その28:生体除湿機と火炎放射器

 鶴鬼は、俺達の上空で羽ばたきながら止まっている。二階建て住宅の屋根くらいの高さか。こいつは鶴の鏝絵が媒介石であるから、その形態をコピーしているわけだけれども、さすがに鏝絵のように平面的ではない。普通の鶴の形だ。その辺は、動きやすいように融通をきかすんだろう。

 前の甲羅鬼のときは亀の形態にはなっていなかった。亀になると動きが遅くなってしまうので、甲羅のままで空を飛んだりしていたようだ。融通ききすぎだよなぁ、ガメラか、と思ってしまうところだけど、それが現実なんだから受け入れるしかないのだろうな。


「うーん。あの鶴鬼、鬼型に形態変化できるようになるまでどのくらいかかるかな」

「その辺は個人差もあると思うんですけど、わたしが最初に鬼感知をした時間から考えると、あと五分から十分くらいのような気がします」

「そうか。そのくらいあれば、こんちゃんも来そうではあるな」

「というか、もう来ててもいいような気もしますけど」

「……それもそうだな。ひよりと違って道に迷ったりはしないだろうに」

「迷いはしないでしょうけど、体力がどうかですよね……」

「ホントおまえら、補い合ってるよな」

「えへへ」

「けなしてるんだが」


 そんなことを話していると、上空から強い水流が放たれて足元の砂地をえぐった。

「グエーーッ! オレノこうげきハくちばしダケジャナイカラな。コノみずデモダメージはアタエラレルぞ」

 水は、鶴鬼の長いクチバシから放出されるようだ。さっきもクチバシから水を出して砂地から脱出してたみたいだしな。ん……? とすると?

「あっ。その水! 口から出してるんですかっ! ツバとかヨダレみたいなもんですかっ! おしっこよりはいいような気もしますけども! でも……! うええええ。気持ち悪いーっ。思いっきり浴びちゃったーっ」

 やっぱり、ひよりは気にしたか。


「バ、バカッ。コレはオレノたいえきジャア、ナイッ! ミズがデテイルノハクチバシのサキだし、このミズはシュウイからトリコンデイルものダッ!」

 まぁ、確かにあれだけの水が体液だったら、脱水症状になってるかもしれないな。周囲から取り込んでるってのは、空気中の水蒸気をってことか? すぐそこには堀みたいな池もあって水はあるから、それも取り込んでるんだろうか。

「おまえ、そんなことが出来るんなら、この地上で消防署にでも務めると重宝されると思うぞ。飛べるわ水源なしに水を放出できるわで、一級品じゃないか。消防署が嫌なら、レンタル生体除湿機として商売すれば、ばいんばいんのお姉さんの部屋で働けるかもしれないぞ」

「バインバインノ……。イヤイヤ、チジョウジンのヘイワをミダスノガ、オレタチのイキカタだッ。チジョウジンのヤクニタッテタマルカ!」

「ばいんばいんだぞ?」

「バインバイン……ウムム……」

「何言ってるんですかっ。お姉さんが借りるとは限らないじゃないですかっ。どうせ、くたびれたおじさんの部屋に行くことになるんですよっ」

「ソ、ソウダ! ソウナルにキマッテル! アヤウクだまされルトコロダッタ……」

「あーあ。余計なこと言うなよ、ひより。せっかく懐柔できるかと思ったのに」

「騙すのは良くないですよ。とにかく、鬼は叩き潰すのみです!」

「これだから武闘派は。っていうか、あいつがばいんばいんをありがたがってるのが気に入らないのか……」


 その後も、鶴鬼の水流攻撃が何回か俺たちを襲う。けっこうな威力ではある。距離もあるのでかわしているが、近距離でやられたら危ないかもしれない。

「周囲の水分を取り込むだけあって連射はできないみたいだけど、やっかいではあるな。そもそも空を飛んでいて俺たちが攻撃できない時点でやっかいなんだが」

「もう、いつ形態変化があってもおかしくないですよ」

「できればその前に封印したいところだけどな……」

「グエーーッ! チカラがミナギッテきたナ……。ソロソロ、オニけいたいニなれるカ……」

「くそ。見てるしかないってのが嫌だな」

「フォックスフレイム!」

 そこへ、矢のような炎が鶴鬼に向かって走った。


「オアッ?」

 鶴鬼は、俺たちに放とうとしていた水流を炎に向けて放つ。鶴鬼に着弾する間際、ジュッという音を立てて炎の矢が消滅する。その場に、水が降る。

「あら。いい反射神経だわねー。不意をついたつもりだったのにねー」

「こんちゃん!」

「おお。来てくれたか」

「ごめんねー。遅くなって。いろいろあったもんでねー。あはは」

「グエーーッ! エングンか。シカシ、かえんケイのヤツダナ。オレのミズとはアイショウさいあくダッタナ。グエグエグエ」

「んー。かもねー。でも、相性なんか吹き飛ばすくらいの威力があったりして。フォックスファイヤー!」

 手首を合わせて開く形にしたこんちゃんの両手のひらから、火炎放射器のような炎が放出される。以前、受け流しのテストでこれを受けたことがあるけど、あのときは背中を向けてたので様子が見えなかった。こんな感じだったのか。まるっきり火炎放射器じゃないか。いや、そんなもんじゃなく、もっと火力は大きそうだ。……これを俺に向けて放ってたのか? ひでぇ。


 鶴鬼は真上に逃げる。十メートルくらいの高さだろうか。最初からそうするつもりだったように、素早い動きだった。

「そうか。水は連射できないみたいだからな。この攻撃はハナから逃げるつもりだったんだな。ヤツが水で迎え撃っていたら、こんちゃんの火力のほうが勝ってたかもしれないな」

「そうなってたら、これで決着ついてたかもですね。惜しいですね」

「鶴鬼はそんなつもりなかったかもしれないけど……。あいつ、運のいいやつだな」

「というよりも……」

「あ。こんちゃんの運が悪いのか……」

「そうだと思われます……」

 こんちゃんは開運稲荷神社の担当なのに、本人は運が悪い。そうだった。

「うー。逃したかー。あいつが水を出して防御したら、水ごと焼いて蒸し鶴にしてやろうと思ったのにー」

「こんちゃん! あんまりファイヤー出してると……!」

「あー。暑くなってきちゃったー……。のぼせそうー……」

 フォックスファイヤーを解除する。

 こんちゃんは暑さにも弱いんだったな。風呂上がりは、のぼせていつも俺がおぶってやってるくらいだけど、自分の技でのぼせたりもするのか……。


「グエーッ! イマのカリョクはチョットビビッタケド、アンマリながいアイダハだせないヨウだナ。シャテイキョリもソレホドながくナイ」

「んー。あの鶴鬼、ばいんばいんが好きだとか言ってるけど、分析力はあるし反射神経もいいし、なかなかやるやつなんじゃないか?」

「ばいんばいんは別に関係ないですよっ。でも確かに、あれで鬼形態になってパワーアップしたら大変そうですね」

「うん。早いところ封印しないとなんだが……。ジリ貧だな。……ん?」

 こんちゃんは、どこかに何か目配せをしたようにして、鶴鬼の真下に入る。

「フォックスフレイム! フォックスフレイム! フォックスフレイム!」

 そして真上に向けて炎の矢を三連発で放つ。こちらはファイヤーよりも射程距離は長い。しかし。

「グエグエグエ。ソノわざナラ、チャンとアテレばスコシのミズでケセル。マシタからならミズをアテニクイとオモッタか?」

 鶴鬼は鶴の長い首を曲げて、正確に炎の矢を少量の水で消していく。水に余裕があれば、連射も可能ということだ。

「あはは。なかなかやるじゃない? 消防士にでもなればいいのに!」

「ソレハ、あのオトコにもイワレタけどナ。オマエはホウカマにデモナレバイイ」

「あはは。誰が放火魔よ。でも確かにアタシたち、逆の世界にいればよかったのかもねー。そうだ。アンタの水とアタシの炎。ふたりで銭湯でも経営する?」

「グエグエグエ。オモシロいヤツだ。ダガ、オレのパートナーハ、モットバインバインがイイナ」

「失礼な! アタシだって均整の取れたスタイルだって評判なんだよ。まぁ、ばいんばいんではないかもだけどね」

「グエグエグエ。オマエがオニだったらヨカッタのにナ。シカシ、コレもサダメだ。オニのケイタイにナッテ、インドウをワタシテヤル。オマエラ、トベナかったノガうんノツキダナ」

「あはは。あんたも神界にいたら気があったかもねー。確かにアタシは飛べないけどね。アタシはね」


「んー。なんかあのふたり、意外と気が合ってるんじゃないか? しかし、こんちゃんも意外としゃべりだな。なぁ、ひより。……ひより? あれ、どこ行った?」

 さっきまで隣りにいた、ひよりが姿を消していた。きょろきょろと探していると。上から。

「グエッ? ナンダオマエ、イツノマに……」

 戸惑ったような鶴鬼の声が聞こえる。そして。

「ヘブンズストライクっ!」

 聞き慣れた、ひよりの声がした。

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