その41:チームバランスと発育不全
「要は、イメージですからね。能力を発現させるためのイメージを固められるように、トリガーを使うわけですから。元栓を締めるっていうイメージを固められればいいんです」
「ふむ。元栓のイメージな……」
確かに、コントロールしようとするよりも止めてしまう方がイメージはしやすいかもしれない。しかも、今現在俺は「受け流し」と「水」と「飛行」の少なくとも三つの能力を取り込んでいる。それらをそれぞれコントロールするとなると、俺には難しいだろう。それらを一括して止められるのなら、その方が簡単そうではある。
「……元栓って、英語で何ていうんだ?」
「あはは。知らないよー。別に、英語じゃなくてもいいんじゃないー?」
「だって、みんなの技名、英語っぽいじゃないか」
「だいたい、神様がつけてくれてるっスからねー。マッコたちは、それを憶えてるだけっス」
「いざというときに忘れちゃうと困るから、わかりやすいのがいいですよ?」
「元栓! でいいんじゃないかなー。あはは」
「かっこわりい……と思うんだが」
「た、確かに、緊迫した場面でそれ言われたら、力抜けそうっスね。うぷぷぷぷ」
「でも『元栓!』って言ったら、鬼が『あ。うちの戸締まり大丈夫かな』って思って、気もそぞろになって集中力がなくなるかもよー。あはははは」
「うひゃひゃひゃ。そんな鬼、イヤっスー。うひゃひゃ」
「こんちゃんもマッコちゃんも笑いすぎだよ。想像すると面白いけど。うふふふふ」
「ひとの能力のことで遊ぶな。でもまぁ、一応やってみるか。イメージしやすいことはしやすいしな」
俺は立ち上がり、三人に背を向ける。わかりやすいのは、受け流しだろう。これは常時発現しているタイプのやつだからな。
「まずは、何もしない状態で。攻撃を感知すれば受け流すはずだ。それじゃあ、こんちゃん、頼む。一応、最小火力で」
「オッケー。フォックスフレイム!」
小さな火の矢が俺の横を通り過ぎる。後ろは見えないが、こんちゃんのフォックスフレイムを受け流したんだろう。
「うん。いつもどおりだねー。受け流してるよー」
「それじゃ、能力止めてみるぞ」
俺はガスの元栓を思い浮かべ、すべての能力の流れを止めるように、ツマミを横にひねるのを想像する。そして
「元栓!」
と口にする。
「うひゃひゃひゃ」
マッコちゃんが笑ってるが気にしない。
「よし。こんちゃん、もう一回頼む。もし引火したら、消してくれよ」
最小火力とはいえ、受け流さなければ服が焦げたりするかもしれないし、熱いかもしれない。一応、燃えないようにシャツをあらかじめ濡らしてもいるが。
「大丈夫です。水入りバケツ持ってますから。すぐに浴びせられますっ」
「行くよ! フォックスフレイム!」
緊張しながら待っていると、横を火の矢が通り過ぎていった。
「あー。だめだねー。受け流してるねー」
「そうですね。変わってないです」
「そうか。ダメか。うーん」
振り向くと、またこんちゃんが撃ってくる。
「フォックスフレイム!」
あわてて、手をかざす。水の膜が出て、小さな火の矢をかき消した。
「水も健在だねー」
「いきなり撃ってくるなよっ。当たったらどうすんだよ」
「だってさー。そうしないと、わかんないじゃないー」
まぁ、それもそうなんだが。受け流しも水も止められてないんなら、飛行も同じだろう。
「やっぱり、難しいみたいですね。メグルさんは地上人なんだし、当たり前ではあるんですけど。そのうちできるようになるだろうとも思うんですけどね」
「うーん。まぁ、変なときに能力が出ないように気をつけてれば大丈夫だとは思うけど、咄嗟だとわかんないからなぁ……」
「そうですねぇ……」
ひよりは額に指を当てて、何か考えているようだ。
「……あっ。そうだ。あの……」
何か思いついたようにひよりは声をあげたが。
「めぐっちが変人の烙印を押されてこっちで生活できなくなっちゃうと困るっスねー」
「そうしたら、神界で暮らしなよー。ひよりと一緒にさー。あはは」
マッコちゃんとこんちゃんの会話で、動きを止めた。
「ん? どうした? ひより」
「なんか思いついたー?」
「思いついたんっスねっ。さすがひより先輩っス」
「いえ……。あの……」
額に指を当てたまましばらく動かなかったが、やがて頭を何度か振ってこちらを見た。
「メグルさんの能力を止めるのは、わたしがなんとかしてみます。方法を思いついたので」
「お。マジか」
「さすがっスー。カッコイイっスー」
「えー。いいのー? このまま行けば、メグルくんが神界に移住するかもしれないのにー。あはは」
「こんちゃん! 何言ってんのっ。わたしそんなこと、考えてなんか……ないよっ」
「あはは。冗談だってばー。冗談言っただけだよー。……アタシはね。あはは」
「こほん。メグルさんの能力に関しては、護符を使えばなんとかなると思うんです。わたしが護符を作りますから、それでやってみましょう。すぐには出来ないと思うので、明日の夜くらいになるかもしれませんが……」
「そんな護符ができるんスかっ? もう何度も言うっスけど、さすがひより先輩っス!」
「へー。一応そういう風なこと考えたりはするけどねー。ホントにやっちゃえるのは、ひよりだけだよねー」
「そんなスゴイことなのか?」
「そりゃスゴいっスよっ。護符を書けるなんて、巫女の中でもそんなにいないんスよ? 写すのが精一杯なんっスから。それを、ひより先輩はオリジナルの護符まで作ったりするんスからっ」
「あ。そういえば、護符通信するための共鳴の護符、マッコちゃんのところにも設置しなくちゃだね。それも作るから待っててね」
「えっ。もうそんなのがあるんスかっ? 使ってるんスかっ?」
「ああ。俺の封邪の護符に対して共鳴して文字通信ができる『呼び出し札』なんてやつも、作られたな」
「なんスかそれっ? そんな、マッコの理解を超えるものまであるんスか?」
「そんな大したものじゃないよっ。共鳴の護符をちょっと応用しただけなんだから」
「大したもんっスよ~。マッコ、そんなの全然できないっスよ~」
マッコちゃんは相当ひよりを尊敬してるんだな。お姫様抱っこバレを恐れるのも無理ないか……。
「あはは。メグルくんはあんまりピンとこないかもしれないけどねー。ひよりはホントにスゴいんだよー。護符を書く巫女は他にもいるけど、その上で鬼と戦ってるっていうのはあんまりいないしねー」
「えへへ。こんちゃんもマッコちゃんも、そんなに褒めたって……」
ひよりは、鼻をふくらませてフンスカ言っている。
「ホントだよー。もしひよりが遠距離攻撃が出来て飛行が出来て方向音痴じゃなくて発育不全じゃなかったら、超完璧巫女だよねー。あはは」
ひよりの頭の上に、石が四つばかりガンガンガンガンと落ちたような絵が見えたような気がした。
「なっ……。こんちゃん! なんてこと言うのっ! 遠距離攻撃や飛行はともかく、方向音痴もまぁ、しょうがないとして……、発育は関係ないよっ」
「あはは。そんなとこでも突かないと、ひよりの弱点はないってことだよー」
「なるほどなぁ。遠距離攻撃と方向音痴はこんちゃんが補ってるし、飛行と発育はマッコちゃんが補ってるから、このチームはバランスがとれてるんだな」
「マッコもチームのバランスをとってるんスねっ。やったっスー」
「だから、発育は関係ないよっ」
「あはは。もう夜だし、発育を確認するためにも、お風呂行こうかねー」
「そんなの確認しなくてもいいよっ。こんちゃん、お風呂行きたいだけでしょっ」
「めぐっちの特訓でけっこう動いたし、マッコもお風呂行きたいっス」
「ああ。そうだな。マッコちゃんはまだお金ないだろ? 特訓してもらったし、俺が出すよ」
「ホントっスか? あざーっス」
「メグルくん、アタシのは?」
「こんちゃんはお金あるだろ?」
「……ひよりー。メグルくんは、発育のいいマッコちゃんにだけお金出すそうだよー?」
ひよりが俺とマッコちゃんを見る。ギン! という音が聞こえたような気がした。
「あわ。あわわ……。マッコ、やっぱお風呂いいっス……」
「あー。わかった。マッコちゃんも半泣きになるな。今日も全員分俺が出すから、みんな楽しく入ろうぜ!」
「あはは。そんなつもりなかったのになー。でもせっかくだから、ゴチになろうかねー」
「発育の悪いわたしもいいんですか?」
「あ、当たり前だろ。そんなの関係ないって、いつも言ってるだろ」
「あはは。メグルくん、太っ腹ー」
くそ。最近はこんちゃんも金を出し惜しみするようになってきたな。金の出し惜しみって言うより、俺を陥れるのに楽しみを感じてるんじゃないのか? まったく……。
「メグルくーん。行くよー。あはは」
こんちゃんを先頭に、三人の巫女は街側の階段を下りていく。
「おい。巫女服じゃなくてセーラー服になっといたほうがいいんじゃないか?」
「あ。そうですね。メグルさん、五秒くらい後ろ向いてください」
ひよりが言うので、後ろを向いて五つ数える。振り向くと、セーラー服の三人が階段を下りきるところだった。
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