その34:水漏れ歓迎会
五合目カフェ開店後、しばらく様子を見てから、俺とこんちゃん、マッコちゃんの三人でカフェに入る。
「いらっしゃいませー」
ひよりが出迎える。
「ほー。しばらくカフェには来れなかったけど、慣れたもんだな」
「うふふ。看板娘ですから」
「アタシはたまに来るけどねー。ゆったりできていいよねー」
「ひより先輩……。カッコイイっス。たすき姿もまた……」
「んふふ。このたすき、髪のリボンと色を合わせてるんだよっ。いいでしょ?」
「いいっスねー。マッコも早く働きたくなってきたっス」
「マッコは湊稲荷の社務所で働くんだよねー。さっき聞いたけど」
「そうっス。そういう方向で結界も設定して、話も通してきたっス」
「……結界ってそんな設定もあるのか」
「神界の者が地上で行動するってなると、いろいろタイヘンだからねー。あはは」
むぅ。結界、おそるべし。まぁ、ひよりもカフェにはすぐ馴染めたしな。
「はいはい。それじゃ、注文お願いします。それからお好きな席へどうぞ」
ひよりが従業員らしく言う。ひよりはこういうの、もともと合ってるのかもしれないな。
そのあと、二階の席で日和山山頂を眺めながら日和山ブレンドや抹茶オレ、アイスコーヒーなどを飲み、チーズケーキやシフォンケーキや方角石アイスを食べたりする。
「あー。おいしいっスねー。眺めもいいし。ここ、サイコーじゃないっスか」
「そうだねー。神社を眺めながらで、しかもこんな景色なんて、あんまりないよねー」
「ククク。そう言ってもらえてありがたいよ」
「うわ」「フアッ」「ヒェェッ」
突然現れた艦長に声をかけられ、妙な声をあげてしまう。初めてのマッコちゃんは特にビビって抹茶オレをこぼしそうになっていた。
「ククク。そんなに驚かなくても」
「いや、艦長、いつも突然なんですよ。驚かせようとしてるみたいで」
「ククク。驚かせようとしてるからね」
「なっ、なんなんスか。この人っ」
「この人はこの五合目カフェのまぁ、オーナーと言えばいいのかな。艦長って呼ばれてるんだよ。船の艦長な。俺たちが鬼退治をしてるっていうのも、知ってる人だ」
「ほぅ。メグルくんは旧知だしこんちゃんも何度か来てるけど、キミは初めてだね。ククク」
「あ。この子はマッコちゃんって言って、今日神界から来たんです」
「え……。そんなこと知ってる地上人、めぐっち以外にもいたんスか。あ、とにかく、よろしくっス。ホントはまるこって言うんスけど、マッコって呼んでくださいっス。湊稲荷神社の担当巫女っス」
「ほぅ。湊稲荷の……。艦長の家の近くだね。よろしくお願いするよ。ククク」
「あー、そうか。艦長、別にこのカフェに住んでるわけじゃないもんねー。なんか、ここに住んでるみたいな錯覚してたよ。あはは」
「ここだと猫飼えないしね。ククク」
「艦長さん、猫飼ってるんスか? 見に行きたいっス」
「猫好きかい? 今度来るといいよ。ククク」
「お願いするっス! 楽しみっス」
「へー。マッコちゃん、猫が好きなのか」
「そうだねー。マッコは猫大好きっ娘だねー」
「なるほど。意外な一面だな。意外でもないのか。まぁ、俺もマッコちゃんとは今朝会ったばっかりだから、わからないことのほうが多いよな」
「アタシのことだってよくわかってないでしょー? もっと教えてあげようかねー。あはは」
「はい! こんちゃん、おまちどうさま! あっつあつの日和山ブレンドだよっ」
いつの間にか、ひよりが後ろに立っていた。
「え……。アタシ、頼んでないけど」
「休憩時間になったからわたしが飲もうと思って持ってきたけど、こんちゃんにあげるよっ! さあ、飲んで!」
「あー。メグルくんにちょっかいかけたから、ひよりを怒らせちゃったよー。アタシが猫舌でアイスコーヒー飲んでるの知ってるのに。ごめんねー、ひより。冗談だよー」
「べつに、そういうことじゃないけど……」
「しょうがないなー。じゃあ、飲むかー。……っ! っ! っ!」
こんちゃんは日和山ブレンドを口にする。そして、声にならない声を出しながら虚空を掻きむしるように手を動かして悶えながら耐えていた。
「あっ。ホントに飲むなんてっ。こっちこそ、冗談だよっ。こんちゃんに水、水を!」
その声につられてか、俺は意識せず手から水を出してしまった。そしてそれは、こんちゃんの顔を直撃していた。
みんな、何が起こったのか理解できないかのように、硬直していた。無論、俺も。
「あはは。残ってるアイスコーヒー飲めばそれでよかったんだけどねー。水、かけられちゃったねー。でも、口の熱さは忘れられたよー」
こんちゃんが薄く笑いながら最初に口を開いて、みんなの硬直はとけた。
「うわあ。悪い! こんちゃん! 水出すつもりなんてなかったんだけど、申し訳ないっ。ごめんっ!」
「何やってるんですかっ。メグルさん! こんちゃん、今、拭くもの持ってくるから待っててっ!」
「変わった特技を持ってるんだねぇ、メグルくん。ククク」
「あわわわわ。こん先輩! 大丈夫っスか! マッコブリーズ! これで少しでも乾かして……」
マッコちゃんが微風を出してこんちゃんを乾かそうとする。ひよりが階下からタオルを持ってくる。俺はオロオロするばかり。テーブルや床が濡れるほどの水量はなかったので、こんちゃんの顔と上半身が濡れただけだったけれども。だけ、と言っちゃいけないが。
「ホントにごめん! 俺も水が出るなんて思ってなかったんだよ。信じてくれ」
「あはは。わかってるよー。別に怒ってるわけでもないよー。ちょっとびっくりしたけど」
ひよりが持ってきたタオルで顔を拭きながら、こんちゃんが言う。
「こんちゃん、大丈夫? タオル、もっと持ってこようか?」
「あはは。ちょっと水がかかっただけだからねー。大丈夫だよー。でも、服も濡れちゃったからなー。こっちはメグルくんに拭いてもらおうかなー」
イタズラっぽく、こんちゃんが言う。
「え……。服の上からタオルで……? いや、それは、ちょっと……」
「わたしが拭くよっ。タオル貸してっ」
「あはは。冗談だって。またひよりを怒らせちゃうからなー。まぁ、服はコスチュームチェンジすればいいからさ。艦長。そのプライベートルームちょっと借りてもいいですか?」
「ん。かまわないよ。狭いけどね。ククク」
「じゃ、お借りします」
こんちゃんは関係者用の小部屋に入った。そして部屋の隙間から光が漏れると、セーラー服のこんちゃんが出てきた。服は、濡れていない。
「ほぅ。早着替えだねぇ。ククク」
「特技なんです。あはは」
そのあと、ひよりは仕事に戻り、艦長は用事で出かけていった。
俺たちはあまり長居しているのも気が引けるので、山頂に移動していた。ひよりの仕事が終わるのを待って、今度はバナナオムレットを食べる予定になっている。
俺は女の子の顔に水をかけてしまったことに少し落ち込んでいたが、何事もなかったかのように接してくれるこんちゃんに救われ、元気を取り戻した。
「あはは。ホントに気にすることないからねー。まぁ、事あるごとに思い出すようにチクチク言うかもしれないけどねー」
「そういう細かい攻撃もカンベンしてくれ……」
「こん先輩は優しいっスねー。マッコが水かけられてたら、トルネードで吹っ飛ばしてるところっスよ」
「あはは。部屋の中だからねー。ガラス割っちゃうよー? あのガラス、すごい高価だそうだよー?」
「あ……。それはムリっスね……」
「マッコちゃんの歓迎会ってことだったのに、ヘンなことでバタバタしちゃってごめんな」
「いやー。全然オッケーっスよ! めぐっちがいろいろやってくれて、面白いっス」
「あれが面白いって言われると、ちょっとイヤだけどねー。あはは」
「あ。もちろん、こん先輩が水かぶったのが面白いってわけじゃないっスよ!」
「でも、今日メグルくんが取り込んだ鬼の能力、制御できるようにしないとだねー」
「そうだな……。意識的に出そうとしなければ出ないんならそれでいいけど、さっきみたいに意図せずに出ちゃうと、何が起こるかわからないからなぁ」
「めぐっちの日常生活で出たら、ヤバいっスよね」
うーむ。それは問題だよなぁ。事情がわかってる巫女相手ならいいけど、普通の地上人相手のときに突然水出したり浮いたりしたら、ナニモノだと思われちゃうよな。今までの「受け流し」は発動することなかったし、仮に発動しても目立たなかっただろうけどなぁ。水とか飛行はなぁ……。
「じゃあ、ちょっと特訓だねー。明日にでもいろいろやってみようかー。ひよりは神界へ行くけど、アタシとマッコが付き合ってあげるよー」
「そうっスね。ビシバシしごいてやるっスか」
「お手柔らかに……」
「あはは。それじゃ、それは明日にねー。今日はこのあとバナナオムレット会だし、お風呂も入らなきゃねー。メグルくんに濡らされちゃったからねー。お風呂もメグルくんのおごりだよねー」
「うむむ。風呂もか。こんちゃん、もう乾いてるだろ? しかし、そんな言われ方したらおごらざるを得ないな……」
「まだ収入ないんで、マッコの分もお願いするっスー」
「わかってるよ……。うう、財布が軽くなっていく……」
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