その45:カミコンのコントローラー

「えーと。これが元栓制御の固着紋……なのか?」

「ちょっと見せてください。……あ、ちゃんと出てますね。成功です」

「うーん。これがそうなのか……」

 俺の左腕には、幾何学的な模様が浮き出ていた。左側には厚みのある十字のような形。右側には丸がふたつ。あと、真ん中に細く小さな楕円がふたつある。……なんか見たことある気がするんだが。

「あのさ。ひより。これって、ひょっとして、ファミコンの……」

「あ。わかりますかっ? 神界で流行している、カミコンのコントローラーの形にしたんですよっ」

「カミコン……? 神界ではそういう名前なんだな。そうか」

 神界では、いろんなものが地上より少し遅れて流行するらしい。今はファミコンが流行ってるのか。しかし、カミコンて……。バッタモンか。まぁ、要はファミコンのコントローラーということだな。


「うーむ。こんなのが腕に付いてるっていうのはなんだか微妙な感じがするんだが、他の地上人には見えないんなら、まぁいいか。でもやっぱりちょっと鬱陶しいな」

「あ。普段は消しておけますよ? このマイクに向かって『出ろ』とか『消えろ』って言うと、出たり消えたりします。もちろん、出てないと操作は出来ません」

「マイク……? そんなのが……あった。これがマイクか」

 真ん中の楕円、おそらくスタートとセレクトボタンの上に点が幾つかあって、それがマイクらしかった。

「それでですね。固着紋が出ている状態だとスタンバイモードになりますし、消えてる状態だとスリープモードになります」

「パソコンかよ。どういう違いなんだ?」

「パソコンのやつはよくわかりませんけど、この護符のスタンバイモードは、今までのメグルさんの状態です。黙っていても、咄嗟のときに各能力が発動します。スリープモードは、咄嗟のときでも能力は発動しません。元栓を締めた状態ですね」

「おお。そのスリープモードが欲しかったんだ。日常生活ではスリープモードにしておけばいいわけだ」

「そうですね。でも、スリープモードは『受け流し』も使えませんからね。背中には気をつけてくださいね」

「まぁ、日常生活で受け流しが必要ってのもそうないからな。……でも、モード切り替えにはマイクしか使わないんだから、マイクだけあればいいんじゃないのか? こんな方向キーみたいなやつは無くても」

 それを聞いて、ひよりは目を閉じて首を振りながら人差し指を立てて動かし、「チッチッチ」と舌を鳴らした。


「うーん。そんな最低限の品質で満足してるんですか? お客さん」

「誰がお客さんだ」

「スタンバイモードになってれば、受け流しは発動してるし緊急時には消火も空中静止もできます。でも、あくまでも受け身なんですよ。自分の意志で能力を使うことはできないんです」

「まぁ、そうだな」

「それを自分の意志で、能動的に使おうと特訓したけど、出来なかったんですよね?」

「うん。こんちゃんたちに手伝ってもらって、トリガーとなる言葉も考えてみたけど、ダメだった」

「うふふ。わたしは、メグルさんのトリガーは言葉じゃないと、睨んだんですよ」

「む。なんとなくつかめてきたぞ。コントローラーの操作を、トリガーにするということか」

「その通りですっ。トリガーを口にするのが恥ずかしいメグルさんには、言葉はトリガーになりにくいんです。だから、決まった動きをトリガーにして、それを護符を通して行えば能力の制御もしやすいと考えたわけですっ」

 なるほど。理にかなっているような気がする。それで、ファミコンのコントローラーか。


「ひよりー。共鳴の護符の説明、マッコにし終わったよー。あはは。そっちはどうー?」

「これを湊稲荷の鈴紐にセットすればいいんスね。戻ったらやってみるっス」

 こんちゃんは、マッコちゃんに緊急通信用の『共鳴の護符』の設置方法を教えていたらしい。

「一応、メグルさんに概要を教えてたんだけど、これからテストしてみようかなって。ふたりにも協力してもらっていい?」

「いいよー。メグルくんをギッタギタにしてやればいいのかなー。あはは」

「さっき最大奥義を出しそこねたんで、いま出してもいいっスか?」

「いや、あくまでもテストなんでな。うまく動かなかった場合は攻撃をもろに受けることになるんで、お手柔らかにひとつお願いしたいんだが。そもそも、最大奥義を受けきれるほどの能力じゃないしな」

「そうっスか。初めての最大奥義は、ぜひめぐっちにって思ったんスけど……」

「撃ったことないのかよっ。実験台にすんなっ」

「あはは。アタシも最大奥義は実戦で使ったことないからなー。ではメグルくんに……」

「やめろと言うのに」

「そうですね。どこまで能力が引き出せるのか、全力で攻撃してもらうっていう方法もありますね……」

「ホントもうおまえら勘弁してください」

 こいつら、俺をいたぶりたいだけじゃないのか……?


「まぁ、冗談はともかく、実際に元栓制御の護符を使ってみましょう。『出ろ消えろ』からですね」

「うん……。今は出てるから……。消えろっ」

 左腕の固着紋が消える。

「おっ。消えたぞ。これで……」

「ミニヘブンズストライクっ」

「あがぁっ。……何すんだっ」

「ヘブンズスイープっ」

「どわっ」

 固着紋が消えたあと、ひよりが俺の背中にヘブンズストライクの簡易版、ミニヘブンズストライクを撃ってきた。そして、その直後に俺に足払いを食わせる。俺は一瞬地面を離れて宙を舞い、背中から落ちる。……ヘブンズスイープって言うのか。いやそれは今どうでもいいが。


「ひよりっ。いきなり何すんだっ」

「もちろん、テストですよ。固着紋がスリープモードになった状態で、能力が出るかどうかの」

「だからってなぁ……」

「咄嗟に出るかどうか見ないと、わからないですからね。……背中の受け流しは出ませんでしたね。あと、飛行というか、空中静止もなかったですから、能力は止まってるみたいです。成功……ですね」

「あとは水が出るかどうかだけどねー。アタシの火が止められなかったらシャレにならないだろうから、やめておくねー。あはは」

「受け流しと飛行が出なかったんで、水も大丈夫でしょうね。わたしとしては完全なテストをしたいところではありますけど……しょうがないですね」

 ひよりがちらりとこちらを見る。

 ああ、ひよりは根が技術者みたいだからな。テストは完璧にしたいだろうけど……勘弁してくれ。こいつらと一緒にいるときは常にスタンバイモードにしておかないとダメだな。


「それじゃあ、次は能力を自分で出せるかどうかやってみましょう。スタンバイモード、できますか?」

「出ろっ」

 今は見えないが、左腕のマイクがあるだろう場所に口を近づけて言う。コントローラーのような固着紋が浮き出る。

「よし。出たぞ」

「マッコバレット!」

 後ろでマッコちゃんの声がして、地面に砂煙が立つ。マッコちゃんの空気弾が俺の背中に向けて放たれ、それが地面に逸らされたのだろう。

「フォックスフレイム!」

 続けて、正面にいるこんちゃんが火の矢を放つ。俺は手を前に出し、水の膜を展開して消火する。

「ヘブンズスイープっ」

 そしてひよりは続けて先程の技を。またしても不意をつかれて受けてしまったが、俺はその場に倒れることはなく、空中でふわりとバック宙のような感じで回転して着地した。


「へー。いきなりだったのに、全部なんとかしたねー。すごいねー。あはは」

「今のは全部、自動発動ですね。メグルさんが出そうとしたわけじゃないですよね?」

「ああ。思わずって感じでやってたな。こんちゃんのフレイムは単に回避行動として手を出しただけだし、ひよりのスイープも浮いたから回転してみたっていうだけだからな。受け流しは、意識もしてない」

「この緊急防御は、今までも発現していたものです。メグルさんが意識しないでも出ちゃうやつですね」

「うん。これだけでもスゴいとは思うんだが」

「でも、やっぱり自分で意識して使いたいですよね。お客さん」

「だから誰がお客さんだ。……まぁ、そういうのはあるけどもな」

「それで、能力の出方をコントローラーの操作と紐付けてみたんです。その方がメグルさんには出しやすいかということで」

「ふむ……。俺もファミコンっていう世代ではないんだけどな……。まぁ、使えないこともないか」

「え。もしかして、地上ではスーパーカミコンの時代ですかっ?」

「スーパーファミコンも地上ではだいぶ前の話らしいが……。神界、やっぱり古いな」

「地上では相当進んでるんですね……。それはともかく、さっそくコントローラーを使って能力を出してみましょう」

「うん。どうやればいいんだ?」

「飛行をやってみましょうか。十字ボタンの上を押してください」

「上な。わかりやすいな」

 自分の左腕の、上ボタンにあたる場所を右人差し指で押してみる。少し浮いたような気がしたが、気がしただけかもしれない。


「……特に変化ないみたいだが」

「そうですか? あ、押しっぱなしは効かないみたいなので、連打してください」

「連打?」

 俺は上ボタンに当たる場所をカチカチカチと、実際はそんな音はしないが、何度も押してみる。すると、身体が宙に浮いてきた。

「おー。メグルくん、浮いてるよー」

「ホントっス。十センチくらいっスけど」

「もっと連打してみてください」

 カチカチカチカチカチカチカチカチ……。音はしないが、押し続ける。

「だいぶ浮いたねー」

「一メートルくらい、浮いてるっスね」

「なんかもう、疲れたんだが」

 俺は連打をやめる。スッと着地する。

「……つまり、浮いてるためには連打し続けると……」

「……そうですね」

「疲れるわっ。確かに自分の意思で浮いたけれども、一メートルくらい自分でジャンプ出来るぞっ」

「連打しないと浮けないというのは誤算でした。改良の余地ありですね」

「余地ありすぎだ。……改良、できるのか?」

「まぁ、なんとかなるとは思いますが……。他の能力も見てみましょうか」

 うーん。これはなんだか、雲行き怪しいなぁ。

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