その59:発現? 感覚共有

 連日の銭湯。俺は家に風呂があるのに。そして巫女三人の入浴料まで出して。風呂上がりの牛乳も飲まれて。いったいなぜ俺が出さねばならんのかと思ってしまうところではある。まぁ、強硬に拒否すれば回避できないこともないんだろうけども、どうも流されてしまう。しかし、次からは自分たちで出させねば。

 壁の向こうから、三人の声のようなものが聞こえてくる。何を話してるのかはわからないけど。まぁ、女三人よれば姦しいよな。こちらはひとり無言でお湯に浸かってるだけだ。そして見えるのは、ハゲでありながらも頭を洗ってる太ったじいさんの背中。味気ない。女湯ってのはどんな景色なんだろうな。少しは華やかなんだろうか。


 などと考えていると、少しクラッとする感じがした。目の焦点が合わないというか。あれ、のぼせたか? こんちゃんじゃあるまいし。でもここでのぼせて立てなくなっても、運んでくれる人もいないしな。一応気をつけとかないと。

 湯気で視界がおかしくなったのかなと、手で顔を拭いてみる。そして左目だけ開けると。前には頭にタオルを巻いて身体を洗っている人の背中が見える。おや、さっきのじいさんにしては身体が細いようだけど、入れ替わったのか? そんな時間も経ってないけど。

 おかしいなと思い目をこすって顔を上げると、やはり見えるのは太ったじいさんの背中だった。んー。さっきのは何だったんだ。気のせいか? あの太い身体が細く見えるとは。乱視にでもなったかな。ホントにのぼせたのかな。でも体調は別になんともないしな。まぁ、とりあえずどうでもいいか。


 俺も頭を洗い、身体を洗い、また少しゆっくり目に湯船に浸かり、風呂を出る。俺が時間をかけるのは、どうしても女子連中の方が時間はかかるし、やつらは最後にこんちゃんの世話もしてくるはずだからだ。

 服を着て、いつものように男女共同の待合で女子を待つ。そろそろ出てくるだろう。

「メグルさーん。もうすぐ出ますけど、大丈夫ですか?」

 ひよりの声がする。

「おう。俺はもう出てるぞ」

「はーい」

 しばらくすると、こんちゃんをおぶってマッコちゃんが出てきた。後ろにひよりが続く。

「お待たせっスー」

「おや。今日もマッコちゃんがおぶってるのか? ひよりじゃなくて?」

「ああ。ひより先輩、さっきちょっとめまいがしたみたいだったんで、代わったんスよ」

「え。大丈夫なのか? ひより」

「あ。すみません。今はなんともないんです。お風呂に浸かってるときに、ちょっとだけ。それで、マッコちゃんが一応って……」

「ひより先輩まで動けなくなると、大変っスからね。大事をとってもらったっス」

「アタシとひより、ふたりはさすがに背負えないだろうからねー。ふにゃー」

「そうか。今はなんともないんならいいけど……。忙しすぎるんじゃないだろうな」

「大丈夫ですよっ。元気いっぱいですっ。……でも、さっきのはなんだったんだろう」

「まぁ、どうせ湊稲荷まではマッコが連れて行くっスから。行きましょうっス」

 マッコちゃんがこんちゃんを支えて、マッコウォークで滑るように進む。俺とひよりはその後ろを歩いていく。


「わたし、めまいなんて起こしたことなくて。あれがめまいって言うのかどうかもわかんないんですけど、なんだか変な感じでした。すぐ、なんともなくなったんですけどね」

「ふーん。まぁ、俺もめまいなんて経験ないけどな。……実は俺も、風呂に入ってるときちょっとクラッとしたんだよな」

「えっ。メグルさんもですかっ?」

「なんスかー? シンクロっスねー。通じ合ってるんスか。以心伝心っスか。ヒューヒューっスよ!」

「マッコちゃんっ。何言ってんのっ」

「す、すんませんっス」

「……ひよりのめまいって、どんな感じだったんだ?」

「えーと……。なんだか、視界がぼやけるっていうか、うまく像を結ばないっていうか。……そうですね。右目と左目で見えてるものが違うみたいな感じだったんですよ。それで気持ち悪くなっちゃって。すぐおさまったんですけどね」

「ふーむ……」

「メグルさんは大丈夫だったんですか? クラッとしたって、貧血とか……」

「ん……? ああ。そういう感じじゃなかったからな。俺もなんだか同じように……。そうだ。ひよりはそのとき、何を見てたんだ?」

「いえ別に何も……。お風呂に浸かってたんで、ボッと前を見て……。洗い場でおばさんが身体洗ってましたけど」

「頭にタオルを巻いて……?」

「……あー、そうですね。巻いてましたね。……って、なんで知ってるんですか」

「めぐっち、えっちだから女湯を覗いてたんじゃないんスかー? キシシ」

「まさか、そうなんですかっ?」

「そんなわけあるかっ」

「キシシ。いくらえっちなめぐっちと言えども、さすがにそんなことはしないっスよね。そこはマッコも信用してるっスよ」

「サンキュー。マッコちゃん。……で、ひよりが左右の目で違うものが見えた感じがするっていうのは、何が見えてた?」

「え……。一応、洗い場で身体を洗ってるおばさんの背中が見えていて、そのおばさんの体型が太くなった感じに見えた気がしたんです。細い身体と太い身体が同時に見えてるみたいで、すごい違和感が……」

「その太い体の方、頭にタオルは?」

「そこまでよくわからないですけど……。あっ、タオルは無かったような。っていうか、ハゲて……。えっ? 男の人っ?」

「そうか……」

「何の話してるんだかよくわかんないっスけど、もう湊稲荷っスよ。それじゃあ、あとはめぐっちにお願いしてもいいっスか?」

「お、おう。マッコちゃんご苦労さま。あとは俺がおぶっていくよ」

「よろしくっスー。みなさん、お休みなさいっスー」

 マッコちゃんと別れ、俺はこんちゃんをおぶって開運稲荷へ向かう。


「……メグルさん。さっきの話、何なんですか……?」

「うーん。ちょっと、仮説があるんだけどな……」

「あはは。だいたいわかったよー。ふにゃー」

「こんちゃん、起きてたのか」

「ずっと起きてはいたけどねー。ふにゃー」

「すぐ開運稲荷だから、こんちゃんももう歩きなよ……。それで、仮説って何ですか?」

「えーとな……。言っていいのかどうなのか……」

「しょうがないなー。それじゃあ下りようかねー。メグルくん、下ろしてー」

「ん。おお」

「……よいしょっと。メグルくん、ありがとー。……で、しょうがないついでに、メグルくんが言いにくいならアタシが言ってあげようかねー。あはは」

「こんちゃんはメグルさんの言いたいことわかったの?」

「うんー。背中で話を聞きながらねー。あはは」

 こんちゃんが俺の方に向き直り、ビシッと俺を指差して言う。

「メグルくん、恵比寿鬼の能力が発現したんじゃないのー?」

「恵比寿鬼さんの……?」

「うん……。おそらくそうじゃないかという気がするんだが……」

「え……恵比寿鬼さんの能力って、感覚共有……っ? それって……」

「恵比寿鬼と大黒鬼は、お互いに視覚を共有して同じものを見ていたわけだよねー」

「ま、まさか、メグルさん……。わたしが見ていたものを……?」

「いや……ひょっとすると……そうだったりするかもしれない可能性も捨てきれない場合もあるかなという気もしないでもないかな……っと」

「ええええええっ! あの、お風呂でっ! わたしが見ていたものをですかっ! マッコちゃんのばいんばいんとかっ! こんちゃんに服着せてるところとかっ! わ、わたしが鏡見ながら身体を洗ってるところとかっ! 見てたんですかっ!」

「ちょちょちょ! ちょっと待て! そんなに見てないからっ! 俺が見たのは身体を洗ってるおばさんの背中だけだからっ! 落ち着けっ!」

「落ち着けますかっ! わた、わたしが鏡の前で大きくなれマッサージをしてるところとか、せくしーぽーずの練習してるのも、見てたんですねっ!」

「見てないってば! って言うか、そんなことしてんのかよっ!」

「あー。はいはいー。結界外で大声出してると迷惑になっちゃうよー。とりあえず、開運稲荷の結界に入ろうかー」

 俺たちは開運稲荷神社に入る。この中なら、普通の人に声は聞こえない。


「うー。こんちゃんー。メグルさんに全部見られたー。びええええ」

「見てないと言うのに……。こんちゃん、わかるだろ?」

「あはは。まーねー。ひよりー、大丈夫だよー」

「だって……。共有能力が……」

「ほらー。共有能力なんだからさー。メグルくんがひよりの目を通して見てるときは、ひよりもメグルくんの見てるものが見えるんだよー。だからさー、メグルくんの共有が発現してたのは、ひよりがめまい起こしてたときだけなんだよー」

「そういうことだ」

「でも……」

「あはは。ひよりだって、冷静に考えればわかるはずでしょー? ひよりの方がそういうのは詳しいんだしさー。今はちょっと混乱してるだろうけどねー。メグルくん、ひよりに水かけるー?」

「お望みとあらば……」

「……そうですね。大丈夫です。水かけなくても。確かに、理屈としては理解しました。心情的には……まだ不安定ですけど……。メグルさんが変なところを見ていないというのは信じます」

「ふぅ。よかった」

「でもっ。その能力は危険ですからっ。今日はたまたま変なところが見えなかっただけですからっ。次はどうだかわかりませんからねっ。これから日和山で調整しますっ」

「え? これから?」

「だって、いつまた視覚共有するかわからないじゃないですかっ。早いほうがいいですっ」

「あはは。そうだねー。アタシも今度こそ見られちゃうかもしれないからねー。早いほうがいいねー」

「そうですよっ。さあ、日和山に戻りましょうっ」

「はいはい。わかりましたよ……」

 こんちゃんと別れ、俺とひよりは日和山へ向かう。

 まぁ、その気持ちはわからんでもないから、協力してやるか。しかし、やっぱり能力は取り込んでたのか……。やれやれだな。

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