その56:壊滅的スーパーウーマン
結局、今日も俺がバナナオムレットと銭湯代、全部出すことになってしまった。鬼退治にボランティアで参加して、なぜ金まで払わねばならんのか。神様、いつか何かすごいご褒美とかくれるんだろうな。……まぁ、それを期待してやってるわけじゃないけどな。
セーラー服にコスチュームチェンジして、街側の階段で日和山を下り、商店街に向かう。商店街に入ってすぐの和洋菓子店でバナナオムレットを四つ買う。店の人に顔を憶えられてしまった。
「毎度どうもー。いつも買っていただいてありがとうございますー。今度から、取り置きしておきましょうかー?」
「あ、いえいえ。毎日買うというわけでもないんで。大丈夫です。はは、は」
「えー。しておいてもらえばいいのにー。あはは」
「マッコ、毎日でも食べられるっスよ」
「三個食べた翌日でも食べられますから」
「おまえら、外で待っとけ」
歪んだ笑顔で会計を済ませ、バナナオムレットが四つ入った箱を持って外に出る。瞳を輝かせたセーラー服三人が狭い店内を覗き込んでいた。……店員さん、俺たちをどういう関係だと思ってるだろうなぁ。
そして近くのあけぼの公園のベンチに座ってバナナオムレットを食べる。
「あー。昨日食べられなかったから、おいしいっスー」
「あはは。そうだねー。昨日は食べられなかったねー」
「ごふ。ごほっごほっ。……ま、毎日でも食べられるおいしさだよね。ごほ」
「痛いところを突かれてむせるな。……しかし、昨日も三つ食べたのに、よく今日も食えるなぁ」
「あれ、まだ昨日の話でしたっけ? だいぶ前の気がしますよ」
「んー。まぁ、昨日はいろいろあったからなぁ。時間の感覚もおかしくなるよな」
「……ところで、メグルさんはバナナオムレット食べないんですか?」
「みんなもう食べ終わったのかよ。……みんなで物欲しそうに見るなっ。金だけだしてみんな食われてたまるかっ。俺の分は俺が食うっ」
がふがふと平らげてやった。
次は銭湯だ。俺の部屋には風呂があるから、そっちに入ればそれでいいわけなんだが。でもまぁ、大きな風呂に入るのも悪くないとも思っている。しかし、だからといって全員分の銭湯代出すのは相当キツい。加えて、牛乳とかガバガバ飲んでくれちゃうしな。いつの間にか俺が払っているという悪習、どこかで断ち切らねば。いや、どこかじゃなくて明日から断ち切ろう。
「それじゃ、俺は男湯なんで、またあとでな」
「メグルさんの男湯は当たり前ですよっ」
「まぁそうだけどさ。ひよりは男湯に入っても咎められないんじゃないか?」
「なっ。わたしは就学前のこどもですかっ。ヘブンズ……」
「あはは。ここでメグルくんが気絶したら、困っちゃうよー」
こんちゃんがひよりの頭をくるりと回して止めてくれる。
「マッコは絶対ムリっスー」
「……そうだね。そのばいんばいんじゃあね……。やっぱりわたしが半分もらってあげようか……?」
「ほら。ひよりはまた黒いオーラ出すんじゃないよ。マッコちゃんが怖がるだろうが」
「めぐっち、優しいっス」
「マッコちゃんも、あんまりひよりのスイッチ押さんようにな……。さて、俺は男湯に……。しかし男湯じゃ、なんにも描写することないんだよな。マッコちゃんが語りやればいいのに。……自分で何言ってるのかよくわからんけど」
「スイッチ、気をつけるっス……。マッコの描写力じゃ、女湯を描ききれないっスよ。それに、マッコ達以外はおばあちゃんとかおばさまばっかりっスよ? ……自分で何言ってるかわかんないっスけど」
そうか……。だいぶ年上のお姉さまばっかりか。ならいいか……。自分で何言ってるのかわからないけど。
女湯はもちろん男湯を描写することもなく、俺は風呂をあがる。もうちょっとすると、やつらもあがってくるだろう。待合の椅子に座ってボッとしていると、ひよりの声が聞こえる。
「メグルさーん。もうすぐあがりますから。今、こんちゃんの身体を拭いてるところですっ。あっ。こんちゃん、そんな格好しないでっ。暑いからってタオルとらないでっ。いくら女湯でも。あっ、ダメだってば」
……うーん。そんな実況をされるとどうも……。こんちゃんも、のぼせていながらも元気ありそうだな。
「おう。ゆっくりでいいぞー。しっかり、こんちゃんの世話してやってくれ。それから、事細かに実況しないでいいぞー」
「あ……。はい……。もうすぐ終わりますから……。ぱんつはかせて……っと。終了ー」
「ん? パンツはかせて終了? 最後がパンツなの? まぁ、ズボンじゃないならそういうこともあるか。いやしかし……まぁ、どうでもいいか」
「それじゃあ、これから出まーす」
「お、おう」
外で待っていると、こんちゃんをおぶって、ひよりが出てきた。うしろにマッコちゃんが続く。
「お待たせしました。ちょっとこんちゃんに服を着せるのに手間取っちゃって」
「ん……。まぁ、それはいいけどな。……最後にパンツなのか?」
「えっ……。あっ、なに聞き耳立ててるんですかっ。ダメですよっ」
「いやあんな大きな声で言ってたらみんなに聞こえちゃうって」
「え……。そんな大きい声でしたか?」
「うん。筒抜け」
「ああ……。こんちゃんの着替えが待合に音声中継されていたなんて」
「ひよりがしゃべってたんだけどな」
「ふにゃー。何の話ー?」
「な、なんでもないよっ。こんちゃん、寝てていいよっ」
「うん。寝てるー。ふにゃー」
「ふぅ。……それじゃ、湊稲荷まではマッコちゃんのウォークで行こうか」
「はいっス。こん先輩を、こちらへ……っス」
近くの湊稲荷までは、マッコちゃんがマッコウォークでこんちゃんを運ぶ。風を使ってエアホッケーのように自分と誰かを浮かせて移動する技だ。俺とひよりはその後ろを歩く。
湊稲荷に到着すると、今度は俺が開運稲荷神社までこんちゃんをおぶって運ぶ。
「それじゃ、ここからはめぐっち、お願いするっス」
「おう。……よいしょっと」
「じゃあ、わたし明日はいないから、よろしくね。マッコちゃん」
「はいっス。おまかせくださいっス。地上の平和はマッコが守るっス」
「うん。頼りにしてるよっ」
「ううう。ひより先輩に頼りにされて感激っス」
「よし。行くか」
「マッコ、ありがとー。それじゃねー。ふにゃー」
たがいに手を振り、俺たちは開運稲荷へ向かう。
「しかし、マッコちゃんはいい子だなぁ。ひよりにあんなに怖がらされても尊敬は崩れないし」
「別に怖がらせてなんかいませんよっ。ただ……ときどきわたしの気持ちが高ぶることを言うから……」
「そのくらい、流してやれよ。先輩なんだから」
「あはは。方向音痴は誰かが補えるけど、ばいんばいんは補えないからねー。しょうがないねー」
「お。のぼせは治まったようだな。ふにゃー、が消えた」
「あ。メグルくんは耳ざといねー。油断したよー。次は言い続けるからねー」
風呂でののぼせが治まったのがバレたこんちゃんは、俺の背中から下りる。
「まー、もしひよりのスタイルがボン・キュッ・ボンで方向感覚もちゃんとしてたら、スーパーウーマンになっちゃうからねー。近寄りがたい存在になっちゃうだろうねー。あはは」
「そんな……こんちゃん……」
「まぁ、その二箇所がとんでもなく壊滅的だからな」
「とんでもなく壊滅的とはなんですかっ。ヘブンズストライクっ」
「おっと」
俺は背中で受け流す。
「ううー。元栓締めるの忘れてました……」
「メグルくんは、欠けたところもあるひよりがカワイイって言ってるんだよー。あはは」
「え……。そういうことになるのかな……。でも言い方ってものが……」
「あはは。もう開運稲荷に着いちゃうねー。メグルくん、途中までおぶってくれてありがとー」
「おう。のぼせない訓練もしてくれよ」
「やだよー。のぼせてこそのお風呂だよー。ひよりは、明日は神界だねー」
「うん。よろしくね」
「おまかせー。地上の平和はアタシが守るよー。なんちゃってー」
「なんちゃってかよ」
「メグルくんのこともまかせてねー」
「な、何をまかせるのっ」
「あはは。いろいろだよー」
「メグルさん、自分のことは自分でしてくださいねっ」
「当たり前だろ。なにわけわかんないこと言ってんだ」
「あはは。それじゃねー」
こんちゃんと別れて、俺とひよりは日和山へ。
「ふう。まぁ、今日もいろいろあったけど、ようやく一日終わりか」
「うふふ。そうですね。わたしはこれから報告書を書かなきゃですけど」
「……ホントにひよりは、何でもするよな。スーパーウーマンってのもホントだな」
「褒めても何にも出ませんよ?」
「ド方向音痴と幼児体型がなけりゃな」
「だからって、貶していいわけじゃないですよっ!」
「おっ。来るか? ヘブンズストライクが」
「……出しませんよ。今気絶されても面倒ですから。それに……」
「……上書き、するか」
ひよりが、こくんとうなずく。ひよりをおぶって。
「それじゃ、明日の朝も見送りに来るよ。日の出だよな」
「はい……。でも、別にいいんですよ? わざわざ来てくれなくても」
「んー。それじゃ、やめとくか」
「……いじわるですねっ」
「はは。なら言うなよ。ま、明日また来るから、早めに退散するか。報告書、がんばって作れよ」
「はい。メグルさんも帰り、気をつけて」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい。また明日」
俺は街側の階段を下りる。振り向くと、ひよりが手を振っている。見えなくなるまで振ってくれてるのかな、と思いながら、俺も振り返した。
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