その27:鶴の出す水、何の水

 鶴か……。行形亭のシンボル。おそらく行形亭の中には鶴をモチーフとしたいろいろなものもあるのだろう。ただ、それらはあんまり多くの人の目には触れないかもしれない。特にビンボー人には。その点、あの鶴の鏝絵は道路に面していて、多くの人の目に入っていたはずだ。

 まぁ、鏝絵があると言われないと気づかないかもしれないけれども、それでも気づかぬうちに人々の意識下に入っていて、高級料亭に対する憧れの念を集めていたりしたかもしれない。


「……さて。高らかに封印を宣言したけれども、何か手立ては考えてるのか?」

「……いえ。勢いで言っただけですけれども、メグルさんは何か考えてますか?」

「空を飛ぶ相手とか、想定外だったからなぁ」

「ですね。わたしの攻撃、届かないですからねぇ」

「ひよりは近接パワー型だからなぁ。リーチも短いし」

「わたしの天敵とも言える相手ですね」

「おまえ、天敵多いなぁ。今まで、相性のいい相手なんていなかっただろ?」

「どうしてこういう鬼ばっかりなんでしょう」


「グエーーッ。オマエら、サッキカラグチャグチャなにシャベッテル! コナイなら、コッチカライクゾ」

 鶴鬼が空中からこちらへ突っ込んでくる。鋭いクチバシで攻撃してくるんだろう。

「まぁ、こちらから行きようがないわけなんだが。向こうから来るんなら、ありがたいってことだな」

「そうですね。カウンターです!」

 狙いは、ひよりか? どっちが強いのか、本能的にわかっているのかもしれない。なんだか悔しい気もするが。俺の方に来られても困るしな。

 ひよりは拳に力を込めつつ、タイミングをはかる。クチバシを避けながらというのは難しいだろうが、ひよりは自信たっぷりな顔をしている。今まで見る機会はなかったが、白兵戦はお手の物なんだろう。敵に回してはいけないやつなのかもしれない。いつもヘブンズストライクを食らってはいるが。


 突っ込んでくる鶴鬼。待ち受けるひより。ひよりがヘブンズストライクの態勢に入ろうとするところで。

「あっ」「うわっ」

 ひよりと俺の目の前に、水の膜が現れた。次の瞬間、水を浴びてしまう。突然のことに、動きが止まる。そこへ、鶴鬼のクチバシが。ひよりの方で、ザクッという音がする。そして、羽ばたく音が上空へ遠のく。

「ひより! 大丈夫か!」

 水でぼやけた視界を腕で拭いながら、ひよりに声をかける。

「大丈夫です。袖が破れちゃいましたけど」

 同じように顔を拭いながら、ひよりが返事をする。視界を遮られながらもクチバシの直撃はなんとかかわしたが、袖を破られたらしい。しかし、なんだあの水は。


「グエーーッ。カワシタか。ショウガクセイにシチャいいウゴキだ。ホメてヤル」

「さっきから、誰が小学生ですかっ。わたしはもう十六なんですからねっ」

 鶴鬼が「マジ?」という顔で俺を見てくるので「マジ」という顔でうなずいてやる。

「ソウカ。ショウガクセイじゃナイなら、エンリョはイランな。チョットてかげんシテヤッタんだが」

「あんな、水をかけるような奇襲をしておいてか? あの水はなんだよ!」

「オレのショウベンだ」

「なにーっ!」「ええええええええーっ!」

 俺は身体にかかった水を振り払おうとし、ひよりは必死に顔を拭っている。

「ジョウダンだ! ダレガそんなコトスルカ!」

「うえええええええーっ。気持ち悪いーっ」

「本当に冗談なんだろうなっ」

「アタリマエダ! ニオイでもカイデミロ!」

「……まぁ、確かに。普通の水っぽいな」

「うええええええええええーっ。目に入ったーっ」

「おい。ひより。ただの水だってよ」

「うえええええええええええええーっ。口にもちょっと入ったしーっ」

「おい。ひよりっ。……聞こえてないな」

 ひよりは泣きながら喚いている。

「あのな。冗談に聞こえないんだよ。あのタイミングだと……」

「……ナンカ、スマン。カイシンのデキだとオモッタンダガ」

「おまえ、このままだと小便鬼って呼び名になっちゃうぞ。今は鶴鬼って呼んでるんだけど」

「……ゼヒ、ツルオニのホウデ」

 しばらくして、ただの水だったことを理解したひよりはようやく正気に戻った。


「ううう。ちょっと取り乱してしまいましたけど、もう大丈夫です。仕切り直しです。……でも、あのおしっこ鬼さんは許せません! 封印です!」

「……おしっこ鬼だそうだ」

「……ゼヒ、ツルオニとイウコトデ。……ソレはソレトシテ、オマエらヲヤッテシマエばイイことダナ。イクぞ!」

「ちょっと待て。あれが小便じゃないことはわかったけど、それじゃあの水はなんだ。鶴は水まいたりしないだろ。どこから水が出てくるんだ」

「オレのバイカイセキはシッテイルカ」

「……行形亭の蔵にある、鶴の鏝絵だよな」

「ソウダ。アレはツルダケじゃナイ。ナミもエガカレテいるノダ」

「ああ。波か。蔵には防火用としてよく描かれる、水の絵の一種か」

「ダカラ、オレはミズもツカエルのダ」

「なるほど。そういうことか。今のを聞いて、あれが小便じゃないことが確信できた」

「マダウタガッテたノカ……」

「疑り深くてな」

「……なんだか今日はメグルさん、よくしゃべりますね」

「そうか? 俺もいろいろ考えてるんだよ。……それじゃあ、仕切り直すか。ところで、吉方位は見えるか?」

「一応は見えてます。東ですね。でも、上空の敵相手じゃ、どっちへ行ってもあんまり効果ないような……」

「東か……。うーん」

 俺は東の方を見てみる。特別何かがあるわけでもないようだが……。


「グエーーッ。コンドはフクだけジャスマナイぞ。カラダにアナヲあけてヤル」

 鶴鬼が上空で挑発してくる。

「こっちだって、今度こそこの拳で撃ち抜いてやりますからねっ」

 ひよりが挑発にのっていく。

「まぁ待て。ちょっとこっちに移動だ」

 俺はノリに流されず、ひよりの位置を舗装されていない砂地に移動させる。

「何ですか。上空からの攻撃、ちょっとくらい移動したって変わりませんよ」

「うん。でも、あの水の膜はやっかいだぞ。カウンターは位置もタイミングも正確に撃ち抜かないとダメだからな。目潰しを食らったら失敗する確率が高いだろ」

「ですけど……」

「だから、ちょっと俺にまかせてくれ」


「グエーーッ。バショなんかカエタッテ、カワラナイぞ。カクゴ、シロ」

 ひよりは先程と同じように、迎え撃つ態勢になる。俺は先程よりひよりに近い位置に立つ。

「さあ! いらっしゃい!」

 ひよりの声で、俺たちに向けて鶴鬼が急降下してくる。そして、水放射の目潰しから、長いクチバシの一突き。鶴鬼は、攻撃が成功したと思っただろう。そしてクチバシはひよりの身体を貫いて……はいなかった。

 鶴鬼のクチバシが貫いていたのは、貫いていたというよりも突き刺さっていたのは、地面だった。長いクチバシが根本まで砂地に突き刺さり、身動きができないようだった。羽をばたばたさせて、もがいている。


 ひよりの前には、俺がいた。俺はひよりと向き合うように、ひよりを抱いて守るように立っている。つまりは、鶴鬼の攻撃に対して俺の背中の「受け流し」を発動させたのだ。東側の砂地に移動した上で。

「ふう……。成功したか。成功しなかったら、俺とひよりの串焼きみたいになってたところだけど。ヒヤヒヤもんだな」

 甲羅鬼から受け継いだ感じの「受け流し」は、文字通り攻撃を受け流す。跳ね返すわけではないので、相手の攻撃は威力そのままに、別方向へ流れていく。鶴鬼は、全力で砂地を攻撃したわけだ。


「メグルさんっ。大丈夫ですかっ。背中に穴あいてないですかっ」

「ああ。大丈夫だよ。なんともない。すごいな。受け流し。……よし、鶴鬼もひっかかってくれたようだな。一発、食らわしてやれ」

「は、はい……。この抱き合ってるような態勢も捨てがたいですが……」

 ひよりはちょっと名残惜しそうに俺の前から離れる。そして砂地に突っ込んでいる鶴鬼の方へ。

「おしっ……いえ、鶴鬼さん、覚悟ですっ。ヘブンズ……ひあっ」

 鶴鬼は口から大量の水を吹き出し、その反動でクチバシを砂地から抜いたところだった。ひよりの拳は不発のまま、鶴鬼を逃してしまった。

「ブハーッ! ブハーッ! ア、あぶネェッ! ヤラレルところダッタ」

「ううっ。少し、遅かったです……」

「くそ。逃したか。砂地じゃちょっと弱かったか」

 鶴鬼はまた上空へ舞い戻る。

「グエーーッ! ヨクモ、ヤッテくれタナ! ソッチのヤツ! アンナのうりょくモッテタとは! モウ、さっきノテニハノラナイからナ!」

 うーん。手の内見せちゃったから、あれはもうダメか。でも、やつも簡単には攻撃できなくなっただろう。

「グエーーッ! ドウヤラおまえら、トベナイしチカクしかコウゲキできナイヨウダナ。ソレなら、イクラデモヤリヨウハあるが……コノママ、オニけいたいニナルマデマツか」

「メグルさん、いろいろバレちゃいましたね。ああやって空にいられたら、どうしようもないですしね。あそこで鬼の形態になれるまで待つみたいですね。そうなったら、また強くなっちゃいますが……」

「まぁ、俺たちだけならな。でももうすぐこんちゃんが来るだろ。それを見越して、なるべく攻撃を受けないようにいろいろ話をしたりして時間稼ぎもしてたんだからな」

「あー。それで今日はいやにおしゃべりだったんですね。さすがメグルさん、腹黒いですね」

「言い方」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る