その32:飛行と水と邪の片鱗

 水……? 水がどうしたんだ? 見てみると、こんちゃんの方へ向かう地面が濡れていた。

「今のは……。メグルくん……。水を出した……? さっきの鬼みたいに……?」

 こんちゃんが目を見開いて俺の手の先を見ている。

「俺が? 水を?」

 俺も自分の手を見る。確かに、濡れている。

「メグルさん! まさかっ」

 ひよりがダダダと駆けてくる。そしてまだ寝ている俺のシャツを捲くりあげた。そして俺の腹にまたがり、胸に顔を近づけているようだ。

「うわ。ひより先輩、大胆っスね」

 マッコちゃんは両手のひらで顔を隠して、指の間からこちらを見ている。

「ひよりがいつもメグルくんに対してやってることだからねー」

「マジっスか。ひより先輩、もう大人だったんスね……」

「こんちゃん! ヘンなこと言わないでっ。それより、やっぱりこれ……」

「う……。なんだ? どうしたんだ?」

 捲くりあげられたシャツに隠れて見えないが、ひよりは俺の固着紋を見ているようだ。ということは……。

「封邪の護符の固着紋に変化があります! おそらくは、また鬼の能力が取り込まれたんじゃないかと……」

「え。さっきの鶴鬼の……?」

「はい。あの鶴鬼さんも水を出してましたから」

「俺はなんにも考えずに、こんちゃんのフレイムを防ごうと手を出しただけなんだが」

「メグルくんは無意識だったんだねー。手から水が出て、アタシのフレイムを消しちゃったんだよー。まぁ、もちろんアタシも本気で当てるつもりはなかったんだけどねー。消されちゃった」

 また俺に鬼の能力が? 本当だろうか。喜んでいいことなのか、それとも……?


「そういえば、さっき気絶している時間、ちょっと長かったような気がします」

 ひよりはまだ固着紋を調べながら言う。

「そうか? 俺は自分じゃよくわからないけど」

「そうだねー。ちょっと、っていうか、二倍くらい寝てたみたいな気がするねー」

「それって、どういうことっスか?」

「さっきも言ってたでしょー? メグルくんは鬼の能力を受け継ぐと同時に、邪も取り込んだかもしれないって。それで、前はヘブンズストライクで気絶はしなかったけど、するようになったって。その気絶時間がまた長くなったんじゃないかってことだよー」

「めぐっちの中の邪が増えたかもしれないってことっスか」

「そういうことだねー」

「それはちょっと検証してみないといけないけど……。メグルさんは別に体調の変化とかないですか?」

「ん……。別に……。殴られて腹は痛いけどな」

「そ、それはすみませんでしたっ。他にはないんですねっ」

「あと、いつまでも乗られてると、ちょっと重いかな」

「あっ。すみませ……重くないですよっ」

 ひよりはバッと俺の身体から離れ、捲くりあげていたシャツを元に戻した。


「んー。鶴鬼の、水を出す力か……」

 俺は自分の右手のひらを眺める。

「……出せますか?」

 ひよりの問に応じて、やってみる。

「おりゃ! 水出ろ!」

 右手を前に突き出して、声を出しながら念じてみる。しかし、何も起こらない。

「……出ないな」

「出ませんか。何か条件があったりするのかもしれないですけど……」

「やっぱり、ピンチにならないと出せないとか、そういうやつなのかな。さっきは必死だったしな」

「そうなんでしょうかね」

「そもそも、背中の『受け流し』も、出そうとして出してるわけじゃないしな。攻撃に対して背中を向けると、自然と発動してるみたいな感じで」

「メグルくん!」

 後ろでこんちゃんの声がした。振り返ると。

「フォックスフレイム!」

 撃ってきた。

「うわ」

 俺は慌てて手を出す。すると、出した右手の中指付け根くらいか水流が出て、ジュッという音と共に炎の矢は消火された。

「出たねー」

「出ましたね」

「……出た……な」

「やっぱり、危険を察知すると出る……って感じなんスかね」

「そうみたいだねー。まぁ、コツをつかむと自由に出せるのかもしれないけどねー。それにしても、メグルくんはアタシの天敵になったみたいだねー。メグルくんに襲われたらなすすべもないねー。襲わないでねー」

「襲わないでくださいねっ」

「襲わんわっ。だいたい、こんちゃんはもっと強力な技だってあるだろっ!」

「あるけど、メグルくんに襲われるんなら、抵抗はしないかも……」

「こんちゃん! なに言ってんの!」

「ひよりに怒られたー。あはは」

「さすが先輩たちは、大人なんスね……」

 うーん。水を出す力……。自在に使えればいろんなことに使えそうではあるが……。練習してみるか。とりあえず部屋の除湿でもできるように。


「ところで、鶴鬼の能力って、水を出すのと空を飛ぶことだったじゃないっスか。空も飛べるんっスかね」

 マッコちゃんが疑問を口にする。

「あー。どうなんだろうねー。メグルくん、どう?」

「いや、どうと言われても……」

 俺はその場でピョンピョンと飛び跳ねてみる。飛べる感じはしない。

「空を飛ぶ能力って、わたしの水先案内と同じくらい、神界ではレアですからね。マッコちゃんのも、風を操るバリエーションとしての『飛ぶ』で、純粋な飛行能力ではないですしね」

「そうなんスよねー。完全な飛ぶ能力があるんなら、高所恐怖もないかもしれないんスけどねー」

「無理なんじゃないかな。俺、羽があるわけじゃないしな」

「鶴鬼さんは一応羽ばたいてたみたいですけど、あれ、羽ばたきで飛んでたわけじゃないと思いますよ。重そうでしたし。飛ぶ能力の発動条件として、羽ばたきがあったのかもしれないですけど」

「ふーん。そういうもんなのか。確かに、あいつ元が鏝絵だから、漆喰の質感は残してたしな」

「それじゃあ、メグルくんも手で羽ばたけば飛べるかもだねー。やってみればー?」

「そ、そうか……?」

 俺は手をバタバタとさせて、羽ばたいてみる。そしてピョンピョンと飛び跳ねる。

「んー。ダメみたいだなー」

 ふと三人の方を見ると、みんな下を向いて肩を震わせていた。

「おまえらっ! 何笑ってんだよ! こんちゃんがやれって言ったんだろっ!」

「あはははははは。だってさー。実際見てみたら、笑わずにいられないってー。あははははは」

「めぐっち、サイコーっス! うぷぷぷぷぷぷぷ。あー苦しいっスー!」

「…………わ、わたしは、笑ってなんて……いませ、う、うふっ、うふふふふふふぅぅっ……」

「なに、息が苦しくなるまで笑ってんだっ! くっそー!」

 俺は顔を赤くして、地団駄を踏むしかなかった。


「あははははは。ごめん。ごめんってー。あんなに面白いとは思わなくって。あはは」

「いやー、今日会ったばっかりなのに、マッコ、もうめぐっちの大ファンっスよー」

「はぁっ。はぁっ。メグルさん、人の呼吸を止める能力まで持ってたんですかっ」

「おまえらなぁ。いい加減にしろよ? 空飛ぶ能力があればいいなと思ったけど、もういいよ。そんなもん、ないんだ」

「でも、水を出す能力が切羽詰まったときに発動するんなら、空を飛ぶ能力もそうなのかもしれないですよ。ピンチのときには飛べるのかもしれません」

「あー。そうだねー。それはあるかもねー」

「ピンチのときっスかー。どんなときっスかねー」

「それはまぁ、高いところから落ちそうになったときとか……でしょうかね」

「やってみる……かなー。あはは」

「おい! みんな何こっち見てんだ! やるわけないだろ! 発動しなかったらどうすんだ!」

「そのときはマッコがなんとかするっス。致命傷は避けるっス」

「大怪我は覚悟しろってか! 高いところなんて、絶対行くか!」

「あはは。ここで大丈夫だよー。マッコ、やれる?」

「行けるっス。……行くっスよ? ……マッコトルネード!」


 逃げようとする俺を、竜巻のような風が包んだ。そして巻き上げられ、そのまま上空へ。三十メートルは行ってるんじゃないか? ……ホントにやりやがったな!

 上から、日和山が見える。三人の巫女が見上げている。くそぅ。生還したら、憶えてろよ。

「うおお。落ちる! 飛べ! 飛べ!」

 叫び、念じる。しかし、無理だ。飛ぶなんて。落ちていく。日和山の山頂が近づいてくる。もうダメか……と思い、無我夢中で両手をバタバタとしていると、スッと身体が軽くなり、山頂まであと三メートルくらいというところで、静止した。三人が驚いたように見上げている。

 しかし止まっていることはできず、俺は羽ばたいたまま腹ばいの形でそのままゆるやかに落ちていった。


 落ちたところには三人がいて、俺を受け止めようとしていた。俺は三人の上に落ちる。そのまま、三人を押し倒すような形で着地する。ひよりが持ちこたえそうになったが、重心をずらして押し倒す。

「あ、あの……メグルさん……」

「メグルくん……」

「めぐっちぃ」

 俺はジタバタする三人の上でしばらくそのままの形でいた。まぁこのくらいはさせてもらわんと。


 そしてその後、三人を正座させて説教を始める。

「……つまりは、俺がケガとかしないような万全の仕掛けはしていたということか」

「マッコの、マッコバルーンを山頂全体に仕掛けてたんで、仮にあの高さから落ちてきても大丈夫だったはずっス……」

「その上でマッコちゃんがわたしをリフトして、落ちる前に助けるつもりだったんです……」

「あの……。ホントに切羽詰まらないと発動しないと思ってねー。それでねー……」

「「「ごめんなさいっ」」」

 三人が土下座した。

「まぁ、空を飛べたわけでもないけど、落ちるのがゆっくりになったし、片鱗は感じられたからな。それは確かに切羽詰まらないと出なかったのかもしれないしな。でも、いきなり飛ばされて、どんだけ焦ったと思ってんだよ」

「はい……」

「すみませんっス」

「ごめん……」

 なんだか、神妙になってる三人が妙におかしくなってしまった。

「ははは。そんな、怒ってないよ。そんな、しおらしくなるなよ。一応、ちょっといい思いもさせてもらったしな」

「いい思い……ですか?」

「三種類のばいん感を同時に味わえたからな」

「ヘブンズストライクっ」

「フォックスフレイムっ」

「マッコストームっ」

 来るのがわかっていれば、受け流しは容易い。マッコちゃんの攻撃は未知数だけど、このケースでは直接攻撃だろう。俺は三人に背中を向けて、それぞれの攻撃を受け流した。

 よし。鶴鬼の能力を取り込んだけど、甲羅鬼の受け流しも健在のようだな。

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