その42:ブーブーとお姫様
銭湯は、日和山から歩いて十ニ、三分くらいのところにある。巫女連中は風呂に入らなくても媒介石に入ってしまえば汚れなんかは落ちるらしいから、入る必要はないらしいんだが。でも実際にお湯に入るのと入らないのとでは気持ちが全然違うらしい。まぁそれはそうなのかもな、とは思うけれども、金がかかるからなぁ。
その銭湯への道すがら、マッコちゃんがこんちゃんに聞く。
「こん先輩。マッコウォーク使わなくてもいいっスか?」
「あー。いいよー。歩けるときは歩かないと、ちょっとねー……」
こんちゃんはお腹をさすりながら答える。昨日からかったのが気になっているようだ。
「そうだよ。こんちゃんはもうちょっと動かなきゃだよっ」
「アタシは遠距離攻撃タイプだからねー。動かないでいいんだよー。あはは」
「戦いのときじゃなくて、普段の話だよっ」
「ひよりだって、そんなに動いてないんじゃないのー?」
「わたしはカフェのバイトでけっこう動いてるし……。メグルさんと探索にも行ってるから……」
「アタシも探索はしてるけどねー。ひとりだとなかなか身が入らなくてねー。今度メグルくんを借りて行こうかなー。あはは」
「えっ。それは……。あの……。わたしひとりだと行けないから、メグルさんはわたしと……」
「それじゃ、ひよりとアタシで行こうかー。あはは」
「えっ。それもいいかもだけど、でも……、それは、どうかなぁ……」
「冗談だよー。ひよりとメグルくんはバディなんだから、ふたりで行きなー。あはは。面白いなー」
「それじゃあ、こん先輩はマッコと行きましょうっス。疲れたらウォーク使うっスから」
「あー。それいいねー。今度、一緒に行こうねー」
「結局ウォーク使って、動かないのかよ」
「疲れたら、だよー。あはは」
「なんか、すぐ疲れたって言いそうだなぁ。しかし、マッコちゃんっていろいろ便利な技があるよな」
「基本、マッコはサポート系っスから。日々、どんなことが出来るか考えてるっス」
「使えなかったのもあるけどねー。あはは」
「ほぅ。どんな?」
「そうっスね……。マッコブーブーとか……」
「なんだそりゃ」
「あっ。あれだよねっ。見えない空気のクッションを作って椅子の上に置いて、そこに座るとオナラが出たみたいに鳴っちゃうやつ」
「あー。あったねー。面白かったけど、何に使うんだって先生に怒られたらしいねー。あはは」
「でもそれを元にして出来たのが、衝撃吸収用のマッコバルーンっスから」
「うんうん。そういう風に役に立たないかもしれないけどいろんなことを考えてるのが、大事なことにつながっていくんだよっ。やっぱり、マッコちゃんもすごいよっ」
「へへへ。ひより先輩に褒められると、恥ずかしいっス」
「なるほどなぁ。力をどういう風に応用していくかが、大事なんだな。ふむ。……しかし、おまえら、オナラ出るの? トイレ行かないとか言ってなかったか?」
三人が横を向いて唇を突き出し、息をふーふー出す。……マッコちゃんも口笛吹けないのか。
などと話をしているうちに、銭湯に到着した。
そして風呂上がり。風呂に入ってる間のことは、すっ飛ばすしかない。俺の入浴を描写してもしょうがないからなぁ。たまに女子の誰かの視点で語りをいれるのもいいかもしれないが。……いったい何を言っているのか自分でもわからない。
なにはともあれ、先に風呂をあがって待っていると、例によって女湯のほうが騒がしくなる。のぼせてしまっているこんちゃんを脱衣所に連れ出して、身体を拭いたり服を着せたりしているらしいんだが。風呂屋の方も迷惑だろうなぁ。出禁にならないんだろうか。
「メグルさーん。わたしたちもうすぐ出ますけど、大丈夫ですかー?」
「ああ。オッケーだぞー。いつでもいいぞー」
ひよりが、こんちゃんをかついで出てくる。マッコちゃんは、微風のマッコブリーズをこんちゃんにあてているようだ。
「あはは。毎度ごめんねー。ふにゃー」
「いや俺は別にかまわないんだけどさ。風呂屋の方に迷惑かけてるんじゃないのか?」
「一応お詫びの意味を込めて、フルーツ牛乳とかコーヒー牛乳とか、いっぱい飲んできたけどねー」
「のぼせてても牛乳は飲むのか……。って言うか、それ俺の金だろうがっ」
こんちゃんとマッコちゃんとひよりが、俺の方を見て一礼して言う。
「「「ゴチになりました。ゲフ」」」
同時にゲップも。どれだけ飲んだんだ。
その後、湊稲荷神社へ向かう。湊稲荷までは、マッコウォークでこんちゃんを運んでいる。
「……それじゃあ、マッコはここまでっスね。あとはめぐっち、お願いするっス」
「おう。……よっこらせっと。お願いされたっと……」
「ふにゃー。マッコ、ありがとねー」
「どういたしましてっス。あ、めぐっち。マッコは明日から社務所のバイトが入るんで、お金が入ったら今度はマッコがおごるっスよ」
「おおお。そうか……。マッコちゃん。ありがとうな。そんなことを言ってくれるのはマッコちゃんだけだ。先輩連中はむしり取るばっかりでなぁ……。こんちゃんも最初は気前よかったのに……」
「あはは。最初はねー。でも、バイトしたお金の大部分を神様に納めなきゃいけないみたいでねー。守りに入らなきゃいけなくなっちゃってねー。ふにゃー」
「え……。そうなんスか? 全部自分で使えるわけじゃないんスね……」
「ま、まぁ、俺としてはみんなが自分の分は自分で払ってくれればそれでいいから。おごってなんてくれなくてもさ」
「善処するっス……」
神様のところ、意外とブラックだからなぁ。最後は俺のところにとばっちりがくるので、その辺なんとかしてもらいたいもんだけどなぁ。
湊稲荷神社でマッコちゃんと別れ、今度はこんちゃんを送って開運稲荷神社へ向かう。
「おい、こんちゃん。また俺の背骨に腹があたってるぞ」
「ふにゃー。もうだまされないよー。そんなにお腹出てませんー」
「でも……さっき牛乳いっぱい飲んだから、わたしちょっとお腹がちゃぽちゃぽ言ってるよ……」
「え……。そういえばー……」
「おまえら、人の金でどんだけ飲んだんだよ。なんとなく腹があたってるような気がするの、ホントだぞ」
「えええ……。メグルくん、下ろしてー」
「もうちょっと腹の感触楽しませてくれよ」
「だめだめだめー。下りるから下りるからー」
こんちゃんが俺の背中を下りる。そして腹をさする。
「な。ホントだろ?」
「……ホントでした……」
「ま、まぁ、こんちゃん、わたしも同じだけど、水分でお腹が膨れてるだけだよっ。すぐ引っ込むよっ」
「うわああああん。ふたりとも走るよーっ」
泣きながら、こんちゃんが走っていく。あと百メートルくらいで着くが。こんちゃんもあんまり進歩しないやつだなぁ。
開運稲荷でこんちゃんと別れる。明日の朝からランニングを始めるとか言っていたが、たぶん一晩寝ると忘れてるだろうなと思う。
そして俺とひよりは、日和山へ。
「いやー。今日も騒がしかった。ひよりはホントならまだ神界にいたんだろうけどな」
「まぁ、報告書を出してくるだけですからね。一日いる必要はもとからないんですけど」
「突然、しかもこの方角石から出てきたからびっくりしたよ」
「うふふ。今まで展望台に出ていたのは、わたしの方向音痴のせいじゃなくてシステム的なものだとわかりましたからね。もう一回言いますよ。方向音痴のせいじゃなかったんです」
「はいはい。わかったよ」
「もう。メグルさんはさんざん方向音痴だからってバカにして……」
「いや、神界から来るとき以外でも普通にあそこで迷子になってたじゃないかよ」
「う……。それは……。とにかく、神界から来るときのはシステムの問題だったんですよっ。……でも、なんであんなミスがあったのかな……」
んー。たぶん神様がなんか仕組んでたんじゃないかという気がするけど、ひよりに言っていいのかどうかわからないので、黙っておくことにしよう。
「まぁ、それに気づいて直しちゃうってのは、さすがひよりってことなんだろうな。俺にはよくわからんけどもな」
「えへへ。そうなんですよっ。さすがわたしなんですっ」
「自分で言うと価値が下がるなぁ。……あと、俺の能力の元栓もなんとかしてくれるって言ってたよな?」
「はい。やり方は一応考えたので、それを具体化するのに、今夜と、明日あたりまでかかるかもですが」
「そうか。ありがとうな。俺のために」
「うふふ。大事なバディですから」
「その作業これからするんなら、俺も早めに退散するか。それじゃな」
「あ。あの……」
「ああ。またおんぶか。何の儀式なんだか。……ほらよ」
俺は背中を向ける。
「いいじゃないですか……。うふふ」
「まぁ、いいけどな。あ、やっぱり腹があたるな。まぁ、ひよりの場合はいつもあたるのは腹だけどな」
「なっ……。どうせわたしには、こんちゃんみたいなばいん感はありませんよっ。もうっ」
「お。ヘブンズストライクが来るかと思ったけど、来ないのか?」
「今日は、いいです。その代わりに、あれをしてください」
「あれ?」
「こんちゃんとマッコちゃんに、したんですよね」
「なんだっけ」
「とぼけるんですかっ。あれですよっ。……むにゅむにゅ……抱っこ……ですよ……」
「なんて?」
「わかってるくせにっ。……お姫様抱っこですよっ」
「わかったよ……。あれみんな不可抗力なんだけどな……。でもまぁ、平等にな……」
ひよりの背中とひざ裏に手を回し、ぐっと力を入れる。
「ひゃっ」
「変な声出すなよ……。しかし、やっぱりこんちゃんやマッコちゃんと比べると軽いな」
「どうせ、発育不全ですよっ」
「そんなこと言ってないだろ。……もういいか? 下ろすぞ」
しばらく抱っこをしたあと、ひよりを下ろす。
「もう。どうせならもっといいこと言ってくれればいいのに」
「何言えばいいんだよ。……でもまぁ、これでみんな平等だな」
「……マッコちゃんは一回多いですよね?」
「……気づいてたのか」
「うふふ。マッコちゃん、ごまかすの下手ですからね。そこがかわいいんですけど」
「すごい睨んでたくせに。マッコちゃん、ひよりのことすごい尊敬してるんだから、変な態度とるなよ?」
「そんな睨んでなんて……いたかも……ですけど……。でもまぁ、あと一回分、わたしにはお姫様抱っこの権利があるわけですねっ」
そういうことなら、こんちゃんにも一回分あるわけだが。してもいいんだろうか。聞くと今度こそヘブンズストライクが飛んできそうなんで、聞かないけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます