その55:大要とUI
「消えろっ」
ひよりが、俺の左腕にある元栓制御コントローラーに向けて言葉を発した。腕を抑えられていて俺からは見えないが、たぶんコントローラーは消えただろう。
「ん……? なんだ? 元栓を締めたのか? この体勢だと、ヘブンズクラッシュを放つには関係ないだろ」
「え? べつに、ヘブンズクラッシュなんて撃とうとしてませんよ?」
「へ? そうなのか?」
「わたしは、これが見たいんです。……すみません。見せてください」
そしてひよりは、俺のシャツをめくりあげた。
「ほらほら。おとなしくしろ。ジタバタするんじゃねー、ってねー。あはは」
「減るもんじゃねぇだろぉ? じっくり見させてもらうぜぇ……っス」
「こんちゃんもマッコちゃんももういいでしょっ。そんなことしなくても、固着紋くらい、メグルさんは見せてくれるんだから……」
「なっ……。封邪の護符の固着紋を見るだけかよ。そんなもん、いつも見せてるだろうが。なんでわざわざこんなことしてんだよっ」
「あの……朝、大要の話が出たので、その話をちょっとしていて……えっちな映画ってどんなのなんだろうねって、そんな話を……」
「あはは。それで、こんな感じかねーって、メグルくんを題材にしてねー」
「ちょっと遊んでみたっス」
「おまえらどんだけ大要に興味しんしんなんだよっ。……ヘブンズクラッシュを食らうのかと、俺がどれだけ恐怖を感じたか」
「あ。めぐっち、涙ぐんでるっス」
「そんなに怖かったんだねー。あはは。ごめんねー。でも、ひよりが本気でメグルくんにヘブンズクラッシュ撃つわけないからさー」
「なんでっスか?」
「だって、それで将来困っちゃうのはひよりだからねー。あはは」
「こんちゃん、何言ってんのっ」
「んー? なんでひより先輩が困るんスか?」
「ひよりに聞いてみなよー」
「なんでっスか?」
「し、知らないよっ」
「いいから、俺の腕を放してくれ。この状態だと恐怖感が抜けない……」
「……それで、なんで今さら固着紋を……?」
両腕を解放された俺は、みんなをいつものミーティングと同じように座らせ、尋ねる。
「……さっきも話しましたけど、メグルさんの邪成分が心配だったんです。メグルさんがヘブンズクラッシュを受けたらどうなるだろうっていうところから」
「う、撃つなよなっ」
俺は股間をガードしながら言う。
「撃ちませんよっ。あの恵比寿鬼さんに撃ったのは、わたしの胸に触ろうとしたからで……」
「乙女としては当然の防御反応だよねー。あはは」
「あの鬼、フケツっス」
「いや、あいつは別に胸だから触ろうとしたわけじゃなくて、ただ大きくなった部分を……」
「同じことですっ」「おんなじだよー」「一緒っスよ!」
「すみませんでした」
なぜ俺がと思ったけれども、あれは防御というより過剰防衛じゃないかとも思ったけれども、一応代表として謝っておいた。何の代表だ。
「えーと。それで、なんで固着紋を?」
「そうでしたね。つまり、今回も鬼さんを封印したわけですけど、またあの鬼さんたちの能力を取り込んでいないだろうかと、思ったんです」
「そうか。前に甲羅鬼と鶴鬼の能力を取り込んで、いわゆる邪成分が増えたのかもしれなかったわけだから、今回も取り込んでたらさらに邪成分が増えてるかもってことか」
「そこで、ヘブンズクラッシュを撃ってみたらってことをねー。言ってたんだよねー。あはは」
「そこは、ヘブンズクラッシュじゃなくてヘブンズストライクでもいいだろ? いや、ストライクも食らいたくはないけどもさ。クラッシュよりはマシだ」
「わたしだって、そんなにむやみにヘブンズストライクとか撃ちませんからね」
「撃ってるような気がするが」
「……撃ってもいいんですけどね? いいんですかっ?」
「すみませんでした」
「……だから、ヘブンズクラッシュやヘブンズストライクで検証するんじゃなくて、固着紋を見れば変化があるかもしれないと。それを見てみればいいだろうと。そういう話です」
「ふーん。それだけの話か。それで、俺の身体の自由を奪った上でシャツをめくりあげて、無理やり俺の裸体を見たわけだな」
「その言い方は……。わ、わたしは反対したんですけど、こんちゃんたちがノっちゃって……」
「えー。ひよりだって、妖しい表情しながらせまってたくせにー」
「あれは妖しかったっスね」
まったく。妄想盛んな女子高生かよ。……まぁ、みんな年齢としては女子高生なんだが。
「……で、固着紋に変化はあったのか?」
「まだ見てないですよ?」
「見てないのかよっ」
「だって、コントローラーを消して元栓を締めた状態しか見てないですから。元栓を開いた状態と比較しないと変化がわかりにくいですからね」
「そうなのか?」
「うふふ。わたしの作った元栓制御の護符、能力の漏出を抑えるだけではなく、その状態も簡単に見られるようになっているわけです。この辺、苦心したんですからね。こういうの、ユーザーインターフェイスが疎かにされがちなんですけど、一番大事なところのはずなんですよ。だから、わたしはこの場合の……」
「あー。わかった。いや、中身はわかってないけど、ひよりががんばったのはわかった。要は、能力が取り込まれていたら、固着紋の様子を見ればわかると、そういうことだよな」
「このくらいでわかったとか言われてもですねぇ、……まぁ、いいです。すごく簡単に言えばそういうことです」
「それじゃあ、元栓を開いた状態を見ればいいわけだよな? ……出ろっ」
固着紋は胸に浮き出ているので、自分では見づらいが。変化はあるんだろうか。
「うーん。わかりにくいですね。ちょっと、繰り返してもらえますか?」
「繰り返す? ああ、出したり消したりってことか。……消えろっ。……出ろっ。……消えろっ。……」
「うーん。どうなのかな……」
「出ろっ。……消えろっ。……出ろっ。……消えろっ。……まだか?」
「あ。とりあえず、大丈夫です。……うーん」
「なに悩んでんだ? 変化があるかないかなんだろ?」
「変化が、微妙なんですよ。先に取り込んでいる、受け流しとか水とか飛行とかに関しては、明確な変化があるんですけど。でも今回のは、明確とは言えないんですよね。前の変化の後ろに隠れちゃってるというか」
「ふーん。まぁ、そういうのは俺にはわからんし……。こんちゃんやマッコちゃんにだってわからないんだろ? 護符エキスパートのひより以外には」
「ま、まぁ、そうなんですけどね?」
ひよりは鼻をふくらませてふがふが言っている。
「不明なら不明でいいけどもな。大黒鬼の能力は、打ち出の小槌が無いと使えない爆破だし、恵比寿鬼の能力は能力共有だろ? こっちは誰の能力でも自由に使えるんならスゴいような気はするけど、兄弟間の共有なら、俺には使いようがないしな」
「……確かに、能力的には使えないものですね。たぶん。でも、もし取り込んでいて邪成分が増えていたら、取り込み損みたいなものですよね……」
「そうか。邪成分だけが増えてるかもしれないということか」
「まー、その辺はすぐに明らかになると思うけどねー。あはは」
「ん? なんでだ?」
「だって、ひより先輩はすぐにヘブンズストライクをめぐっちに食らわすじゃないっスか」
「親愛表現だからねー。あはは」
「そっ、そんなことないよっ。いつもメグルさんが変なこと言ってくるからだよっ」
「それも親愛表現だよー。あはは」
「えっ。そ、そうなのかな……」
「ヒューヒューっスよ!」
「あのな。テキトーなこと言ってんじゃないよ。誰が好き好んで凶暴女に腹を殴られるかっ」
「テキトーなことなんですかっ。誰が凶暴ですかっ」
「ほら、来たよー」
「ヘブンズストライクっ」
……しまった。元栓、締めたままだった。そのまんま、おまえが凶暴だろうが……。
「う……。気を失ってたか。……どのくらいだ?」
ひよりが心配そうに俺の顔を覗き込んでいたが、こんちゃんは時間を告げた。
「二分強ってところだねー。ちょっと長くなってるような気もしないでもないけど、誤差の範囲かなって気もするところだねー。……しかし、起きてすぐ気絶時間を気にするとは、メグルくんもなかなかだねー」
「まぁ、それを気にしながら気絶したからな……。とりあえず、そんなに長くなってないってことだな。邪成分もそれほど増えてないってことだろ?」
「一応……、そうですね。まだ観察しないといけないとは思いますけど……」
「あはは。もっと固着紋を見せろってことだねー」
「え。それは……まぁ、そうなるけど……」
「だそうだよー。マッコ、メグルくんがひよりに裸体を見せてても、吹き飛ばしちゃダメだよー。あはは」
「ひより先輩はやっぱり大人っス」
「なんか言い方が変だよっ」
「まぁ、なにはともあれ、今回の鬼のことはあんまり考えないでいいってことだ。めでたしめでたし」
「んー。そうだねー。それじゃ、バナナオムレット食べて、お風呂行こうかー」
「え。今日もか? 今日はおまえら自分で出せよ?」
「なに言ってんスか! 全部めぐっちが出してくれるって話じゃないスか」
「何言ってんだ。誰がそんなこと……。あっ。あれはおまえらが俺を精神的に追い詰めてきたから思わず出た言葉だろうがっ」
「でも、言ってたからねー。あはは」
「言ってたっスねー」
「おまえら血も涙もないのか。おい、ひより」
「確かに言ってましたね」
「くそー。憶えてろよ」
俺の財布はまた軽くなってしまう。
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