その43:イチャイチャと元栓制御

 翌早朝。例によって海岸の展望台で深呼吸したあと、俺は日和山へ向かう。ひよりはもう、この展望台で泣いてることもないんだろうなぁ、と思いながら。神界からの移動は修正されたわけだし、こんちゃんやマッコちゃんもいるから、ひとりで近所を徘徊することもないだろうしな。

 日和山に着いて海側の階段を上る。ひよりはもう方角石に座っていた。

「おはようございます。メグルさん」

「おう。おはよう。相変わらずだな」

「うふふ。わたし、朝は強いですからね。こんな気持ちいい、朝の時間を過ごさないなんてもったいないですよっ」

「俺もそれは思うよ。こんちゃんとマッコちゃんは弱いみたいだけどなぁ」

「そうなんです……。いつも苦労させられるんです……」

 ひよりは、やれやれという感じで肩をすくめてみせた。


「昨日は護符も作ってたんだろ? どんな感じ?」

「マッコちゃんのところに設置する共鳴の護符はすぐできたので、マッコちゃんが来たときにでも渡せばそれで大丈夫です。設置はマッコちゃんもできるはずですから」

「マッコちゃんの湊稲荷はちょっと距離あるからな。連絡はできたほうがいいよな」

「問題は、メグルさんの『元栓』の方なんです」

「もう、元栓っていうのが普通の呼び方になっちゃったな。……やっぱり、面倒なのか?」

「一応、方法的にはできるはずなんですけどね。ただ、封邪の護符の作用に対して個々にフィルタをかけることになるので、汎用的なやり方では効果が確定できないんです。だから……」

「んー。すまん。全然わからん」

「えーとですね。要は、封邪の護符の固着紋を、もっとじっくり観察しないと護符が作れないっていうことなんです」

「俺の胸にある、固着紋をか。でも、こないだ呼び出し札作るときに、俺を気絶させた上でじっくり見てなかったか?」

「そのために気絶させたわけじゃないですよっ。あのときも確かに見ましたけど、封邪の護符の固着紋は変化していくんです。特に、新たな能力を取り込んだわけですから、さらに変わってるはずです」

「あ。そういうもんなのか?」

「そういうもんなんです。それも含めて、今回作ろうとしている護符が影響する部分を、また見ないといけないんです」

「ふむ。よくわかった……わけじゃないけど、とにかく俺の胸の固着紋を見せろと、そういうことだな?」

「そういうことなんです」

 ひよりがこくりとうなずいた。


「そうか……。それならまぁ、かまわんけどもな」

「すみません。それじゃあ……。ヘブンズ……」

「うわ。待て待て。別にヘブンズストライクとか出す必要ないだろっ?」

 拳を握って半身になるひよりを見て、あわてて制止する。

「気絶している方が、恥ずかしくないんじゃないかと思って……」

「恥ずかしくないことないけど、気絶させられるよりはいいよっ」

「わたしが恥ずかしいんです……。気絶してる相手なら模型みたいなものなんですけど、起きてるんだと思うと……」

「だからって気絶さすなっ」

「そ、それじゃあ……。そのまま見させてもらいます……」

「お、おう。シャツ、めくればいいか……?」

「はい……」

 俺はベンチに座り、自分でシャツをたくし上げる。顔が見えるとなんとなく恥ずかしいので、たくし上げた自分のシャツで顔を隠すようにする。ひよりの顔が俺の胸に近づいているのがわかる。息遣いまでわかるようで……。やっぱり気絶しといたほうが恥ずかしくなかっただろうか?


「ほらー。ちょっと目を離すとまたイチャイチャしてるー。あはは」

「ひあああっ」

 突然声がして、ひよりが心臓がつぶれたような声をあげる。シャツを少し下げて声の方を見ると、こんちゃんが体操着姿で立っていた。

「まったくー。朝っぱらからそんなことをしてるなんてねー。マッコがいたら『ひより先輩、大人すぎるっス! フケツっス!』とか言われるんじゃないのー? あはは」

「こここ、こんちゃん! べ、べつに、イチャイチャなんてしてないよっ。フケツだなんてそんなこと……。メグルさんの、元栓の、護符を作るために、固着紋を、見てただけだからっ」

「ならそんなに焦ることないのにー。そういう気持ちがあるから、焦るんだよー。なんてね。わかってるからいいけどさー。あはは」

「おう。こんちゃん、おはよう」

「メグルくんは割とマイペースだねー。女子を目の前にしてシャツをまくりあげてるのに。あはは」

「ホントに、護符を作るために見せてもらってたんだからねっ」

「わかってるってばさー。もっとよく見せてもらいなよー」

「しかしこんちゃん、今日は早いんだな。昨日は昼過ぎまで寝てたくせに」

「昨日の夜、言ってたじゃないー。朝からランニングするって。有言実行だよー。あはは」

「なるほど。それで、体操着なのか」

「そうだよー。この格好も恥ずかしいんだけどねー。動きやすいのも確かだからねー。早朝だし、いいかなーって。格好から入らないとねー」

「急に声かけられたから、わたしびっくりしたよっ」

「あはは。アタシが朝弱いから来ないだろうと思って油断したねー?」

「べつにそんなことないけど、こんちゃん、いつも変なタイミングで来るから……」

「確かに、そうだな」

「あはは。狙いすましてるんだったりしてー。そういうのに対して鼻がきくのかもねー。ま、あんまりお邪魔してもアレだから、アタシはランニングを続けるよー。じゃあまたあとでねー。ごゆっくりー。お・た・の・し・みー」

「楽しんでるわけじゃないよっ。……行っちゃった。ホントにもう……」

「こんちゃんの動きも読めないなぁ……。朝弱いのに、たまに朝早く来るしな」

「こんちゃん、人をからかうの好きだから……。固着紋、もうちょっと見させてもらっていいですか……?」

「おう。……気絶させてなくてよかったな」

「……っ! 確かに、気絶させてシャツめくってたら、何言われたか……」

「ホントによかったな」

 それからしばらく、ひよりは固着紋を見てメモをとったり考え事をしたりしていた。


「どうだ? なんとかなりそう?」

「はい。だいたいわかりました。いろいろできそうです」

「ほぅ。頼もしいな。今日作ってくれるの?」

「今日もカフェはお休みなので。夕方には出来てると思うんですけど」

「それはありがたいな。俺は今日一日、バイト先で能力が暴発しないように注意しとけばいいわけだな」

「はい。明日からは気にせずにいられると思います」

「そうか。じゃ、今日はバナナオムレット買ってきてやるから」

「うふふ。待ってます」

「夕方か。こんちゃんとマッコちゃんもいるかな?」

「たぶん来てると思うんですけど……。どうでしょうね。もし来なかったらわたしが全部食べるから大丈夫ですよ?」

「うむむ。全員分か。まぁいいや。買うか。……それじゃ、よろしくな。バイト行ってくるよ」

「いってらっしゃ~い」

 手を振るひよりに手を上げ返して、俺は街側の階段を下りていった。


 バイトを終えた夕方。約束通り、ちょうど四つあったバナナオムレットを全部買って日和山へ向かう。

 街側の階段を上ると、山頂にはひよりだけがいた。

「メグルさん、お疲れ様でしたー」

「ん。ひよりだけか? こんちゃんとマッコちゃんは?」

「なんだか、マッコちゃんが今日から社務所のバイトを始めたんですけど、そのことでこんちゃんにいろいろ聞きたいとかで、ふたりで湊稲荷の方に行ったんです。今日はもう来ないかも……」

「そうか。バナナオムレット、みんなの分買ってきたんだが」

「わたしが全部いただきます」

「……そのためにふたりをここから遠ざけたんじゃないだろうな」

「そ、そんなことしませんよっ。ホントですよっ? ……それより、今日はどうでしたか? 能力出ちゃいませんでした?」

「うん。出ないように気をつけて動いてたんで、大したことはなかったんだけどな。でも一回、階段で転びそうになったときに空中でちょっと静止しちゃったんだよ。それを一人に見られちゃって『目の錯覚じゃないですか?』でごまかしたんだけどな。危なかった」

「咄嗟のときに出るものだから、気をつけていても出ちゃうわけですね」

「そうなんだよ。気のつけようがないっていうかな……」

「うふふ。そんな、能力の漏出にお困りのあなたに! ご用意いたしました! じゃーん!」

「通販か。何が出てくるんだ?」

「あ。でもその前に、バナナオムレットを食べちゃいましょう。悪くなっちゃわないうちに」

「そんなすぐに悪くなったりしないと思うが。……ひよりが三つ食うの? まぁ、別にいいけども」

 俺がひとつ食べる間に、ひよりは三つをがふがふと食べた。小さい身体でよく食うなぁ。太るぞ。まぁ、もともとが幼児体型だから、こんちゃんなんかより目立たないかもだけど。でもこんなこというと、護符を出してくれないかもしれないからな。黙っとこう。

 というようなことを考えていると、食べ終わったひよりがふところから護符を取り出した。

「そんな、能力の漏出にお困りのあなたに! ご用意いたしました! じゃーん! 元栓制御の護符~!」

 うーん。ネーミングにひねりがないが、まぁいいか。機能がちゃんとしてればな。

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