その29:先輩で後輩。鶴鬼決着

 つい先程まで俺の隣にいたはずのひよりは、上空にいた。しかも鶴鬼の間近だ。そして鶴鬼に向けてヘブンズストライクを放っていた。

 ひよりがなんで上に? あいつ、空を飛べるわけじゃないよな。まさか、ピンチになって何か覚醒したとか……。

「グエバッ! ブババババァッ」

 アッパー気味に下から撃ち込んだヘブンズストライク。それを腹に食らった鶴鬼は、その威力で少し上昇したあと、悲鳴ともなんとも言えない声をあげて、地面に落ちていく。

 そして、ザバァッと大きな波飛沫をあげて、鶴鬼は堀を模した水場に落下した。


「こんちゃん! 封印にはまだダメージが足りてないから、もう少し撃って! 足場がないから威力落ちてるの!」

 上から、ひよりが声をかける。

「お、オッケー! フォックスフレイム! フォックスフレイム!」

 水場でもがいている鶴鬼に対して、こんちゃんが炎の矢を連発する。

「グバッ! グバァッ!」

 着弾した炎の矢は、水の上ということもあってすぐに消えてしまうが、ダメージは確実に与えているようだ。鶴鬼が苦しげな声をあげる。

「メグルさん! 封印タイミング、出ました! 封印してください!」

 上空のひよりから、俺に支持が出る。

「おうっ。まかせとけっ」

 俺は水場に飛び込み、自分の胸に左手を、鶴鬼の額に右手を置いて

「封印!」

 と簡単な二文字を唱えた。俺の胸の固着紋が発光し、鶴鬼が硬直する。

「アガ……ガ、ガ……」

 そして鶴鬼は硬直しながらも、その姿を変え始めた。


「鬼形態への変化が始まったんだねー。ギリギリだったね」

 水場の脇にやってきたこんちゃんが言う。

「ホントだな。ひよりが上で攻撃しなかったら……。って、なんでひよりはあんなところにいるんだっ?」

「あはは。ああしてみると、ひよりが飛んでるみたいだねー。ふたりともー。もう降りてきなよー」

 こんちゃんが上空のひよりに向かって声をかける。……ふたりとも?

 ひよりは上空で、首を後ろに向けて何かつぶやいたように見えた。すると、ひよりが降りてきた。そして近づいてくると、ひよりの後ろにもうひとりの巫女がいるのが見えた。

 ひよりを支えるようにして、後ろから身体を密着させている。ひよりに隠れて顔はよく見えないが、体格はひよりより少し大きいようだ。まぁ、ひよりが小さいんだが。

「あ……。あれが、マッコちゃん……か?」


 水場に鶴鬼を残して、俺は水からあがる。こんちゃんと並んだところへ、ひよりと、おそらくマッコちゃんが降りてきた。

 ひよりが、おそらくマッコちゃんに声をかける。

「ありがと。マッコちゃん。ごめんね、無理言って。でも助かったよ。大活躍だよっ」

 やはりマッコちゃんか。

「い、いえ……。怖かったけど、ひより先輩のためなら、マッコ、大丈夫ッス。お役に立ててうれしいッス。これからも……」

「グアアアアアアッ! クッソオオオオ! ユダンしたアアアッ!」

 マッコちゃんの言葉を遮るように、鶴鬼が吠えた。


 封印の術式自体は終わっているので、鬼形態になったとしても何もできず、あとはもう封印されて媒介石へ戻るだけだ。しかし、それまでに少し時間がかかるらしい。

 徐々に、鶴鬼が鬼の形になっていく。そういえば、前の甲羅鬼は甲羅のままで鬼形態にはならなかったよな。その前のロリコン鬼は鬼形態になったけど、それが「ぬらぬらしたオタク」っぽい感じだったので、ひよりの戦意を喪失させることになってしまっていた。

「なんスかっ。ビックリするじゃないスかっ。人がしゃべってるのにっ。ちょっと黙らせるッス。マッコストー……ぶっ」

「まーまー。もう封印されちゃうんだから、しゃべらせてあげてもいいでしょー。あはは」

 鶴鬼に対して何か技を出そうとしたらしいマッコちゃんの顔を抑えて、こんちゃんが言う。

「アンタは割と面白い鬼だったしね。もう会えないのが残念だよ。銭湯が経営できなくてさー」

「グググ……。フクヘイがイタとはナ……。トベルやつガいないトオモワセテ、ゆだんサセルなんてナ」

「別にそういう作戦だったわけでもないんだけどねー。遅刻しただけでさ。てへぺろ」

「ウムム……。ソンナやつニまけタノカ……」


 鶴鬼の形態変化は進み、ほぼ完了する。

「……あら。割といい男じゃないの。シュッとして」

「ほぅ。ロリコン鬼とは全然違うな。こいつとなら、ひよりも相撲とれたんじゃないのか?」

「嫌ですよっ。まぁ、あのロリ……ヘンタイ鬼さんと比べれば……まだ……とれるかもですけど……」

「ほー。ひよりもメンクイだな」

「あ、あくまでも比較すればっていう話ですよっ。別にメンクイとか……」

「あはは。痴話喧嘩はそれくらいにしてねー。この鶴鬼氏ももう封印されちゃうだろうし」

「マア、シヌわけデハないカラナ。イツカまたアウヨウナことガアッタナラ、せんとうケイエイのハナシでもスルコトにシヨウ」

「あはは。そんなこともないだろうけど、もしあったらねー。達者で暮らしなよー」

「グハハ。ソレジャアナ」

 鶴鬼は雲のような煙のようなものに包まれて、行形亭の方へ飛んでいった。媒介石に戻って封印されるのだろう。


「ふぅ。終わったか」

「終わりましたね」

「まぁ、一応四人がかりだからねー。鬼も大変だよねー。あはは」

「マッコが遅くなっちゃって、すいませんっした!」

「いやー。ちょうどよかったかもしれないけどねー。あはは」

「ああ。マッコちゃん。俺、メグルです。ヤシロメグル。はじめまして。よろしく」

「アンタが、ひより先輩をたぶらかした……。んむむむむ」

 マッコちゃんは俺を上から下まで舐めるようにというか、睨むように見る。

「マッコちゃん! 何言ってんのっ。わたし、たぶらかされてなんか……」

「俺もたぶらかした憶えないぞ」

「あはは。神界ではひよりとメグルくんの仲がいろいろ取り沙汰されたりしてるからねー」

「なんだそれ」

「こんちゃんも何言ってんのっ」

「あの駄々こね事件がねー」

「だから、別に駄々なんてこねてないのに……。神様はもう……」

「あはは。マッコも、メグルくんは悪い人じゃないから、そんなに睨んじゃダメだよー」

「そっスかー? こん先輩が言うなら、いいっスけど……」

 マッコちゃんはひよりやこんちゃんの後輩だそうだけど、しゃべり方からして後輩だ。身長はこんちゃんより低く、ひよりよりは高い。色の薄いクリクリしたショートヘア。そして以前聞いていたように、まぁ、ばいんばいんのようだ。巫女服だと多少隠れるけれども、それでもよくわかる。

「メグルさんっ! なにマッコちゃんのことじろじろ見てるんですかっ!」

「いや……。ひよりたちの後輩なんだよな、と思ってさ」

「後輩のばいんばいんに比べて先輩ときたら……とか思ってるんですねっ! ヘブンズ……ぶっ」

「やっぱりそういう目で見るんっスねっ! めぐっち! マッコスト……ぶっ」

「はいはい。とりあえずそういうのは今いいから。ここはもう結界消えてるんだから、日和山でミーティングしようかー。あはは」

 右手でひより、左手でマッコちゃんの顔面を抑えて、こんちゃんが助けてくれた。頼りになるな、こんちゃん。しかし……めぐっち?


 俺たちは日和山に向かうことにする。普通に歩いても十分くらいの道のりだ。

 俺とひよりは普通に歩いているが、こんちゃんとマッコちゃんの歩き方になんだか違和感がある。一応歩いてるみたいなんだが、なんとなく……。

「あの……。こんちゃんと……マッコちゃん? 歩き方がなんか不思議なんだけど」

「あ。気づいちゃったー? あはは。アタシ、歩いてませーん」

「歩いてない? 動いてるけど……。どういうこと?」

「ふふふ。めぐっち、これはマッコの、マッコウォークっスよ。こん先輩とマッコは、今浮いてるんス」

 マッコちゃんの一人称は「マッコ」らしい。自分のことを名前で呼ぶタイプだな。こんちゃんとひよりに対しては「先輩」をつけるようだ。で、俺は……めぐっちなのか?

「メグルさん。マッコちゃんは風を操るって話、しましたよね? このマッコウォークは、その応用技なんですよ。自分と、自分の周囲の誰かもう一人だけを少しだけ浮かせることが出来るんです。その範囲であれば動くこともできるので、一緒に歩いてる感じにもできるわけです」

「そうか。それで、今はこんちゃんが浮いていて、歩いてるふりをしてると」

「ふりじゃないよー。マッコちゃんと一緒に移動してるんだよー。歩くより楽だけどねー。エアホッケーのパックみたいな感じだねー」

「神界にもエアホッケーあるのか。……なるほど。こんちゃんはさっき、湊稲荷神社から西大畑公園まで来るのに走るのが嫌だから、マッコちゃんが出てくるのを待って、こうやって浮かせてもらって来たわけだな?」

「あはは。メグルくーん。あんまり鋭いと、嫌われちゃうよー? 結果的に、それが今回の鬼封印には役立ったんだしさー」

「うむ。それはあるかもしれないけど、そういうのも含めてミーティングだな。……ところで、マッコちゃんは俺のことをめぐっちって呼ぶの?」

「あ。わたしもそれ思ったけど、メグルさんはわたしたちよりも年上なんだからね。知ってるよね?」

「それは知ってるっスけど。鬼退治に関してはマッコの方が先輩っスから。めぐっちはマッコの後輩っスよ」

「でもそれは……」

「ああ。そういう感じなら、別に構わないよ。めぐっちと呼んでくれ。マッコちゃん」

「なら、マッコのことはマッコ先輩って……、まぁ、呼ばなくていいっスけどね」

 俺とマッコちゃんは「めぐっち」「マッコちゃん」と呼び合うことになった。

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