その22:走る護符通信

「イチャついてるかどうかってのはね、主観より客観なの! 本人の気持ちよりも、周囲から見てどう見えるかってことなんだから。そして、周囲から見てイチャついて見えるときは本人たちも実際にイチャついてるの! それが周囲の気持ちをザワつかせるの!」

 こんちゃんが、ひよりをビシッと指差して言う。

「こんちゃん、なんか怒ってる……?」

「え。……なんにも、怒ってなんかいないよ? うん。事実を述べてるだけで。……ところで、なにイチャついてたの?」

「イチャついてないってば。メグルさん用の共鳴の護符のテストをしてたら、メグルさんはくすぐられるのに弱いってことがわかって……。それで……」

「くすぐられるのに強いやつなんているのか? 慣れてないだけだよ。だいたい、大人になってからくすぐられることなんて、滅多にないだろ?」

「んー。女子同士だとたまにあったり……」

「マジか」

「ひよりも弱いよね」

「こんちゃんは、割と強いかも……」

「どういう状況でくすぐりっこするんだよ」

「そりゃまぁ……いろいろだけど。修学旅行のときなんか、ひより悶絶してチビりそうになってたもんねー」

「言わなくていいよっ」

「神界にも修学旅行ってあるのか……。そして旅行中にそんなことを……。チビるって、何をだ。トイレ行かないんじゃなかったか?」

「メグルくんもくすぐりに弱いんなら、ふたりでくすぐりあいすればいいのに。そして最弱くすぐられ王を決めればいいのに」

「「しないよっ」」

 ふたりで同時に言った。


 そして、こんちゃんに俺用の共鳴の護符について説明する。

「ふーん。なるほどね。メグルくんには、封邪の護符に作用する形で共鳴させると。それを作っちゃうのが、さすがにひよりだねー」

「んふふ。でしょー」

 ひよりが鼻の穴をふくらませる。やっぱり普通ではできないのか。ひより優秀説は本当なのか。

「それで、副産物としてこのメグルくん調教札も作っちゃったと。……えいっ!」

「あだだっ! こんちゃん、それ、つねるな! ひよりも、渡すな!」

「あはは。ホントに痛いんだ。おもしろーい」

「ねっ。おもしろいよねっ」

「おもしろいことあるかっ。おまえら、いいかげんに……」

「ほー。いいかげんに? こしょこしょこしょ」

「うひゃひゃひゃ。うぬぬ……。こんちゃん、おしとやかそうな外見なのに、意外と黒いな……」

「あー。面白かった。護符封印前に遊ばせてくれてありがと、ひより」

「楽しいからもったいないけどねー。封印はしないと。その前にいっしょに遊べてよかった」

「俺はおまえらのオモチャか。鬼より巫女のほうが怖いんじゃないのか」

「あ。気づいちゃった? 本当は、世界征服を企む巫女軍団と、それを阻止しようとする正義の鬼が戦っているんだよー。けけけ」

「おいっ。マジか!」

「メグルさんっ! ウソですからねっ。もう。こんちゃんっ。ホントっぽい顔でそんなこと言わないでっ」

「あははー。もちろん冗談だよー。でもヘタな小説だと、この辺でそんな伏線入れといたりしてねー」

「おいっ」

「ウソですからねっ。メグルさん! ……ところで、こんちゃん、今日は朝からどうしたの?」


「あ。そうだ。目が覚めちゃったから来たっていうのはホントなんだけどねー。アタシの方の共鳴の護符も設置はしたからさ。テストしてもらおうかと思って。そしたら、ふたりがイチャついてたからさー」

「イチャついてはないけど……。そっか。わたしもそちらのテストもしようと思ってたんだけど、こんちゃんはまだ寝てるんだろうから、お昼にでもと思ってたんだ」

「まだアタシは来ないだろうと思って、安心して早朝からイチャついてたんだねー。早く来ちゃってごめんねー」

「イチャついてないってば。もう。……こんちゃんの方はシンプルだからね。普通の共鳴の護符を使うだけだし。資料にあった共鳴の護符のレシピ通りに作ればいいだけなんで、簡単なんだ」

「うん。それを昨日の夜の誰もいないうちに、開運稲荷神社の鈴紐に仕掛けておいたよー」

「わたしの方もすでにそれは終わってるんで、あとはちゃんと鈴が鳴るかどうかだね」

「それじゃあさ、これからアタシとメグルくんは開運稲荷の方へ行くから、ひよりは五分後くらいに鈴を三回鳴らしてよ」

「なんでメグルさんも……」

「伝令係だよー。うまくいったかどうか、伝える係がいないと」

「そうか。こんちゃんが行ったり来たりするのも大変だもんね」

「俺は大変じゃないのか」

「時間節約になるし、体力自慢のメグルさんなら……と」

「人を脳筋みたいに言うな」

「まぁまぁ。メグルくん、お願い。メグルくんしかいないんだし。ひよりが動くわけにはいかないしさ」

「まぁ、そうだけども。……しょうがないな」

「ありがと。ひよりー。メグルくん、借りるねっ?」

「べ、べつにわたしのものじゃないから……」

「あはは。そうだね。じゃ、メグルくん、行こっか。ひより、五分後に鈴三回ねっ」

 こんちゃんが俺の腕をとり、一緒に海側の階段を下りる。

「わかった……。って、腕は組まなくてもいいよっ。こんちゃんっ」


 日和山から開運稲荷神社まではほぼ直線で、普通に歩けば五分あれば着く距離だ。そのみちのりを、こんちゃんと歩く。

 いつもひよりが一緒で、こんちゃんとふたりだけになるというのは、ほとんどない。銭湯からの帰りには俺がおぶることになるので、そのときにはひよりよりも近い距離にはなるが。

「ふたりきりだねー。メグルくん」

「こういうの、あんまりないよな」

「なんか、素っ気ないなー。銭湯帰りにはあんなに密着する仲なのに」

「いや、俺、いつもこんな感じだろ? 密着って……半病人を看病するみたいなもんだし」

「ひよりとは、あんなにイチャイチャするのにねー。半病人の看病か……。仮病だったりして」

「イチャイチャしてないって。……え。まさか、のぼせてるって、ウソなの?」

「あはは。仮病がウソだよー。のぼせてるのは、ホント。いつもお世話になってます」

「だよな。まぁ、開運稲荷に着く前には回復してるんじゃないかなって気はしてるけど」

「あはは。やっぱりバレてるか。メグルくんの背中が気持ちよくってねー」

「なんか、ひよりもいきなりおぶさってきたことがあるんだよなぁ。こんちゃんがそうしろって言ったんだろ?」

「あはは。ひよりにも、メグルくんの背中の気持ちよさを知ってもらいたくて。……それはウソだけどね。ひよりはお子ちゃまだから、いろいろ焚き付けてあげないと」

「……それは……なんとも……」

「最近はいつもイチャついてるみたいだから、結構だけど。でも、それだけに最近はちょっと嫉妬もしてるんだよねー」

「え……」

「ひよりは親友でいつも一緒だったのに、今はメグルくんにべったりだからねー」

「えーと、それは……」

「あはは。冗談だよー。ひよりとメグルくんはお互い大事なバディだからね。それに、メグルくんがバイト行ってていないときは、アタシとひよりは二人でいることも多いからねー。『大事なバディ』ってのは、ひよりがいつも言ってることだから」

「…………」

「もうすぐ開運稲荷だねー。おー、マイホーム!」


 開運稲荷神社の鳥居をくぐってこんこんさまの前を通ると、上の方で鈴が鳴っていた。

「あ。話しながら歩いてたら、五分すぎちゃったかなー。あはは」

「でも、確かに三回鳴ってたみたいだから、大丈夫だったんじゃない?」

「うーん。大丈夫ってことにしてもいいんだけど、念の為、もう一回やってもらおうかな」

「それは、俺が伝令するわけだよな」

「ご明察! あはは」

「しょうがないな」

「それじゃ、今からこっちの鈴を四回鳴らすから、それをひよりに伝えてくれる? それで、向こうの鈴をまた三回鳴らしてくれっていうのも」

「わかった」

「話しながらだと五分過ぎちゃったけど、ひとりで走れば二分あれば着くよね」

「おい。人使い荒いな!」

「あはは。信頼してるんだよー」


 こんちゃんが開運稲荷神社の鈴を四回鳴らすのを背中で聞いて、俺は日和山へ走った。

 日和山に着くと、ひよりがなんだかちょっと機嫌悪そうに待っていた。

「あ。メグルさん。……どうでした? さっき、こっちの鈴が四回鳴りましたけど」

「いや、ちょっと、行くのが遅れちゃったみたいで……。もう一回やってくれないかって。それと、さっき鳴った四回はそれでいいんだ。向こうでさっき四回鳴らしたから」

「……そんな、時間に遅れるくらい、こんちゃんと楽しくおしゃべりでもしながら歩いてたんですかっ」

「えーと、その通り……かな」

「……そうですかっ。それじゃあ、また鈴を三回鳴らしますから、すぐこんちゃんに知らせてあげてくださいっ。そしてすぐに戻ってきてくださいねっ。メグルさんもバイト行かなきゃですしねっ。往復四分でいいですよねっ。はいっ。スタートですっ」

 なんで早朝からくすぐられたりつねられたりダッシュしてなきゃならんのか。そんな思いにかられながら、俺は一生懸命走った。


 テスト結果は良好。日和山住吉神社と開運稲荷神社の鈴紐はリンクされた。

 ただ、それだけだと一般の参拝客が鈴を鳴らしたり神様のおみくじ通信でも鳴ってしまうことになるので、特定の鳴らし方をしたときのみ両方の鈴が鳴るようにしたらしい。ちなみに、鬼が出たときのサインは三三七拍子だそうだ。むぅ……。そのセンス……。

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