その37:お姫様ふたりは遅刻する

 翌早朝。日の出前に、俺は日和山へ向かった。

 ひよりたちが神界へ行くのに使う「朝の便」とやらは、日の出の時間に出るらしい。それが実際にどんなものなのかは、地上人である俺にはよくわからないんだが。

 ひよりはともかく、朝に弱いこんちゃんやマッコちゃんはそれを利用できるんだろうか。そういや、昨日マッコちゃんが遅く来たのって、寝坊してたんじゃないだろうな。

 などと考えながら歩いていると、日和山に到着する。まだ日の出前だ。山頂に上ると、ひよりが方角石に座っている。

「あ。メグルさん、おはようございます。やっぱり来てくれたんですね。うふふ」

「おはよう。まぁ、早朝深呼吸は習慣みたいなもんだしな。その時間をちょっと早めただけで」

「毎日わたしの顔を見ないと落ち着かないって、正直に言ってもいいんですよ?」

「はいはい。そうですよ。……冗談はさておき、実際、初めて会ってから顔を見てない日はないな」

「冗談なんですかっ。……まぁ、いいですけど。一日一回見ないと、禁断症状が出るかもしれないですね。うふふ」

「お互いにな。……で、報告書は出来たのか?」

「出来ましたよ。鶴鬼さんの能力とか、こんちゃんやマッコちゃんの活躍とか、書くこと多かったですけど」

「んー。俺たちだけじゃ、どうにもならなかったしなぁ」

「そうなんですよね。そういったことも、赤裸々に綴ってます」

「赤裸々て……。情念の報告書か。……お。もうすぐ日の出かな」

「そうみたいですね。それじゃあ、行ってきます。能力の特訓もがんばってくださいね」

「おう。気をつけてな。どういう風に行くんだか今ひとつ理解できてないけど。水着もいいのを作ってもらって来いよ」

「うう……。憶えてたんですか……。できたら忘れててください……」

 ひよりは複雑な表情を浮かべながら光に包まれ、神界へ戻って行った。


 ひよりを見送ったあと、俺はしばらく山頂のベンチに座っていた。

「今日は昼から能力特訓か。確かに俺も戦えれば、直接戦わなくても補助的なことでもできれば、あいつらも楽になるのかもしれないけどなぁ」

 俺は右手を前に突き出して、水が出るよう念じてみる。何も変化はない。

「ダメか。まぁ、自分の手から水を出すなんて、やり方がわかるわけないよなぁ。そんな回路、地上人には無いんだもんな。甲羅鬼の受け流しは、意識しないでも出来てるんだけどなぁ。あれは自動で発動するか、常時発動しているタイプのものなのかな。水は、出っぱなしじゃ困っちゃうからなぁ。少なくとも、昨日みたいに無意識に発動しちゃうことを抑えられるようにしないとなんだよなぁ」

 知らんうちに身体から水が出てたり、寝てるうちに空中に浮かんでたりしたら、生活できないからな。

「こんちゃんとマッコちゃんの特訓とやらで、なんとかできるといいんだけどな」

 今日はカフェは休みのようだ。この山頂にもあんまり人は来ないだろう。俺も今日は休みだから、頑張って能力の使い方を会得するか。

 昼まで身体を休めておこうと思い、俺は一旦日和山を離れた。


 そして、昼。俺はふたたび日和山を訪れる。

「……誰もいやしねぇし、来やしねぇ」

 山頂に着いても、誰もいなかった。俺がちょっと早かったのかなと思ってしばらく待っていたが、ふたりとも来ない。

「あいつら……。朝弱いとか言ってたけど、もう昼過ぎだぞ。くそ、しょうがないな」

 俺はふたりを起こしに行くことにする。護符通信もやり方がわからんし、連絡手段が無いからな。ケータイやスマホの無い時代って大変だったんだろうな。昭和か。


 まず、開運稲荷に向かう。こんちゃんはまだ、こんこんさまの中にいるんだろう。中にいるかどうか、ひよりは見ればわかるらしいが、俺には見ただけじゃわからない。でも、いるに決まってる。

 こんこんさまの足をノックするように叩く。

「おい。こんちゃん、いるんだろ。起きろー」

 すると、こんこんさまが淡く光りだす。そして、こんちゃんが横になった状態で、淡い光に包まれながら出てくる。やっぱりいたか。そして、寝てたか。

 昨日はここで腕を出して、こんちゃんをお姫様抱っこすることになったんだった。……そうだ。今日はちょっと痛い目にあわせてやるか。

 俺は地面スレスレのところで腕を出す。こんちゃんが横になった状態でゆっくりと降りてくる。光に包まれてる状態だと、本人はガードされているらしい。そして、安全になるとガードは解除されるのだとか。

 やがて、俺の腕にこんちゃんの身体が触れるか触れない状態になり、ガードが解除された。そこで、俺は腕を引く。

「ぎゃふ!」

 こんちゃんは、十五センチ程度の高さからだが、背中から落ちることになり、ヘンな声を出した。

「痛ったー! なにこれ。 ……あっ。メグルくん。なんでここに」

「おう。おはよう。今日、特訓とか言ってなかったか?」

「えー。自分が朝早いからって、こんな朝っぱらから……。もう昼過ぎっ?」

「そうだよ。遅いなと思って来てみたら、案の定……」

「あはは。ごめんねー。朝弱くって。えーと、マッコは? 来てた?」

「もう朝じゃなくて昼だってば。マッコちゃんも来てないよ。俺はこれから湊稲荷へ行ってくるから、こんちゃんは先に日和山で待っててくれよ」

「あー。マッコもかー。ごめん。埋め合わせはするから。それじゃ、マッコの方よろしくねー。あはは」

「おう。じゃあ、ひとっ走り行ってくるよ」

 こんちゃんは日和山に行かせ、俺はひとりで湊稲荷へ向かうことにした。


 そして、湊稲荷に到着。マッコちゃんの姿は見えない。まぁ、回るこま犬の中で寝てるんだろう。俺は左側のこま犬をノックする。

「マッコちゃん、いるか? もう昼だぞ」

 こま犬が淡く光る。やっぱりまだいたか。先程のこんちゃんと同じように、マッコちゃんが横になった状態で出てくる。

 こんちゃんと同じように、地面に落としてやるか。……でも昨日来たばっかりだし、疲れてるってのはあるかもしれないしな。……優しくしてやるか。

 俺はマッコちゃんの身体の下に両腕を出す。マッコちゃんを包んでいた光が薄くなり、俺の腕にズシリと重さがかかってくる。同時に、マッコちゃんも目覚めたようだ。


「ん……。あれ、外にいる……?」

「おう。おはよう。マッコちゃん」

「あ、めぐっち……。おはよーっス……。……んんっ? なんスかっ。ここっ。どうなってるんスかっ?」

 マッコちゃんは俺の顔を見上げ、周囲を見回して状況を把握する。

「な、な、お、お姫様状態ーっ? えーっ! なんなんスかーっ! えーっ!」

「落ち着け。今降ろすから」

「だ、だ、こんなの、ひより先輩に殺されるっスよぉーっ!」

「いいから暴れるなって。落ちるぞ。あ、飛べるから平気なのか?」

 なんとかマッコちゃんの足を地面につけるように降ろして、立たせる。

「あわ、あわわ。ひより先輩、いないっスか?」

「ひよりは神界だよ。っていうか、べつにひよりは関係ないだろ? それより、まずは落ち着け」

「はぁ、はぁ。……そういえば、ひより先輩は神界だったっスね。……つまり、ひより先輩のいないスキに、マッコをっ……? 鬼畜っスかっ?」

「あのな……。どう考えるとそうなるんだよ。思い出せ。今日は何をするべき日なのか」

「今日は……ひより先輩は神界へ報告書を持っていって……その間にめぐっちに……。あっ。特訓っスか?」

「そうだよ。それはいつやるんだ?」

「昼からっスよね。こんな朝から……。あっ、お日様があんなところにあるっス!」

「もう昼過ぎなんだよっ」

「ああ、寝過ごしたっス。申し訳ないっス」

「まったく、こんちゃんといい、マッコちゃんといい……。ひよりがその辺はしっかりしてるだけになぁ……」

「ひより先輩はスゴい人っスから……。マッコは足元にも及ばないっス。勝ってるのは、ばいん感だけっス」

「まぁ、その部分に関してだけはどこからも異論は出ないかもだけど……。みんな能力とか個性とか違うんだから、優劣なんてないだろ?」

「そうスね……。めぐっちみたいに、ばいん感無いほうが好きな人もいるっスからね」

「いや、俺は別にそういうわけでもないんだが」

「えっ。それじゃあ、やっぱりマッコのばいん感を狙ってるっスかっ」

「そういうのは関係ないと言っとるんだ。外見だけ見たとしても、ひよりもこんちゃんもマッコちゃんも、それぞれ違うけどみんなカワイイしな」

「か、カワイイ……っスか。そ、そうっスか」


「それよりも、特訓たのむよ。昼もだいぶ過ぎてるし」

「そ、そうっスね。それじゃ、日和山までマッコウォークでお送りするっス」

「いや、俺は走るからいいぞ?」

「いえ、ぜひに。使ってほしいっス」

「そうか。それじゃ、せっかくなんで体験してみるか」

「よろこんでっス! 近くに来て、マッコの肩に手をおいてほしいっス」

「ん……。こうか?」

「も……もっと近くに来てくれたほうが……いいっス」

「ふーん。けっこう密着しないといけないんだな。そういや昨日の銭湯帰り、こんちゃんはもたれかかってたもんなぁ」

「そ、そ、そうなんスよ。それじゃ、行くっス」

 身体が浮き上がる感じがした。地面からほんの少し浮いているらしい。足を止めていると変に見られてしまうので、歩いているフリをする。確かに、これは疲れずに移動できそうだ。マッコちゃんは少し疲れるらしいが。

 俺たちはそのまま日和山まで移動した。

「マッコちゃん、ありがとうな。楽だったよ」

「ど、どういたしましてっス。また密着……じゃなくて、移動に使ってほしいっス」

 階段の手前でウォークを解除して、階段を上る。山頂につくと、こんちゃんが待っていた。

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