その26:鶴鬼はロリコンじゃない

 俺はスマホのナビ機能というのはあんまり好きじゃないので使わない。地図はよく使うけど。地図を見た上で、ルートは自分で決めることにしている。機械に決められたくないな、と思ってしまうのだ。

 ただ、どのルートが最短なのかと興味本位で見てみることもある。先日も、西大畑公園から湊稲荷神社へはどのルートで行くのがいいんだろうかと、経路探索をしてみた。そうしたら、徒歩の推奨ルートが四つばかり出てきた。時間はおよそ二十分で変わらないのだけど。

 ということは、最短というのはあんまり考えないでいいのだろう。地図上の位置をイメージして、方向さえ間違わなければ。ただ、その方向を間違えてしまうと、とんでもないロスをしてしまうのかもしれないが。


 そんなわけで、俺はあらかじめ頭に入れていた西大畑公園へのルートを走る。ひよりがすぐ後ろをついてくる。俺の背中を追っていれば、さすがに迷子になることもないだろう。

「よし。ひより。もうすぐ公園だ。鬼の反応はまだあるか?」

「はい。ちょっと出たり入ったりしてますけど。まだ媒介石から出きっていないのかもしれないです」

「そうか。それなら、完全な鬼形態にはまだならないってことだな」

「そうですね。そうなる前に封印してしまいましょう」

 俺たちは西大畑公園に到着する。


「……何もいないな」

「いませんね」

 目の前に、西大畑公園が広がっている。背後には新潟市美術館がある。早朝であり、公園には誰もいないようだ。もちろん、美術館も閉まっている。

「鬼の反応は……公園の方です。美術館の方は関係ないみたいですね」

「そうか。俺たちにとってはその方がよかったな。美術館だったら、勝手に入るわけにいかないしな」

「そうですね。でも、媒介石はどれですかね……」

 俺たちは注意しながら、公園の奥に向かって歩いていく。

「……まだ奥ですね」

「もう、公園出ちゃうぞ」

「公園じゃないのかもしれませんね」

「……すると、まさか……」

 公園を出てしまった。脇には、刑務所の門のレプリカがある。目の前は、行形亭(いきなりや)の黒い塀だ。

「こっち……なのか?」

 高級料亭、行形亭の中にある何かが、今回の鬼の媒介石なのか。そして鬼の結界も行形亭の敷地だったりすると、戦うのが面倒になる。ただでさえ、我々ビンボー人には入りづらいところなのだ。

「ま、まぁいい。玄関の方にまわってみよう」

「はい」

 俺たちは、高級料亭・行形亭の黒い塀とかつて刑務所だった西大畑公園を隔てる、地獄極楽小路を走る。そして行形亭の玄関がある石畳の道に入ったところで、何かが俺たちの頭上を飛んでいった気がした。


「あっ」

「どうした? ひより」

「鬼の反応が……移動しました」

「移動? 媒介石から完全に出たということか?」

「そうです。そうなんですけど、それだけじゃなくて。今まで、わたしたちが向かってた方角に反応があったんですけど、それがたった今、わたしたちの背後に移ったみたいなんです」

「どういうことだ? 今、反応は?」

「西大畑公園の方にあります」

 さっきまで前にあったものが、突然後ろに? 頭の上を飛んでいったとでもいうのか? あ。さっき頭上を飛んでいったものがあった気がしたな。鳥の影かと思ったが。

「公園の方なんだな? 方向感覚、間違ってないな?」

「大丈夫ですよっ。今向かっていたのと逆側っていうのくらい、わかりますよっ」

 んー。そういうのが当てにならんから、いつも俺が苦労してるんだが。まぁ、でも俺も何かが飛んでいったような気がしたし、信じるか。

「よし。それじゃあ、公園に戻ろう」

「はいっ」


 俺たちは西大畑公園に戻る。刑務所の門の脇にある入口から中に入ろうとすると。何か分厚い空気の層を通り抜けたような気がした。

「これは……結界か?」

「そうですね。鬼の結界みたいです。この西大畑公園を結界としている……っていうことらしいですね」

「そうか。それなら、むしろやりやすいな。好都合だ」

「はい。やっちゃいましょう!」

 周囲を警戒しながら、公園の中央部へ向かう。


「結局、何が媒介石だったんだ? 鬼のやつら、最初は媒介石のコピーみたいな形で現れるわけだろ?」

「すべてがそうだとは限りませんけど、そういうことが多いですね。わたしたちが出会った鬼はそうだったですし」

「あの甲羅鬼の親父だとしたら、亀なのかな。この辺に亀の形の何かがあったかな」

「それも必ずしもそうとは限らないですけど、多い例ですね。親子なら、亀なのかも」

「能力的に甲羅鬼に近いとすると、ひよりは苦戦するかもだよなぁ」

「……かもしれませんけど、すぐにこんちゃんも来るでしょうから。それまで持ちこたえれば」

「そうだな。チームで勝てればいいんだからな」

「……その前に、バディですよ……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないですっ。さ、行きましょう!」


 公園の中心部に出る。堀をイメージしたような水場がある。ここは周囲を見渡しやすいんだが。鬼らしいやつは……どこだ?

「ひより。鬼の反応は?」

「あります。ありますし……ちょうど、ここですっ! メグルさん! 避けてくださいっ」

「え? ここって……。うわっ」

 影が、上から降ってくるような感じがして、俺は思わず飛び退る。そこに何かが舞い降りて、ふたたび上に飛んでいった。

「グエーーッ。ナンダ、おまえタチ。ナニモノだ。てきカ? てきダナ? ヨシ、てきニキマッタ!」

 上空には、鶴みたいな何かがいた。このカタコトは、鬼で間違いないだろう。

「あれは……鶴……かな」

「鶴……みたいですね」

「あ。そういえば、行形亭の蔵に、鶴の装飾があったな。鏝絵(こてえ)ってやつか。あれが媒介石だったのかもしれないな。そもそも、行形亭では鶴を飼ってたことがあったり置物もあったりしたそうだけど。鶴が行形亭のシンボルなんだな」


「グエーーッ。ナニごちゃごちゃイッテルカッ」

「ちょっと聞いていいか?」

「ナ、ナンダッ。ナレナレシイッ」

「おまえ、甲羅鬼の親父なのか?」

「コウラオニ? ナンダそれハ。……ア、アイツのコトか。アイツのチチオヤ? チガウッ。おれハコドモのイルヨウナとしジャナイッ」

「そうか。甲羅鬼の親父が来たわけじゃないのか。別件なんだな」

「ナンダ。ベッケンって」

「いや、こっちの話だ。……あ、それともうひとつ」

「ナンダ」

「おまえ、ロリコン?」

「何聞いてるんですかっ。メグルさんっ」

「こいつ見て、どう思う?」

 ひよりの頭に手を置いて尋ねる。


「ナンダそいつハ。ショウガクセイか? オレはロリコンなんかじゃナイッ。キワメテまともダッ。オレがスキナノハ、ばいんばいんダッ」

「そうか。……そんなわけで、ひより、今回はブルマの体操着になる必要ないぞ」

「何の話してるんですかっ。ヘブンズ……ぶっ」

 ひよりの顔を抑えてヘブンズストライクを止める。

「まぁ待て。これを先に聞いておくことで、ひよりが嫌がる体操着にならないで済むわけだろ。つまり、ひよりのためにだな……」

「ヘブンズスパイラルっ」

 ひよりは顔を抑えた俺の腕を取り、そのまま腕を軸に俺の身体を回転させて地面に叩きつけた。そういや、この技もあったな。

「……まったく、ばいんばいんだの小学生だのと、人の気に障ることばっかり……。すぐに封印してあげますからねっ。覚悟してくださいっ!」

 ひよりが上空の鬼を指差して宣言する。背後でゴゴゴと音が鳴っているような気がする。


「メグルさんも、寝てないで起きてくださいっ。メグルさんがいないと封印できないんですからっ」

「寝てるのはひよりのせいで……いや、なんでもないです」

「さっさと封印しますよっ」

「お、おう」

「封印が終わったら、メグルさんにはヘブンズクラッシュですっ」

「そればっかりは勘弁してください」

 俺は立ち上がったがすぐに座り直し、頭を地面につけて土下座した。

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