その50:訪れた成長期でばいんばいん

「あれっ? ひより先輩、どうしたっスか!」

 恵比寿鬼にヘブンズストライクを放とうとしていたひより先輩が突然消えてしまって、正直ちょっとビビってるっス。

「グキキ。アブなかったガ、アニキがスクってくれタか。エビ~」

「これはなんスかっ! ひより先輩をどこやったっスか! あんた、瞬間移動は自分が出来るだけじゃないんスか!」

「グキキ。オレがデキるのはジブンのシュンカンイドウだけダエビ。コノつりざおキグのチカラだがナ。あのコドモは、アニキがイドウさせたんだエビ」

「そんなタイミングよくできるんスかっ? アニキのところっていうと、そこのみなとぴあっスねっ?」

「グキキ。オレのノウリョクはカンカクキョウユウだエビ。アニキにオレのミテイルものヲみせるコトもデキルのだエビエビ。ソシテあにきハ、ケッカイのナカのものヲいどうサセラレル。オソラク、あにきハあのコドモをひきヨセてバクハするンだろうエビ」

「ひより先輩は子どもじゃ……ないっスよ! 怒られるっスよ! ……って、爆破っ? ひより先輩をっ? まさかっ」

 マッコはみなとぴあの方を見たっス。ひより先輩がやられるはずなんかないっスけど……。向こうには、こん先輩もめぐっちもいるんだから、なおさらっスけど……。

 マッコは恵比寿鬼の方を見たっス。こいつを早くやっつけて向こうへ行かねばっス。でも遠隔攻撃は吸収されるし、ひとりでの直接攻撃は瞬間移動で逃げられるし……どうするっスかね。

「グキキ。モウそろそろオニケイタイにナレルころだナエビ……」

 んー。そして地上酔いも覚めて、鬼の形態になれるころっスか。確かに、なんだか形が変化してきてるみたいっスね。


 みなとぴあの芝生広場。大黒鬼の能力と鬼具は把握した。

 しかしこの大黒鬼、なにかたくらんでるようだが、何をするつもりだ? と思って見ていると、やつは打ち出の小槌を地面に打ちつけた。こちらから攻撃なんかしてないのに、何を移動させるんだ?

 と、少し身構えていると、突然やつの前に見慣れた後ろ姿が現れた。そしてその後姿は、

「……ストライクっ!」

 と叫んでパンチを繰り出した。そこには何も無かったが。

「あれは……ひよりっ?」

「あらっ……?」

 ヘブンズストライクを空振りしたひよりは、少し態勢を崩す。

「仕留めたと思ったのにっ。また逃げたんですかっ……。あれ? ここは?」

 態勢を立て直しながら周囲を見回すひよりだが、視界の下には大黒鬼がいる。

「ひよりっ! 危ないっ! 下だっ!」

「えっ。メグルさ……、あっ!」

「オオキクなアれ!」

 下から、大黒鬼が飛び上がって小槌を振るう。後ろに跳躍して避けようとするひより。そのままトンボを切るようにして着地し、俺とこんちゃんのところへやってくる。

「おい。ひより。大丈夫か?」

「はい。別になんとも……。でもこれはいったい……? わたしは屋根の上で恵比寿鬼にヘブンズストライクを撃つところだったのに……」

「あの大黒鬼の鬼具がねー。結界内のものを移動させるチカラがあるみたいなんだよねー。あちらの屋根も結界みたいだからねー。移動させられちゃったんだねー」

「そうなんだ……。向こうはマッコちゃんひとりになっちゃったのか……。で、こちらの状況はどうなって……あれっ?」

「こっちは一応、やつの能力と鬼具を把握したから、これからっていう……ん? どうした?」

「あの……なんだか身体が重くなって……。胸もなんだか苦しいし……。あれ? あれ? これ……。こんちゃん、これ……」

 ひよりがこんちゃんを手招きして、俺の後ろにまわる。

「ん? どうしたってんだ?」

「メグルさんはちょっと前を向いて……鬼さんの様子を見張っててください。こんちゃん、これ見て……」

「え? あっ、ひより、これ、もしかして……。あのね、これはねー……」

「め、めめめめ、メグルさん、これっ、これ見てくださいっ!」

 何か言いかけたこんちゃんをよそに、ひよりが俺の前に出てくる。


「なんだよ、ひより。戦闘中になにやってんだ」

「でも、メグルさん、ついにわたしにも成長期が訪れたんですよっ。ほらっ」

 ひよりが胸を張る。そこには……巫女服の上から見てもわかる、ばいんばいんがあった。

「えっ。おい。戦闘中だぞ。なに胸に詰め物して遊んでるんだよっ」

「詰め物じゃありませんよっ。本物ですっ。わたしのばいんばいんですよっ。もう身体が重いくらいでっ。……ああ、これがばいんばいんなんですねっ。うふふふふ」

「何言ってんだか……。そんな急に成長するかよ。それ、マッコちゃん並みじゃないかよ」

「疑うんですかっ? なんなら触って……いえ、それはまだ、ちょっと……ですけど、でもメグルさんなら……いえいえ……」

「まったくもういいかげんに……。あっ、おまえ、さっきあの大黒鬼の攻撃受けなかったかっ?」

「ダメージは無かったですよ? ちょっと胸のあたりに武器みたいなのが当たりましたけど……」

「それだっ。それがやつの鬼具の力なんだよっ」

「えっ。胸を大きくする力っ? すると、あの鬼さんはいい鬼さんなんですねっ?」

「違うっ。俺のこの足を見ろ」

「うわ。メグルさん、どうして左足だけ大きいんですか? ちょっと気持ち悪いです」

「その気持ち悪いことがな、おまえの胸にも起こってるんだよっ。やつの打ち出の小槌は、ものを大きくする。そしてやつの能力は、大きくなったものに触れて爆発させるんだ。大きくなればなるほど破壊力は増すらしいぞ」

「え……。そんな、いろいろ大きくできる鬼具が……? それはぜひ研究して護符にも活かさないと……」

「いやそういう問題じゃなくてな。要は小槌で大きくなったものをやつに触れさせるとマズいということだ。俺の足は二倍程度だと思うけど、おまえのその胸、もとの千倍くらいになってるだろ? 触れられたら、跡形もなくなるぞ」

「千倍っ? わたしのもとの胸はどれだけ小さいんですかっ」

「すまん。ゼロは何倍してもゼロだったな」

「な、なんてことをっ。ヘブンズ……」

「はいはい。痴話喧嘩はいいかげんにして、鬼をやっつけるよー?」

 こんちゃんが俺とひよりの頭に手をおいて、大黒鬼に向き直らせた。


「グカカ。スグにバクハツさせてヤル。モウそろそろ、オニのケイタイにもナレルころダシな……」

「語尾はどうした?」

「……ダイダイ」

「そういえば、屋根の方の恵比寿鬼さんは大黒鬼さんの弟らしいですね。恵比寿鬼さんは語尾がいつもきちんとエビでしたよ」

「……オトウトはノウリョクてきニモよわイカラな。ソウイウところデきっちりシテいるんダロ。ダイダイ」

「んー。そういうの、きっちりしてると言うんだろうか」

「グカカ。ソンなことヲはなシてるウチニ、ケイタイヘンカできソウだ。オニケイタイにナレば、ウゴきやすくナルからナ。ソシたらすぐバクハツさせテやる。……ダイダイ」

「屋根の方の、恵比寿鬼だっけ? あっちはどんな能力だったんだ?」

「あの鬼さん自身の能力はよくわからなかったんですけど、鬼具がちょっとやっかいでした。自分の瞬間移動と、遠隔攻撃の吸収です」

「ふーん。それじゃー、強い攻撃手段はなさそうだねー。マッコだけでも、とりあえずやられることはないだろうねー」

「そうなのか? マッコちゃんひとりで大丈夫かな」

「たぶん大丈夫です。あの鬼さん、逃げてばっかりでしたから。能力自体、無いのかもしれないです。やっぱりこちらの大黒鬼さんの方が攻撃能力があるだけ強いでしょうね」

「グガァッ! オトウトをばかニするナッ! アイツはイツモおれヲさぽーとシテくれテるんダッ。それニ、あいつトおれハいっしんドウタイみたいナもんダからナ」

 大黒鬼は、ぐにぐにと形態変化を始めていた。もうすぐ鬼の形態になるだろう。いい事言ってるみたいなので、語尾の指摘もしないでおいてやる。


「……鬼の形にしちゃっていいのか?」

「んー。普通はそうなる前に倒しちゃうべきなんだけどねー。鬼形態になると強くなるのが多いからねー」

「こいつは違うの?」

「多少は強くなるだろうけどねー。でももとの能力値が低いから、能力自体はたいして変わらないと思うんだよねー。鬼具の力は、鬼形態になっても変わらないしねー」

「だから、こういう鬼具の力に頼る相手の場合は、むしろ相手が大きくなったほうが戦いやすいんです。小さいと当たりにくいし、逃げられやすくもなってしまうので」

「ふーん。そういうものなのか」

「そういうものなんです」

「ただ、触れられたらいけないのは変わりないけどねー。だから、メグルくんとひよりは気をつけないとねー。まー、相手の手の内がわかっててドジは踏まないだろうけどねー」

 そんな話をしていると、大黒鬼は鬼の形態になっていた。……まぁ、そんなに強そうにも見えない。ツノの生えた、ちょっと大きめの成人男性というところか。

「グガガガ……。ナニよゆうカマシてハナシてるッ。ばかニするナッ」

 大黒鬼が、俺たちに向けて走り出す。しかし、あの程度の速さなら避けるのも簡単だ。逃げるまでもない。むしろ返り討ちにできる。そして、だいぶ近づいたところで大黒鬼は打ち出の小槌を地面に打ちつけようとしていた。

 この動作があるから、もし自分が大黒鬼のところに転送されたとしても余裕を持って対処できる。転送されるのは、一部大きくされている俺かひよりだろう。あるいは、こんちゃんを大きくする手もあるか? さて、誰が転送されるか。……ん? でも、俺たちを自分のところに転送するんなら、わざわざあいつが近づいてくる必要あるか?


 ……うーん。この屋根の上で恵比寿鬼と一対一っスけど、どうすればいいのかまだわからないっス。鬼形態になったところで、正直負ける気はしないっスけど、勝てるかというと、それもわかんないっスね。でもまぁ、やるしかないっス。そのうち、先輩方が向こうを片付けて来てくれるはずっスから、それを待ってもいいっスしね。

「さあ、根比べっスよ! マッコの攻撃をいつまでも逃げてればいいっス! マッコストーム!」

「グキキ。ヤメとくエビエビ。オレのノウリョク、やくニたてるトキがキタようダカラな……エビエビ」

 マッコの放ったマッコストームは、恵比寿鬼に吸収されることもなく飛んでいってしまったっス。そして気がついたら恵比寿鬼は消えていて、マッコは屋根の上でひとりになってしまったっス。

「あれ。鬼、どこ行ったっスか……。マッコ、ぼっちっスか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る