その30:反省しない反省会

 俺たちは日和山の山頂に到着する。

「はー。ここがひより先輩のベースっスかー。ホントに山の上じゃないっスか。いいところっスねー」

 ここに来るのは初めてのマッコちゃんが周囲を見回しながら言う。

「うふふ。でしょ? 高いところにある神社も多いけど、全方位見渡せるところって、そうはないよ? カフェもあるしね」

「うぉー。カフェ行ってみたいっスー。今度行くっスー」

「うふうふ。わたしが給仕してあげるから、来てね。メグルさんがおごってくれるかもしれないし」

「おい。勝手に決めるな。いやまぁ、最初くらいいいけどな」

「ホントっスかー。めぐっち、よろしくっスー」

 またおごらされるのか。こういうのは最初が肝心な気もするが、最初だからというのもあるんだよな。

「まぁ、最初だけな。マッコちゃんはまだ金もないだろうしな。金が入るようになったら、自分で出せよ」

「あざーっス。もちろんっスよ。バイトするっス」

「感心感心。先輩ふたりは、バイトしてるにも関わらずいつもたかってくるのにな」

 先輩ふたりは横を向いて唇を突き出し、ふーふー吹いていた。


「そ、それはそれとして、反省会ですよ。封印はできましたけど、なかなか大変でしたからね」

「そうだねー。封印前に鬼形態になられてたら、もっと苦戦したかもしれないからねー」

「ウッス。マッコは来ていきなり鬼退治で、興奮したっス」

「こんちゃんはけっこう前から来てたけど、今回が初戦だったしな」

「運がいいやら悪いやらだよねー。あはは」

「しかし、マッコちゃんが来るのと鬼が出るのが完全にかぶるとはなぁ」

「みんなでマッコちゃんを出迎えるはずだったんですけどねぇ」

「一応、アタシが出迎えられたけどねー」

「うん。それも運がよかったといえばよかったんだよな。あの鶴鬼を封印するには、マッコちゃんの飛行能力が必要だったわけだからな。もしこんちゃんが俺たちと一緒に来てたら、マッコちゃんは参戦できなかっただろうからなぁ」

「あはは。アタシの強運がカギだったねー」

 まぁ、強運というか、体力の無さがカギだったわけだが。


「こんちゃんは、最初からマッコちゃんを連れて来るつもりだったのか?」

「いやー。マッコがすぐ出てくるかどうかはわからなかったからねー。もう鬼は出てきてるわけだし。アタシも走ってふたりを追いかけようとはしたんだけどねー。草履の鼻緒が切れちゃってねー」

「縁起悪い……」

「うんー。通常だと縁起が悪いんだけど、アタシの場合はそれが逆に出るのかもしれないよねー。あはは」

「むぅ。運の悪いこんちゃんに縁起の悪いことが起きると、マイナスかけるマイナスでプラスになったりするのかもしれないな」

「あはは。なにそのスーパー理論。……で、鼻緒を直してたら、媒介石のこま犬が光ってね。マッコが出てくるっぽいから、一緒に行くことにしたんだー」」

「こん先輩がいてくれて、感激したっス!」

「ホントはわたしたちもいるつもりだったんだけど、ごめんね」

「全然、オッケーっスよ! それで、もう鬼が出てるっていうのを聞いてすぐ動いたんス!」

「アタシも、マッコと一緒ならマッコウォークで行けるからねー」

「……それを狙って待ってたわけじゃないんだよな?」

 こんちゃんが横を向いて、鳴らない口笛を吹いた。


「マッコウォーク」は、風を操るマッコちゃんの技のひとつだ。自分の周囲に風を発生させて「エアホッケーのような状態」にして、移動を助ける。ローラースケートをはいているような状態とも言えるかもしれない。マッコちゃん自身と、もうひとりだけがその恩恵を受けられるらしい。

「あれ、楽なんだよねー。ありがと、マッコ」

「いえ、全然オッケーっス。一応マッコは能力を使ってるんで、ちょっと疲れるんっスけどね」

「あはは。アタシだけ楽なのかー。……で、アタシは道を知ってるから、マッコに道を教えながら来たわけ」

「それで……西大畑公園っスか? あそこに着いたんっスけど、こん先輩が『マッコはちょっと隠れてて』って言うんで、公園の入口で隠れて見てたんス」

「確かに、最初に出てきたのはこんちゃんだけだったな」

「うん。公園に着いたときにねー。鬼が空にいるのが見えたんだ。あ、飛ぶやつが相手? ってことで、マッコは切り札になるかもしれないって思ってさー。まだ隠れててって言ったんだよー。アタシでなんとかできれば、それでよかったんだけどねー」

「こんちゃんは救世主だったよー。わたしたちだけじゃ、どうにもならなかったから」

「まー、結局アタシだけでもどうにもならなかったけどねー。あはは」

「空を飛んで、水を使う。ひよりは届かないし、こんちゃんは火を消されちゃうっていう、ある意味相性最悪のやつだったからなぁ」

「そうだねー。あいつが水を使わなきゃ、アタシでもなんとかなったかもしれないけどねー」

「そんなに防御力は高くないみたいだったから、わたしの拳が届けばすぐにやっつけられたのになぁ」

「それで、こんちゃんの読み通り、マッコちゃんが切り札になったわけだよな」


「へへへ。切り札っスか。なんだかこそばゆいっス」

「ホントに、マッコちゃんがいてくれなかったら勝てなかったかもなんだから、大手柄だよっ」

「うう。ひより先輩にそんなこと言ってもらえるなんて、また感激っス」

「ひよりは、マッコちゃんが来てるのわかってたのか?」

「わかってませんでしたけど、こんちゃんが公園の入口の方に目配せをしたみたいだったんで、ピンときたんです」

「ふむー。さすが、めいコンビだな」

「メグルさん、今、氏名の『名』と迷うの『迷』、どっちを思い浮かべました? ひらがなっぽく聞こえましたけど」

「氏名の方だよっ。当たり前だろ? まぁ、たまにチグハグなところはあるけどな」

「あはは。それで、アタシはマッコに合図して、ひよりのところに行かせたんだ。ただ、あの鶴鬼は上から見てるから、そんな動きもわかっちゃうんだよねー」

「ふむ。それで、いろいろと話をしたりして注意を自分の方に向けてたわけだな」

「うん。でもまー、あいつとはノリが合ってたってこともあるけどね。あはは」

「真下からの攻撃っていうのも、わたしとマッコちゃんの動きを見せないようにしてたしね」

「まったく反対の方向に移動するっていうのも、あからさますぎてバレちゃいそうだったからねー。マッコも、うまく移動してくれたよー」

「そうだな。俺も全然気づかなかったからな。ひよりはすぐ隣りにいたのに」

「へへへ。マッコウォークは足音させないっスから」

 なるほど。あれにはそういう効用もあるのか。なかなか使える子なんじゃないか? マッコちゃんって。


「でも……マッコちゃんって、高所恐怖症とか言ってなかったっけ? そういえば」

「あっ。そんなことしゃべったんスかっ。ひより先輩っ。こん先輩っ」

「あはは。ごめんねー。ついねー」

「ごめん……。なんか、弱点暴露の流れになっちゃって……」

「水先案内能力を持つひよりが方向音痴で、開運稲荷のこんちゃんが悪運で……とかいう話を聞いてる中で、マッコちゃんは飛べるけど高所恐怖症っていう話が出てね……」

「うー……。まぁ、事実なんでいいっスけど……」

「やっぱり事実なんだ。空を飛べるんなら、高いところなんて平気になりそうだけど……」

「……そういうもんでもないんスよ。マッコの飛行能力は重力を無視して自分が飛んでるわけじゃなくて、風を操って身体を持ち上げてるってことっスから。風が止まっちゃったらどうなるんだろうとか、考えちゃうんス……」

 ……まぁ、そうだな。命綱があるから絶対落ちないって言われても、高層ビルの窓拭きなんて誰でもできるわけじゃないからな……。


「でも、さっき高く飛んでたんじゃない? ひよりを連れて」

「あのくらいでも、怖かったっス。ひより先輩がいてくれたんで、目をつぶってなんとか……」

 うーん。飛べないのが一緒にいたところで何の気休めにもならないような気もするが。

「さっきのは、マッコリフトってやつでねー。誰かを自分と一緒に飛ばすことができるんだよー。ただし、自分よりも小さくないといけないらしくて。マッコもそんなに大きな方じゃないからねー。飛ばせるのはひよりくらいなんだって。それで、練習でよく一緒に飛んでたからね。慣れてるんだねー」

「マッコちゃん、頑張ってくれたんですよ。メグルさん。こんちゃんが言ったみたいに、わたしとマッコちゃんでよく練習してたんですけど、いつもはもうちょっと低かったんで。さっきはすごく頑張ったんです」

「なるほど。わかった。頑張ってくれたマッコちゃんのおかげだな」

「へへへ。もっと高く飛べるようにはなりたいんスけどね。……ところで、めぐっちの弱点ってなんなんスか? 自分だけみんなの弱点知ってるのってズルいっス」

「俺には弱点なんて……」

「メグルさんの弱点はね。くすぐりだよっ」

「マジっスか? そんなのが? へへへ。いい事聞いたっス」

「おいっ。やめろっ。ふたりで手をわきわきしながら近づいて来るなっ。こんちゃん、止めてくれっ。……って、なにこんちゃんもわきわきしてるんだっ」


 三人に囲まれ絶体絶命のところで、お社の鈴が「カラン」と鳴った。

「あっ。ほら、おみくじ通信だぞ! よし! 俺が出すから! 早く引かないと!」

 俺は飛ぶようにお社に上り、百円を入れておみくじを引く。……俺あてか。何だ? 開いてみる。

「俺あてだったから、開くぞ。えーと。『鬼の封印できたみたいですね。ご苦労さま。ついては、また報告書を書いてもらうので、明日の朝の便で三人のうち誰かひとりを寄こしてください』……だそうだ」

「あれ。それ、メグルさんあてで来たんですよね?」

「そうだな。俺の名前だな」

「それで『誰かひとり寄こして』ってことは、誰が行くかをメグルさんが決めてくれってことですよ」

「……ん? そうなの?」

「文面からすれば……。それじゃ、メグルさん、決めてください」

 なんで俺が決めるんだ? 三人で決めればいいだろうに。まぁ、誰が行っても同じなんだろうけどなぁ。

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