その44:調教札ふたたび
「元栓制御の護符……か。おまえら、いつも神様のネーミングセンスがどうとか言うけど、似たりよったりだぞ。まぁ、使うたびに護符の名前を叫んだりするわけじゃないんだろうから、別にいいけどもな。……で、ちゃんと使えるんだろうな」
「もちろんですよっ。わたしの腕を疑うんですかっ? 一応、テストはしないといけないですけどね」
「ああ。前に俺の『呼び出し札』を作ったときも、刺激が強すぎて『調教札』になってたもんな。その辺の調整は必要なんだろうな。……ところで、あの『調教札』はちゃんと処分したんだろうな」
「それで、今回の元栓制御の護符ですけど……」
「おい。処分したんだろうな」
「元栓を締めるだけじゃなくて、便利機能も……」
「しょ、ぶ、ん、したんだろうなっ」
「顔がこわいですよ。あの……それは……。いろいろ、忙しかったりしたので……。ちょっと後回しに……。てへ」
「かわいこぶるなっ。あんなもん残しておいて悪用されたらたまらんからな。ホントに処分頼むぞっ?」
「悪用なんて、誰がするんですか。遠隔操作でメグルさんを痛めつけて、誰に何の得があるんですかっ。えいっ」
「あだぁっ! おま、今、何したっ? あっ、その札! 調教札かっ? まだ手元においてたのかっ? よこせ、こらっ」
「あわわ。あ痛っ!」
護符を刺激すると、その力の数倍の刺激が封邪の護符を介して俺に入ることになっている『調教札』。俺にメッセージを送るための『呼び出し札』を作ったときの副産物だが、そのまま破ったり捨てたりすると俺に何が起きるかわからない。それで、効果を打ち消したあとに処分する約束だった。それを、まだ持っていたとは。しかも厳重に保管するんでもなく、そのまま手元に置いているとは。
迫る俺に、ひよりは方角石に逃げ込もうとしたようだがつまずいて転んだようだ。俺はすかさず、ひよりに覆いかぶさるようにして、調教札を持っている左手の手首を抑える。
「こら。その札、こっちによこせ」
「だ、だめですよっ。下手にいじったら、メグルさんにダメージが入るんですからっ。ちゃんと処置しないと……」
「それをちゃんとしてないから、一旦よこせって言っとるんだ。ほらっ。手を放せっ」
「あっ。そんな強引にっ。やめてっ、やめてくださいっ。だめですってば! そんなことっ。ああっ」
俺はなんとかひよりから調教札を奪い取ろうとする。
「何やってるんスかあっ! めぐっち! フケツっス! 恥を知るっス! マッコストームっ!」
「あがっ」
突然、渦巻く空気の砲弾が、ひよりの上から俺を弾き飛ばした。砲弾を脇腹に受けた俺はごろごろと転がってしまう。
「大丈夫っスか! ひより先輩! ケガはないっスか?」
街側の階段を上って現れたマッコちゃんがひよりに駆け寄り、声をかける。
「あ……。マッコちゃん、あのね……」
「大丈夫そうっスね。よかったっス。……ううう。めぐっち! 見損なったっスよ! ちょっとえっちなのはわかってたっスけど、いやがるひより先輩に襲いかかるなんてっ。ケダモノっスか! 鬼以下っス! 成敗するっス!」
「いえあの、マッコちゃん、そうじゃなくてね……」
「大気圏外まで吹き飛ばしてやるっス! マッコの最大奥義、みせてあげるっスよ! マッコタイフ……」
「ヘブンズスパイラルっ!」
「ぎゃふん」
ひよりの技で、マッコちゃんはその場で一回転して背中から落ちていた。
「あはは。マッコもひよりが襲われたと思って頭に血がのぼっちゃったんだから、許してあげてよー」
「いや俺は別に怒っちゃいないけどさ」
「わたしも、怒ってるわけじゃないよ。メグルさんが飛ばされちゃいそうだったから、マッコちゃんを投げちゃったけど」
「面目ないっス。めぐっちがついに本性をあらわしたのかと……」
「あはは。声だけ聞いてたらねー。そう思っちゃうよねー」
「こんちゃんも、わかってたんならマッコちゃんを止めてくれればいいのにっ」
「だって、面白かったからさー。あはは」
マッコちゃんは、こんちゃんと一緒に日和山に来ていた。湊稲荷での用事が終わったので、ふたりでこちらに来たらしい。
「俺もひよりの上に覆いかぶさるみたいな形だったから、誤解されてもまぁ、しょうがないよ。ひよりの方が俺よりはるかに力は強いから、そうせざるを得ないんだけどな」
「人をゴリラみたいに……。わたしも、メグルさんに調教札のこと黙ってたのが原因なので……」
「調教札っスか。そんなのがあるんスか」
「あー。マッコは知らないよねー。通信用の護符を作ったときにできちゃったやつなんだよー。ほら。ここをこしょこしょってしてみなよー」
「こうっスか? こしょこしょこしょ」
「うひゃひゃひゃひゃ。や、やめろっ」
「あ。なんか面白いっス。こしょこしょこしょ」
「うひゃ、うひゃひゃひゃ。おい、いい加減にうひゃひゃ」
「マッコちゃん! だめだよ。そんな遊んじゃ。わたしに返して。……こしょこしょ」
「うひゃひゃ。やめろっ。はぁ、はぁ……。だから、早く処分しろって言っとるんだ」
「あはは。こんな面白いの、処分しないよねー」
「別に面白いから持ってるわけじゃないよっ。忙しくて後回しにしてたっていうのは確かにあるけど……」
「他に理由があるのか? とっておくにしても、手元じゃなくて厳重に保管しておいてくれよ」
「いつも手元に置いてるわけじゃないですよ? 今回、元栓制御の護符を作るのに参考にしてたんです。調教札の方が呼び出し札よりも術式の構造的には近いので……」
「呼び出し札って、調教札の単なる弱い版じゃないのか? まぁ、俺は悪用されないんならそれでいいんだけどな……」
「うんー。こんなの、悪用されたらたまんないよねー。こしょこしょ」
「うひゃひゃ。だったらするなっ。こんちゃん! ひよりっ。処分するまで、ちゃんとしまっといてくれっ」
「はい。メグルさんがバナナオムレットを買ってくるのを嫌がったときしか出しません」
「そんなんで使うなっ」
「それで、元栓制御の護符とやらはうまくいったのー? あはは」
「そっちをテストしてみようと思ってたら、メグルさんが襲いかかってきたから……」
「人聞きの悪いことを言うなっ。……しかし、その元栓制御も調教札を参考にしたとかいうことだと、なんかイヤな予感がするな」
「元栓制御はメグルさんの身体に刺激を与えるようなものではないですから、大丈夫ですよ」
「能力の元栓締めたら、生命力の栓まで締まっちゃったりしてねー。あはは」
「あ。そういうことは無きにしもあらずかな……」
「おい。大丈夫なんだろうな」
「うふふ。冗談ですよ。……さっそくテストに入りますか」
「ホントに大丈夫なんだろうな。テストしてみてやっぱり生命力が……とかならないんだろうな」
「九分九厘、大丈夫ですよ」
「あとの一厘にならないことを祈るか……」
ひよりが、元栓制御の護符をふところからあらためて取り出した。
「……で、その元栓制御の護符ってどうやって使うんだ? 俺にも使えるの?」
「それはもちろん、メグルさんが使うものですからね。使い方を憶えてもらわないと」
「ふむ。具体的には?」
「まず、これは封邪の護符と同じ取り込み型なので、メグルさんが取り込む必要があります」
「え。護符という紙そのものを使うんじゃなくて、俺の体内に入れるのか?」
「そうです。メグルさんの能力に関するものですからね。正確には封邪の護符に取り込まれた能力を使うわけなので、その制御を行なうものも取り込んだ方がいいんです」
「まぁ、その辺の詳しいことは俺にはわからないから、言うとおりにするけどな……。でも、またタトゥーが増えちゃうのか? 銭湯に行きづらくなっちゃうと困るんだが」
「一応、その辺を考慮して固着紋はわたしたちにしか見えないようにしました。地上人には見えません。メグルさんも神様の眷属になってるので、もちろん見えます。鬼にも見えるかもですが、それはどうでもいいですよね」
「んー。他の人に見えないんなら、別にいいか。しかし、固着紋がごちゃごちゃしてくるのもなんかイヤな感じするな」
「あ。元栓制御の固着紋が出るのは、胸じゃないです。というのも、胸だと操作しづらいですから」
「ん? 操作? どういうこと?」
「元栓制御は、その名の通り制御するわけですから。そのための操作を、メグルさん自身で行なうんです」
「なんかよくわからんけれども」
「そうですね。実際にやってみたほうがわかると思います。元栓制御の護符、取り込んじゃいましょう」
「えーと、あの、封邪の護符のときみたいな儀式やるの?」
「いえ、これはわたしが作った護符ですから。そんな面倒なことはしませんよ。封邪の護符とか導きの護符とかの、古の護符と呼ばれるものは面倒なんですよ。わたしが最初から作れば、もっと簡単に済みますよ」
「そうか。あれ、ちょっと恥ずかしかったからな。これは、どうすればいいんだ?」
「うふふ。ちょっとカッコよくしましたよ。いいですか? この護符を右手に持ってですね。腕時計を見るような感じで、左腕の前腕部に押し当てます」
「ふむ。やったぞ。それで?」
「フェードイン! って叫んでください」
「えええ。叫ぶのか……。しょうがないな……。……フェード、インっ!」
腕に押し当てていた元栓制御の護符が輝き始め、俺の左腕に吸い込まれるように入っていった。……フェードイン……か。
「成功ですね。固着紋、出てますよね?」
俺は左腕を見てみる。そこには確かに固着紋が出ていた。えっ。何だこの固着紋。
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