その38:特訓体操着とトリガー

「遅いよふたりともっ。地獄の特訓が怖くてビビったんじゃないでしょうねーっ」

 海側の階段を上った先に、昼の太陽を背にこんちゃんが立っている。

「す、すみませんっス! 寝過ごしてしまったっス!」

「いや、こんちゃんが遅いから俺が迎えに行ったんだろうが」

「ちょっとカッコつけてみたかっただけだよー。あはは」

「なんだ。こん先輩も遅れたんスか。怒られるかと思ったっス」

「うん。ふたりで遅れちゃってメグルくんに迷惑かけたからねー。罪滅ぼしをしないとねー。でも、特訓を甘くしても意味がないからねー。別方面で埋め合わせしないとなんだよねー」

「埋め合わせっスか」

「俺は別に気にしちゃいないし、どうでもいいけどな」

「そうはいかないよー。マッコ、こっちおいでー」

「はいっス」

 こんちゃんとマッコちゃんが並ぶ。こんちゃんはスラリとして女子としては長身で、本人は太るのを気にしているけれどもスタイルもいい。マッコちゃんは、まだ発育途上と思われるにも関わらず、まぁ、ばいんばいんだ。巫女服姿だと、ふたりともあんまり強調されないけれども。


「それじゃあ、マッコ、特訓に先立ってコスチュームチェンジしようかー」

「え。巫女服じゃダメっスか? セーラー服にでも……?」

「いろいろ動くからねー。体操着にチェンジするよー」

「えっ。体操着っスかっ? あれはちょっと……なりたくないっスよー。特に今は……めぐっちもいるじゃないっスか」

「だからねー。罪滅ぼしとして、埋め合わせとして、アタシたちは恥を忍び、メグルくんには目の保養を、っていうことなんだよー」

「ええーっ。マジっスかー? 下はブルマだし、あれ着ると上の方もちょっと……ばいんに引っ張られて、おヘソが出ちゃうんっスよー」

 ふむ。マッコちゃんならではで、ひよりだと絶対にありえない現象だな。しかし、体操着ってみんなに不評なんだな。

「いや、あの、俺は別に体操着姿を見たいわけじゃないんで」

「ほー。ひよりはすぐ体操着にさせようとするのにー? ひより、こぼしてたよー」

「えっ。めぐっち、ひより先輩の体操着姿は見たがるんスかっ? めぐっち、まさか、ロリ……」

「あれは、ロリコン鬼に効いたから他の鬼にもどうかと思ってだな……。俺が見たいわけじゃないよっ。それにマッコちゃん、ナチュラルにひよりをロリっ子扱いしてるぞ」

「あ。それはひより先輩には言わないでほしいっス。怒られるっス」

「とにかく、コスチュームチェンジするよー。メグルくん、ちょっと後ろ向いててねー」

「うううー。マジにマジっスかー」

「「コスチュームチェンジ! 体操着!」」

 俺が後ろを向くと、ふたりの声がして、後ろが光ったような気がした。


「はい。メグルくん、こっち見ていいよー」

 振り向くと、体操着姿のふたりがいる。赤というか、エンジのブルマに、同じ色のラインが入った半袖のシャツ。シャツには「こん」「まるこ」と書いたゼッケンがついている。そして白い運動靴とふくらはぎまでのソックス。

 どういう仕組みで服が変わるんだろう。おそらく、考えてもしょうがないんだろうけど。

「ううう……。恥ずかしいっス……」

 マッコちゃんは、以前のひよりと同じようにシャツの裾を引っ張っているが、下は隠せない。どころか、上のばいん感が強調されてしまう。んー。同じ状況でも、人によって苦労することって違うんだなぁ。

「さあ、どうかなー。メグルくん。目の保養になったかなー」

 こんちゃんはまぁ、普通の体操着姿という感じで、違和感がない。しっくりくる。

「こんちゃんは恥ずかしくないのか?」

「いやー。ちょっと恥ずかしいけどねー。水着よりはいいかなーってねー」

「マッコは、水着のほうがまだいいっス。体操着は中途半端で、イヤっス」

「じゃあ、水着にすればいいんじゃないのか?」

「またメグルくんのナチュラルえっちが出たよー。ダメー。却下ー。体操着でー」

「うう。理不尽っス……」

 まぁ、俺としては何でもいいんだが。

「マッコちゃんがやりづらそうだから、巫女姿でやろうぜ。特訓に身が入らないと、効率悪いからな。こんちゃんの『埋め合わせ』ってのは十分伝わったからさ」

「めぐっち……。サンキューっス……」

「んー。そうかー。メグルくんは、巫女姿が好きだと。巫女に痛めつけられるのが一番興奮すると。いうことだねー。あはは。了解了解。ひよりにも伝えておくよー。いつも巫女姿のひよりにヘブンズストライクを食らってるから、そういう性質になっちゃったんだねー」

「いや、そういうことでは全然……。まぁどうでもいいや。とにかく、特訓しようぜ」

「ん。それじゃ、巫女が特訓してあげるねー。あはは」

 こんちゃんとマッコちゃんは、巫女姿に戻った。ここまでの一連の流れは必要だったんだろうか。時間の無駄だったんじゃないだろうか。などと考えててもそれも時間の無駄だ。特訓しよう。特訓。


「さて。それじゃあメグルくん、昨日の話だと、鶴鬼の能力が取り込まれたみたいだけど、自力じゃ出せないってことだよねー。それだけじゃなくて、意識してないときに出ちゃう場合もあると」

「うん。どっちかというと、意識してないのに出ちゃうのが問題だよな。暴発するみたいなもんだからな」

「そうだねー。でもそれは、意識して出せるようにすれば解決しそうだよねー。要はコントロールできるかどうかだからねー」

「んー。身の危険を感じると咄嗟に出るみたいっていうのはわかるけどなぁ。自分の意志でっていうのは出来ないんだよなぁ。ちょっと自分で試してはみたんだけどな」

「ふーん……。フォックスフレイム!」

「おわっ。いきなり撃つなっ!」

 こんちゃんがいきなり撃ってきた。ごく小さめな炎の矢だが。俺は咄嗟に手を出して防御した。手のひらが少し熱くなったが、炎の矢は消えたようだ。

「……防御したねー。水流で迎え撃つんじゃなくて、水の膜を手のひらに作って。いろいろできるんだねー。でも咄嗟にはできるけど意識してはできない。ということだと……」

「トリガー……っスかね」

「トリガー?」


「マッコたち巫女はもともと何かしらの力を持ってるんスけど、小さい頃はそれが何の力なのかわからないし、使い方もわからないんっス。それで、力を開発したり訓練したりするんっスけど……」

「力っていうのは割と漠然としたものでねー。それをどういう風に使うかっていうのが難しいんだよねー。力の訓練っていうのは、その使い方を学んで自分なりの使い方を作っていくことなんだよねー」

「ふむ?」

「それで、その自分なりの使い方が『技』なわけっス。力をどう練り上げて、どう開放するかっていうのを自分で組み上げていくわけっス。つまりは、何かの技を使うためには、すごい苦労が必要なんスよ。本来は」

「その苦労の末にたどり着くものを、メグルくんはいきなり手に入れてるわけなんだよねー。でもそれはすでに使える状態にあるわけだよねー」

「んー。巫女のみんなは技を自分で組み上げていったけど、俺はその完成品を手に入れてるわけだな」

「そうっス。でも、完成品はあるけど、マニュアルを持ってないんス」

「どんな技があって、それを使うにはどうするかっていうのが、わかってないわけだよねー」

「でも、咄嗟のときには技が出るわけだよな」

「それはアタシたち巫女にはわからないけど、鬼にはそういう非常回路みたいなのがあるのかもだねー」

「巫女と鬼では違いがあるのかもしれないっスけど、基本的なところは同じはずっス」

「技を理解して発動するしないを制御できるようになれば、出すべきところで出して、出せないところでは出さないようにできるわけだな。非常回路には触れずに」

「そういうことだねー」


「で、トリガーってのは何なんだ?」

「もう技はあるわけっスから、それを発動するものを用意すればいいわけっス」

「ふむ。その『もの』がトリガーか。具体的には?」

「フォックスフレイム!」

「うわ。またいきなり! でも、はずしたか」

「はずしたのは、わざとだよー。アタシたちも、トリガー使ってるっていうのをわかってもらいたくてねー」

「マッコストーム! ……これもわざとはずしたっスけど」

「おわっ。びっくりした。それもまともに食らうとやばそうだな。……つまり、トリガーってのは」

「あはは。技の名前を叫ぶっていうのは、伊達じゃないってことだねー」

「なるほど……。技の名前を叫ぶ……か。アニメなんかじゃよくあるけど。……それって、恥ずかしくないか?」

「アタシたちの攻撃、さんざん受けてるのにねー。いつも恥ずかしく思ってたー?」

「いや……。そういうもんなのかな……と」

「あはは。そういうもんなんだよー。だから、メグルくんも慣れることだねー」

「自分でやるとなるとなぁ……。で、技名って、どうすればいいんだ?」

「マッコたちのは、神様が命名するのが多いっスね」

「あ……。そういえば、前にひよりもそんなこと言ってたな」

「まー、メグルくんは自分でつけていいと思うよー? イメージしやすい名前にすれば、出しやすいだろうしねー」

「自分でって言ってもなぁ……。技の名前を自分でつけて、叫ぶとか……。逆に恥ずかしくなりそうだなぁ」

「あはは。技名も必要なんだけど、まずは技を出す感覚を憶えないとねー。その技と技名を結びつけるわけだしねー」

「そうっス! 非常回路でもなんでも、技を出したときの感覚を憶えるっス! そのためには、どんどん技を出さないといけないっス!」

「つまり……?」

「これからバシバシ攻撃するから、メグルくんも技を出して防御なり攻撃なりしないと怪我するよってことだねー。行くよー。あはは」

 こんちゃんとマッコちゃんの、怒涛の攻撃が始まった。こんちゃん、なんか楽しんでないか?

 まぁ、手加減はしてるんだろうけど。それでも俺は必死だ。もしひよりもいたら、三人の攻撃を受けてたんだろうか。それともひよりは俺をサポートしてくれたりしただろうか。

 ひよりは今頃、神様に報告書を提出してるんだろうか。


「くちゅっ」

『ん? ひより、風邪かい?』

「いえ、神様……。違います。えーと、報告書、これでいいですか?」

『ん……。ご苦労さま。あとハンコ押してな』

「はい……。くちゅっ」

『風邪じゃないのかい?』

「風邪なんか、ひきませんよ。(……メグルさんがわたしのこと考えてるんだったりして。うふふ)」

『はぁ……。ひよりがそんなこと言うようになるとはねぇ』

「えっ。そんなこと……口に出してましたかっ? 出してないですよねっ。……心の中読まないでくださいっっ」

『読んじゃいないよ……。ニヤついてたから、カマかけただけさ。……で、何考えてたんだい?』

「神様ぁ……」

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