その25:鬼出現とマッコ待ち

 気がつくと、ひよりとこんちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。

「あ。起きた」

「起きたねー」

「……えーと。俺、なんで殴られたんだっけ?」

「憶えてないんですかっ。そうですか。んーと……。急に鬼が出てきて殴っていったんですよ! たぶん」

「あー。あれは強い鬼だったねー。メグルくんのお腹殴って消えちゃったけどねー。たぶん」

「憶えてるわっ。ひよりのヘブンズストライクだろうがっ。それをなんで俺が食らったのかと聞いてるんだ」

「なんだ。憶えてたんですか……。だって……。メグルさんがこんちゃんをお姫様抱っこするから……」

「アタシも動転しちゃってー。メグルくんの方に誘導しちゃったー。あはは」

「あれはとっさの行動だろうがっ。こんちゃん、寝た形で空中に出てきたんだから。ああしなきゃ、こんちゃん地面にお尻しこたまぶつけてたぞ」

「あー。あれねー。媒介石から出てきたときは、安全な態勢になるまでガードされてるから大丈夫なんだけどねー」

「え? そうなの? じゃ、俺が手を出さなくても、怪我するようなことは……」

「なかったですよ。メグルさんが手を出したから、ガードが解除されたんです」

 んー。あの、こんこんさまが光ってたのが、ガード状態だったのか。確かに、あの光が消えるまでこんちゃんの重みは感じなかったな。

「ひよりも、方角石から出てくるときはあんな感じで……?」

「わたしは、だいたい起きた状態で出てきますから。でもまぁ、あんな感じです」

「そうか……。わかってないことはまだまだあるな……。って、それは俺が殴られる理由になってないだろ?」

 ふたりは横を向いて口笛を吹く。吹けてないが。

「まーまー。それはそれとして、早く湊稲荷神社行かないと、マッコが来ちゃうよ?」

「そうだっ。早く行きましょう!」

 ふたりが駆けていく。なんかごまかされてしまった。俺はふたりのあとを追いかける。


「ふぅ。まー、走っていくほどのことはないよねー」

 駆け出したこんちゃんとひよりだったが、こんちゃんはすぐに走るのをやめた。俺はすぐに追いついた。

「もう。こんちゃん、体力ないなぁ」

「ひよりがありすぎなんだよー。こんな早朝からよく走れるねー」

「朝だからこそ走れるってこともあるんだけどな。ホントに、今度一緒に走るか?」

「遠慮しとくよー。そんなことしてると、ひよりが怖いしー」

「べつにわたし、怖くないよっ」

「それじゃあ、メグルくん、ここからおぶって行ってよー。あ、お姫様抱っこでもいいなー」

「こんちゃんっ!」

「ほら、怖いー」

 そんなよくわからないやり取りをしながら、俺たちは湊稲荷神社に到着した。


「マッコちゃん、まだ来てないですね。まぁ、時間に余裕はあるはずですけど」

「あの子もアタシと同じで朝は強くなかったはずだからねー。まだ寝てたりして」

「でも、朝の便っていうことだから、このくらいの時間なんですよねぇ」

 その、朝の便とかっていうのも俺にはよくわからんのだけど、聞いてもしょうがないことのような気がするので、聞かないでおく。

「この回るこま犬がマッコちゃんの媒介石で、ここから出てくるんだよな?」

「そうです。神界から来るときは、媒介石からポーンって感じで飛び出てきますから」

「うん。こんちゃんのときは意表を突かれたからな」

「あはは。メグルくんに抱きついちゃったよねー」

「こんちゃんが阿形の方から出てくるからだよっ。わたしが吽形の方で待ってたのに」

「アタシにしちゃ、いい選択だったよね。あはは」

「よくないよっ」

「マッコは、どっちから出てくるかなー」

「一応、導きの護符は左の吽形の方に設置してあるけど……」

「どっちに設置したかは関係ないからねー。アタシの例でわかってるだろうけど」

「こんちゃんは、どっちから来ると思う?」

「そうだねー。護符の無い、阿形の方かな」

「それじゃ、吽形の方だね」

「そうだな」

 二者択一は必ず外すというこんちゃんなので、おそらくこちらで決まりなんだろう。

「ひどいなー。でもまぁ、それで正解なんだろうけどねー。あはは」

「いやしかし、二者択一を必ず外すというのは、当ててるのに等しい気もするけどな」

「そうですよねぇ。こんちゃんの逆を行けばいいわけですからね」

「なんかバカにされてる気がするねー。あはは」


 待つことしばし。マッコちゃんはまだ現れない。

「そろそろでしょうかね。わたしは吽形の方で待ちます」

「アタシは自分の勘通り、阿形の方で待とうかねー。どうせこっちじゃないんだろうけどー。まぁ、こんな風に出迎えてあげる必要もないとは思うんだけどねー」

「後輩を暖かく出迎えてあげるのは、先輩の役目だよっ」

「んー。まあ、いいけどねー」

「あ。それから、メグルさんは離れててくださいねっ。こんちゃんのときみたいに、巻き込まれないようにしてくださいねっ」

「あはは。マッコがアタシみたいに抱きついてきたら、メグルくん、ウハウハかもしれないしねー。アタシとはまた、ばいん感が違うからねー」

「メグルさんっ! 絶対近づいちゃダメですからねっ」

 そこまで言われたら近づくわけにはいかないな。俺は境内の隅の方、小さな池の方に移動する。ここで、水みくじを濡らしたりするらしい。そういえば、この神社はいろんなおみくじを置いてるみたいだったな。金額もいろいろあったみたいだけど、おみくじ通信なんかはどう引くんだろう。そんなことを漠然と考えていると。


「あっ! これは……!」

 吽形のこま犬の前で手を開いて待ち構えていたひよりが、ピクッと動いて声を出した。

「ひよりー。どうかしたー?」

「どうした?」

 俺とこんちゃんの問いかけには応えず、ひよりは目を閉じ、何かに集中しているようだった。そして言った。

「鬼ですっ! 鬼の反応ですっ! この間兆候を見せていた鬼が、出てきたようです!」

「なっ。マジか」

「こんな朝っぱらから?」

「マジで朝っぱらからですっ。すぐに行かないとですね」

「はた迷惑な鬼だねー。朝から何考えてるんだか」

「まぁ、深夜に出てくるよりはいい気もするけどな。むしろ良心的だ」

「マッコちゃんも来れればよかったですけど、しょうがないですね。出迎えてもあげられませんけど、鬼優先です」

「そうだな。……で、場所はどこだ? やっぱり、西大畑公園のあたりか?」

「南西……の西よりですね。1キロか、もう少し離れてると思います」

 俺はスマホで地図を見る。

「ん……。やっぱり、西大畑公園か、その近辺だろうな。ここからだとちょっと離れてるけど、行くか」

「行きましょう!」

「西大畑公園かー。昨日銭湯まで走ったコース、ほぼそのままだよねー。つらい……」

「こんちゃん、何言ってんのっ。走るよっ」

「いやー。ひよりたちと同じに走るのは無理だよー」

「俺がおぶってやろうか?」

「それも悪くはないけどねー……。それだと遅くなっちゃうからねー。うん。ひより、メグルくん、ここはアタシにまかせて先に行ってっ」

「それ、カッコいいけど、使い方違うぞ」

「あはは。でも、ここは早く現場に行くことが先決だよ。アタシはひよりと違ってひとりでも行けるから、ふたりで先に行ってちょうだい。追いかけるから。ひよりはメグルくんがいないとダメだもんねー」

「た、確かにそうだけど……。なんか言い方が……」

「よし! こんちゃんの言うとおりだ。俺とひよりで先に行って、鬼を抑えよう。ふたりでやっつけられればそれでオッケーだしな」

「はい。そうしましょう。……こんちゃん、待ってるからねっ」

 俺とひよりはこんちゃんをおいて駆け出す。西大畑公園まで、少し距離があると言ってもおそらく1キロ半くらいなもんだろう。走ればすぐだ。歩いても二十分程度か。こんちゃんの走りが遅いとしても、そんなに時間がかかるわけでもないだろう。


「鬼か……。いきなり来たな」

「まぁ、兆候はあったわけですから、いきなりということでもないですけどね」

「それもそうか。こないだの甲羅鬼は、ホントにいきなりだったよな」

「あれも兆候はあったのかもしれないですけど……。とらえられなかったですね」

「日和山のすぐ裏だったから、急行できたんでよかったけどな」

「そうですね。今回も完全な鬼の形態になる前に封印できればいいんですけど」

「ああ。急ぐか!」

「はいっ」

 俺はスピードを上げる。ひょっとすると、俺よりもひよりの方が走るのは速いのかもしれない。近接パワー型だし。でもひよりが先行することはできないから、俺のスピードが俺たちのスピードになるわけだ。俺も、もっと速く走れるようになったほうがいいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、西大畑公園へ向かった。……ホントに西大畑公園でいいんだろうな。とも思いつつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る