その57:こんマッコ探索

 まだ夜も明けない早朝。いつものように日和山展望台で深呼吸をしたあと、いつものように坂を下りて日和山住吉神社へ向かう。そしていつものように海側の階段を上ると、いつものようにひよりが方角石に座っていた。

「おう。おはよう。ひより」

「あ。おはようございます。メグルさん」

「今日はひよりの神界行きだからちょっと時間が早いけど、毎日同じことを繰り返してるよなぁ」

「うふふ。そうですね。パターンになっちゃいましたね」

「明日の朝はいないかもしれないってことだよな」

「……そうですね。また早く帰ってくる可能性はありますけど」

「まぁ、ひよりもたまに神界でゆっくりしてくるのもいいかもだけどな」

「……わたしは、どっちかというとこちらにいる方がゆっくりできる気もしますけど」

「そうなのか? 神界の生活ってのも俺には想像できないんだけど」

「うふふ。いずれ、神界冒険編で」

「そんなの無いってば。……報告書はできたのか?」

「もちろんです。昨日のは戦いが分散したりして、ちょっと複雑になりましたけど、ばっちりです」

「ん。お疲れさん。小さい身体でよくやるよな」

「身体の大きさは関係ないですよっ。ばかにしないでくださいねっ」

「あ、すまん。そんなつもりは無いんだけど」

「うふふ。わかってますよ。メグルさんはそんなことで優劣つけたりしないって」

「うん。ばいんばいんだろうが真っ平らだろうが区別しないぞ」

「でも、無自覚なその言い方が傷つけるんですよっ。もう。……あ、もうすぐ日の出ですね」

「そうだな」

「では、行ってきます」

「ん。また……一応、また明日な」

「はい」

 ひよりは、にこりと笑いながら手を振り、消えていった。

「さて。これからまた家に戻って飯食ってバイト行かなきゃな。ひよりはカフェのバイト今日は休むとか言ってたよな」

 俺はひよりが消えるのを見届けて、誰も聞いてないのに独りごちて、街側の階段を下りた。


 あー。もう朝っスか。地上に来るなり鬼退治が続いてて、疲れたっスね。マッコが来てから立て続けっスね。鬼を呼ぶ女っスかね。もちろんそんなことはないっスけど。

 あ。起きられたら神界へ行くひより先輩を見送ろうと思ってたっスけど、やっぱり起きられなかったっス。もうとっくに行っちゃったっスよね……。だいたい、神界行きの時間が日の出って、早すぎるっスよ。

 それにしても、あのあと報告書も書いて日の出便で神界へ行くって、やっぱりひより先輩はすごいっス。できる女っス。尊敬するっス。……黒いオーラが出ると怖いっスけど。

 今日も日中はバイトっス。社務所の仕事、まだ慣れないっスけど、あんまり重要な仕事はしないですむように結界の設定してるっスから、気楽なもんではあるっス。鬼が出たときに、すぐ仕事抜けられるようにしてないといけないっスからね。その結界設定のやり方は、こん先輩に教わったっス。

 とはいえ、仕事はちゃんとしないとお給金もらうの気が引けるっスし、境内の掃除でもするっスかね……。


「おーい。マッコー。いるー?」

 掃除を終えて社務所でボッとしてたら、こん先輩が来たっス。

「あ。こん先輩。ここにいるっスよ」

「ヒマそうだねー。あはは」

「そうっスね。掃除したり、御札とか売る……っていうか、授与っすか? するくらいっスからね。うちは割と忙しい方だとは思うんスけど。それでもマッコがいなくてもなんとかなるっスからね」

「まーねー。アタシたちは結界設定で無理やり入り込んでるみたいなもんだからねー。いなくても大丈夫なんだよねー。あはは」

「それを言っちゃうと、お給金もらいにくくなっちゃうっスけどね」

「あはは。それ考えちゃダメだよー。まー、マッコはその『湊稲荷の回るこま犬』の化身みたいなものなんだからさー。その存在そのものが神社にとって大きな利益になってるんだからねー。小さくなることないんだよー。アタシは『開運稲荷のこんこんさま』として貢献してると思ってるからねー、それだけでも稼いでると思ってるよー」

「なるほどっス。そう考えるわけっスね。……まぁ、マッコにはまだそこまで割り切れないっスけど」

「アタシだって、社務所の仕事はちゃんとしてるけどねー。ヒマなときはあちこち探索してるんだよー。それが本来のアタシたちの仕事だしねー」

「それは……そうっスね。トータルな仕事として、お給金をもらっていると考えることにするっス」

「あはは。資本主義とは別の話になっちゃいそうだけどねー」

「そういうこと言われるとまたわからなくなってくるっス」

「わかんなくていいんだよー。あはは」

「そういうもんスか……。で、今日はどうしたんスか?」

「ひとりで探索するのもなんだからさー。マッコと一緒に行こうかと思ってねー」

 ……こん先輩、ヒマなんスね? まぁ、マッコもちょっと退屈してたから、いいっスけど。


「ひよりは、カフェのバイトも一生懸命やっちゃうからねー。バイト中は誘えないんだよねー」

「一応、マッコもバイト中なんスけど。……こん先輩も」

「あはは。そうだねー。でもまー、アタシたちが結界内にいないときはバイト代も発生しないように設定してるからさー。不正してるわけではないよー」

「あっ。そういう設定なんスか。マッコ、よく理解しないで設定してたっス」

「その辺も勉強しないとだねー。まー、結界内にいれば何にもしてなくてもバイト代が発生しちゃうっていうのも、ちょっとアレなんだけどねー」

「でもまぁ、就業時間中、会社にいるだけで仕事してないのにお金もらってるサラリーマンもいるらしいっスから」

「あはは。そうだねー」

 こん先輩とマッコは湊稲荷神社を出て探索を始めたっス。


「マッコはどのあたり探索したのー?」

「まだあんまり日も経ってないっスから、そんなにしてないんスけど……。みなとぴあの周辺はしてたんスけどね……」

「でも、鬼が出ちゃったもんねー」

「そうなんスよね……。面目ないっス」

「あはは。しょうがないよー。そうわかるもんじゃないからねー。媒介石なんて」

「そうっスか?」

「そうだよー。実はアタシもマッコが来る前にみなとぴあのあたりは見てたんだけどねー。あの大黒恵比寿瓦には気づかなかったからねー」

「そうだったんスか……」

「一応、鬼そのものみたいな鬼瓦なんかはチェックしてたんだけどねー。大黒恵比寿はわからなかったねー」

「難しいもんスね……。それで、今はどこへ向かってるんスか?」

「んー。今言った、鬼瓦を見てみようかと思ってねー。高いところは見づらいからねー」

「あ。それでマッコを誘ったんスか」

「マッコのリフト、ひより以外も短時間ならできるようになったって聞いたからさー」

「了解っス。でも、結界があるわけじゃないから、人に見られちゃうかもっスけど」

「あはは。たぶん大丈夫だよー。地上人は、人間が飛んでるなんて思わないからねー。勝手に目の錯覚だと思っちゃうんだよー。聞かれたら『錯覚です』って言えばいいんだよー」

「相変わらず大雑把っスね……。ひより先輩とは真逆っス」

「だから長年の親友ができるんだよー。あはは」

「そんなもんっスか」

「そんなもんなんだよー。あはは。でも、録画だけは気をつけないとねー。言い訳できないからねー。カメラ向けられたら、マッコのバレットで壊しちゃってねー」

「えー。それはちょっとかわいそうっス。録られないことを祈るっス」

 そして、無事誰かに見られることもなく、横七番町通にあるお寺の屋根の鬼瓦をチェックしたっスけど、特に問題はなさそうだったっス。少なくとも今はっていうことっスけど。


「うーん。鬼の兆候がないと、媒介石かどうかっていうのはなかなかわかんないからねー。でも、怪しいものはチェックしておかないとだからねー。いろいろ探索はしておかないとなんだよねー」

「そうっスよね。マッコもいろんなところ見てみるっス」

「でも、マッコがいると便利だねー。ちょくちょく一緒に行こうよー」

「あ。はいっス。行きましょうっス」

「うん。お願いねー。それじゃ、バイト終わって夕方になったら日和山へ行こうかねー」

「ひより先輩、いないっスよ?」

「でも一応ねー。戻ってくるかもしれないしねー。ひよりが戻らなくても、メグルくんが来たらからかおうかー。あはは」

「悪趣味っスね」

「親愛表現だよー。あはは」


 夕方。バイトを終えた俺は日和山へ向かう。ひよりは戻ってるだろうか。まぁ、別にどっちでもいいんだが。この時間で戻ってなければ、帰りは明日の便になるんだろうな。

 日和山の、街側の階段を上る。五合目カフェはもう営業を終えている。まだ誰かいるようだけど、後片付けとかしてるんだろう。

 七合目を過ぎると、山頂が見えてきた。……こんちゃんとマッコちゃんがいるようだな。……ひよりは? 俺は山頂を見回す。

「あはは。メグルくん、探してるねー? 残念でした。ひよりはまだだよー」

「いや、俺は別に」

「またまたー。アタシたちなんか眼中にないみたいに、あたりを見回したくせにー」

「ヒューヒューっスよ」

「マッコちゃんまで何言ってんだよ。……そうか。ひよりは明日だな」

「ホントに残念そうだねー。明日まで会えないなんてーって、身悶えしながら長い夜を過ごすんだねー」

「切ないっスー」

「おい」

「……なんてねー。はいっ。登場ですー。あはは」

「もうっ。ふたりともなんでこんなこと……」

 お社の後ろから、ひよりが出てきた。

「あ。ひより……。なんだ。戻ってたのかよ。おかえり」

「ただいま……です」

「こうして、ふたりはまた巡り会ったのでしたー。あはは」

「半日しか経ってないだろうが。普段でもバイトしてりゃこのくらい会わないんだからな」

「でも、今日はいないかもしれないと思いつつ、もしかしたらいるかもと思って来ちゃったんだよねー」

「う……。まぁな。いや、こんちゃんやマッコちゃんが来てるかもしれないと思ったしな」

「あはは。アタシたちを言い訳にしなくてもいいよー。もう、ごちそうさまだねー」

「こんちゃん! 何言ってんのっ」

「ごっつぁんですっス」

「マッコちゃんもっ」

「まーまー。せっかくみんな揃ったんだから、お風呂行こうかねー」

「なんでそうなるんだ」

「あはは。なんでもだよー」

「行ってもいいけど、金は出せよ」

「えー。ひよりが帰ってきた記念で、メグルくん出してー」

「何言ってんだ。何の記念だ」

 と言いつつも、なんとなく俺が出してもいいかと思ってしまった。まぁ、今日はいいか。……今日も、だな。

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