつは……。

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