その23:ダイエットと鏝絵(こてえ)の鶴
日和山住吉神社と開運稲荷神社の鈴紐を「共鳴の護符」でリンクした数日後。その夕方。
ひよりとこんちゃん、そして俺の三人は日和山の山頂でいつものようにミーティングをしていた。
「せっかく簡単な連絡はとれるようにしたけど、使う機会ないねー。あはは」
「まぁ、そんな頻繁に鬼に出られても困るけどな」
「そうだよ。使わないに越したことないんだから」
「ほぅ。それなら、バナナオムレット買ってきてくれっていうメッセージを毎日入れるのはやめてもらおうか」
「連絡がちゃんとできてるか、確認してるんですよ。テストですよ。テスト」
「なんでこっちだけそんな頻繁にテストするんだよ。……じゃあ、買ってくる必要はないんだな」
「それだと、メッセージがちゃんと届いてるか確認できないじゃないですか」
「届いてるよ。毎日。言葉で言えばいいだろ。もう買ってこないからな」
「あはは。それでも一応毎日買ってきてくれてるところが、メグルくんだよねー」
「俺も富豪じゃないんだからな」
この山頂に来る前に買ってきたバナナオムレットを、ひよりとこんちゃんのふたりがもふもふと食べている。こいつら、この地上では食べなくても生きていられるらしいんだが。食いたがるんだよなぁ。
俺が金を出す必要はまったくないんだし、次からは金を取ってやる。配送料を上乗せして請求してもいいな。
などと考えながらふたりが食べるのを見ていたら、「カラン」とお社の鈴が鳴った。
「ん。神様のおみくじ通信かな」
「あ。そうですね。それじゃあ、メグルさんはバナナオムレットをおごってくれたので、今回はわたしが出しましょう」
ひよりが珍しく自分から金を出すと言った。指についたクリームを舐めてから、日当の入った封筒から百円を出して俺に渡す。おみくじ箱に手が届かないひよりに代わって、俺がおみくじを引いてやる。
「えーと。ひよりとこんちゃん、ふたりあてだな」
ひよりにおみくじを渡してやる。
「わたしとこんちゃんですか。開けるね? んーと……。うっ!」
硬直するひよりの様子を見て、こんちゃんも顔を近づけておみくじを見る。
「なになに? なんだって? えーと……。うっ!」
ふたりが硬直したので、俺もおみくじを見せてもらう。そこには一言。
「太るわよ(遅いか)」
と書いてあった。
「め、メグルくん! あ、アタシ、太ってないよね! いつもおぶってて、どうっ?」
「メグルさん! わたしも変わってないですよねっ?」
数瞬硬直したあと、ふたりが矢継ぎ早に聞いてきた。
「こ、こんちゃんは、そんなに重くなってないよ……。ひよりも……ちょっと顔が丸いかなと思うくらいで……」
「そんなに……って! ちょっとは重くなってると感じてるのっ。うううううー」
「顔が……丸く……丸く……」
腹部を抑えて悶えるこんちゃんと、両手で顔を抑えて細くしようとしているひより。それを見て、あとで「メグルさんのせいだ」とか言い出さないだろうな、と思っていると、また鈴が「カラン」と鳴った。
「おい。また通信みたいだぞ。……おーい。ふたりとも聞いてないな」
しょうがないので、俺が百円出しておみくじを引いてやる。ん、俺あてか。開いてみる。
「ふたりが聞いてないみたいなので、メグルくんあてにします。明日の朝、まるこちゃんをそちらにやるので、よろしく。ふたりに伝えてください」
まるこちゃん……。マッコちゃんって子か。湊稲荷神社の。こないだ導きの護符をマッコちゃんの媒介石である「回るこま犬」に設置してきたから、いつでも来れるって話だったよな。
「おーい。ひより、こんちゃん。神様からおみくじ通信来たぞー。おーい。……聞いてないな」
また呼びかけるが、聞いてない。そんなショックだったか……。まぁ、正直俺はふたりとも太ったような変化は感じてないんだが。ひよりは元々顔は丸いんだからな。こんちゃんも、おぶってわかるような体重変化、してないだろ。
また声をかける。
「おーい。明日、マッコちゃんが来るんだってさー」
「マッコがっ?」「マッコちゃんがっ?」
あ。反応した。ふたりはようやく我に返って、俺に来たおみくじ通信を読む。
「マッコちゃん、来るんだね」
「このタイミングで来るのかー。マッコ……」
「湊稲荷の子だよな。こないだ護符を設置してきた……。天候や風を操ったり、空飛んだりとかする……」
「そうです。ホントは、まるこって言うんですけど、まわりも本人もマッコって言ってます」
「こんちゃん、タイミングって言ってたけど、なんかあるのか?」
「うーん……。メグルくんにはあんまり言いたくないんだけど……」
「メグルさんにはねー」
「な、なに……。いったい……」
「マッコはね……。マッコは……」
「うん……」
「ボン・キュッ・ボン……なんだよねー」
「……は?」
「マッコちゃんは……そういう体型で、スタイルに自信を持ってるんです」
「つまり、出るところが出てて引っ込むところは引っ込んでるという……」
「ばいんばいん……ってことだよねー」
「なぜそれを俺には言いたくないと……?」
「だって……、ねぇ、ひより?」
「だよねぇ、こんちゃん」
「俺って、そんなにばいんばいん好きだと思われてるの?」
「えっちな男の人は、やっぱりそういう方が好きだと……」
「俺、そんなえっちじゃないよ?」
「アタシだってスタイルは均整とれてると思うけど、ばいんばいんではないからなー。いつも密着してるのに、メグルくんなびかないしねー」
「いや、俺は別にそういう体型で左右されたりとかしないから」
「んー。ひよりとイチャイチャしてることからすると、それはそうなのかもしれないけど……」
「こんちゃん、なんかわたしに失礼なこと言ってるよ。……イチャイチャとかしてないし」
「話が迷走してるけど……つまりは、どういうこと?」
「マッコちゃんは、スタイルに自信があるから、だらけた体型してるとバカにされるんです……」
「そう! だからこんなことしてる場合じゃなくて! ちょっと走ってこよう! ひより!」
「う……うん! 待ってー」
俺は取り残されてしまったが……。こうしていてもしょうがないので、とりあえずふたりを追って走り出した。
ふたりは、海側の階段を駆け下りていった。少し経ってから、俺もそれを追う。
これは……このあいだ鬼の兆候反応があって出かけていった、西大畑公園コースかな。こんちゃんが先を走り、ひよりが続いている。さっきまで巫女衣装だったが、いつの間にチェンジしたのか、今はセーラー服のようだ。運動するんだから体操着になればよさそうなもんだが、ブルマはよほど嫌なんだろうなぁ。
俺はすぐに追いついた。こんちゃんはぜぇぜぇ言っている。いきなり走ったからな。そもそも、こんちゃんはあんまり運動は得意じゃないのかもしれない。ひよりはケロリとしているが。こっちは、基礎体力はありそうだからなぁ。近接パワー型だしな。
そして西大畑公園に到着し、しばし東屋で休憩する。まぁ、たいした距離じゃないんだが。
「あー。ちょっと痩せたかなー」
「いや、この程度では痩せないと思うぞ。って言うか、こんちゃん別に太ってないと思うぞ」
「え。さっき、そんなに重くなってないって……。ちょっとは重くなってたんでしょ?」
「いや、全然。そんなの、わからないよ」
「なんだー。早く言ってよー」
「何言っても聞こえないみたいだったから」
「あー。走り損したなー。汗かいちゃった。また銭湯だねー」
「ん。背中でしっかり重さを測ってあげるよ」
「う……。それはちょっと……」
「こんちゃんはいつも飄々とした感じするけど、こういうことで焦ったりするんだな」
「あはは。かわいいとこあるでしょ」
「そういうのを自分で言うところがなぁ」
「メグルさんっ! お風呂行く前に、せっかく来たんだからちょっと見ておきましょう!」
ひよりに腕をひかれた。
「あ。あんまりメグルくんにかまってると、ひよりが怒っちゃう。あはは」
「怒らないよっ。こないだ、鬼の兆候があったのは確かなんだからっ」
「そうだな。あれから、反応ないんだよな。どこだったんだろうな」
俺たちは、周辺を少し見て回ることにした。
西大畑公園を一周し、地獄極楽通りから行形亭前の石畳を歩く。
「うーん。料亭より、公園のほうが戦いやすいよなぁ」
「それはこっちの都合ですからね……。あっ。蔵がありますね」
黒い塀の向こうに、蔵が建っていた。
「へー。立派なもんだねー。あ、鶴だ……」
こんちゃんの声に蔵を見てみると、その窓のところに、鶴がいた。鏝絵(こてえ)というやつだろうか。立体的に、鶴が描かれている。窓の扉には、波のような形の鏝絵が。波とか水は、防火を願って蔵や家には描かれることが多いというけど、そういう類だろうか。
一通り、この辺を眺めたあと、俺たちは銭湯へ向かうことにする。
「ここまで来ると銭湯までちょっと遠いけど、走っていくかー!」
「いくかー!」
「えー。走るのー。メグルくん、おぶって行ってよー」
「こんちゃん何言ってるのっ。のぼせてもいないのにっ。さ、走るよ!」
「うー」
しぶしぶ走るこんちゃんを連れて、俺たちは銭湯へ向かった。
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