その21:呼出札と調教札

 翌早朝。俺はいつものように日和山展望台で深呼吸をして、日和山住吉神社へ向かう坂道を下りる。

 もし俺にこの習慣がなかったら、ひよりは、鬼退治はどうなっていたんだろうなぁと、また思う。展望台の上でずっと泣いていて通報されて、警察のお世話になっていたりしたんだろうか。身元を証明するものもないし、神界から鬼退治に来たとか言ったら入院させられそうだよなぁ。

 その前に、事情聴取で小学生扱いされて警察官相手にヘブンズストライクを見舞って檻の中に入っちゃってたかもしれないよなぁ。

 そう考えると、俺はひよりにもっと感謝されてもいいんじゃないのか。最近、こんちゃんも加わって、女子ふたりの俺に対する扱いがひどくなってきた気がするんだが。


 などと考えながら坂道を下っていると、日和山に着いた。いつものように、海側の階段から山頂に上る。

 山頂に出るといつもひよりが方角石に座っているんだが。……いないな。まさかまたひとりで動いて、どこかで迷子になってるんじゃないだろうな。それとも、まだ方角石の中で寝てるのか?

 コンコン、とノックをするように方角石を叩いてみる。

「おーい。ひよりー。いるかー?」

 反応がない。やっぱり迷子か? どこへ行った? 周囲を見回していると、方角石が淡く光り始めた。そして方角石に座った格好で、ひよりが姿を現す。

「あ。メグルさん、おはよーございまふ……」

「お、おう。おはよう。なんだ、寝てたのか。俺が来るといつも起きて待ってるのに、まだ寝てるなんて、珍しいな。また迷子になったのかと思って探しに行くところだった」

「すみまふぇん。共鳴の護符を作るのに興が乗っちゃって、時間かかっちゃって」

「そうか。……ん? 興が乗るって、護符作りってそういうもんなの?」

「自作派は、いろいろ凝っちゃうんですよー」

「護符にも自作派とかメーカー品派とかあるのか……。護符って、パソコン組み上げるみたいなもんなのか」

「えへへー。わたしは自作派なんです。何でもかんでも作るわけじゃないですけどね」

「確かに技術者っぽいところあるしな。……まぁいいや。まだ眠いのなら、寝とくか? 別に俺は急ぐわけでもないんだし」

「いえ。もう目が覚めました。大丈夫です。メグルさんのもですけど、こんちゃんのところも昨夜のうちに護符の設置は終わってるはずだから、そちらも試しておきたいんですよね」

「ふむ。ひよりがいいんなら、俺はかまわんけれども。……俺用の共鳴の護符を作るって言ってたよな」

「はいっ。できてますっ。メグルさん呼び出し札~っ!」

 ひよりが懐から護符を取り出し、右手に掲げながら言う。猫型のロボットが道具を出すときのファンファーレみたいな音が聞こえたような気がした。


「んー。なんか、あんまり響きの良くない札名だな。呼び出し札て……」

「そうですか? 機能を過不足無く表現してる名前だと思うんですけど」

「そうかもしらんけど……。まぁ、別にこの名前で売り出すわけでもないから、いいか」

「うふふ。それじゃあ、その名前で。メグルさんをバシバシ呼び出します」

「なんかやだな。クシャミのたびにツボから飛び出なきゃならないみたいで」

「何の話ですか」

「なんだろうな」

「それはどうでもいいですけど、メグルさん呼び出し札について説明しますね」

「頼む」

「まぁ、この札はたぶんわたししか使いませんから、使い方はわたしが知ってればいいんですけど」

「……かもしれないな。俺は何を知ってればいいんだ?」

「そうですね。論より証拠で、やってみたほうが早いですかね。やってみますね」

 ひよりは、懐から竹串のようなものを取り出した。そして、それを護符、メグルさん呼び出し札とやらに突き立てた。


「いっ……てぇっ!」

「あっ。痛いですかっ? すみません。やっぱり、実地での調整って必要ですね……」

「えーと、つまり、それは……」

「はい。基本的には、この護符に対する刺激がそのままメグルさんの胸の固着紋に反映されます」

「竹串を札に刺したら、俺の胸にも同じ刺激が来ると……。いや、同じっていうか、もっと痛い気がするぞ」

「刺激は弱くするつもりだったんですけど、うまく調整できてなかったですね……」

「なんか……呪いの藁人形っぽい感じがするんだが」

「……あっ。なるほど。考えてなかったですけど、これを持っていれば、メグルさんを意のままに操れるかもしれないわけですね……」

「おいっ!」

「えいっ」

「あだだだだ。指で札をぐりぐりするなっ」

「それっ。こしょこしょこしょ」

「うひゃひゃひゃひゃ。く、くすぐるなっ」

「さて、次は……」

「やめっ、やめろっ。なんて恐ろしいやつだっ……」

「もうしませんよ。一方的にメグルさんをいたぶるなんて。そんなことのために作ったわけじゃないんですから。この札は封印します」

「捨ててくれよっ」

「下手に捨てたりすると、それを手にした誰かが燃やしちゃったりするかもしれませんからね。そうするとメグルさんが……」

「うっ。くそ。なんてことだ」

「なので、この護符は一度無効化して念の為に封印します。安心してください。一応、メグルさん調教札と名付けておきましょうか。うふふふふふ」

「笑いが邪悪な感じがするんだが。調教札って何だよっ。ホントに無効化、封印してくれるんだろうな」

「約束しますよ。絶対にそうします。もしまた必要になれば、作り方は憶えてるんですから」

「おいっ。それは忘れてくれ。いや、忘れてください」

「でも、本来のメグルさん呼び出し札は必要なんですから。作り方は同じだし、そっちは作らないと」

「むむぅ」

「ホントに、信用してくださいよぅ。わたしがメグルさんがホントに嫌がってることをするわけないじゃないですかっ」

「ヘブンズストライクを撃たれるのも嫌がってるんだが。……横を向いて口笛を吹くな。吹けてないし」


 それから、調整した「メグルさん呼び出し札」が作られた。原型ができていれば割と簡単にできるらしい。「メグルさん調教札」はまたあとで封印するそうだが……。絶対してくれよっ。

 新たに作った「呼び出し札」の方は俺への刺激がマイルドになっていて、我慢のできるものになっていた。むしろ心地良いくらいの刺激を感じるように調整されたようだ。

 そして、札に対する刺激の仕方によってメッセージを決めることになった。まぁ「鬼が出た」というのだけ決めておけばいいようなもんだとは思うが。


「どんな感じにするのがいいですかね?」

「まぁ、わかればいいだろ。『オニ』の『オ』でも書けばいいんじゃないか?」

「文字、わかりますかね。ちょっと書いてみましょうか。……オ、っと」

「ん……。わかるぞ。胸に『オ』って書かれてるのが。ヘンな感じだけど。……ん? 他にもなんか書いてるか? ……『ム』、か?」

「わかりました? すごい。確かに『オ』の下に『ム』って書きましたっ」

「なんだそれ」

「日和山に来るときに、バナナオムレットを買ってきてくださいっていうメッセージですよ」

「おい。紛らわしいだろ。鬼が出たと思って駆けつけたらバナナオムレットを待ってたとか、そんな光景が目に浮かぶわっ。だいたい、俺は使いっぱしりかっ」

「うー。ダメですか?」

「決まってるだろ?」

「こしょこしょこしょ」

「うひゃひゃひゃ。おいっ! 調教札を使うなっ。封印しろよっ」

「もったいないから、封印する前にちょっと使っておこうかなって。……オムレット、ダメですか? こしょこしょこしょ」

「うひゃひゃ。わかった。それだけ許可する! だからやめろ……ってください!」

 結局、「オム」だとやはり紛らわしいので「バナ」と書いたらバナナオムレットを買ってくるということになった。なんでこんなことを決めねばならんのか。買ってくるだけで、金は出させるからな。


「その……調教札は絶対封印してくれよ。頼むから」

「しょうがないですね。約束します。安心してください」

「しょうがないってなんだよ。それたぶん、神様に見つかったら怒られるやつだぞ? 呪具みたいなやつなんだから。地上人に対して巫女が使うようなものじゃないぞ。」

「それは一応……自覚してます。だから封印するんです」

「ならいいけど」

「でも、メグルさんがくすぐりに弱いというのは発見でした」

「俺だって知らなかったよ。そんなくすぐられたことないからな」

「そうですか。うふふふふふ」

「また邪悪な笑いをするなっ。手をわきわきして近づいてくるなっ」

「うふふふふ」

「こらっ。やめろっ」

「もー。たまに早起きして来てみれば、相変わらずイチャついてるし。親密そうでなによりだねー」

「ひっ。……こんちゃん! べ、べつに……わたしたち、イチャついてなんて……」

 後ろには、いつの間にかこんちゃんが立っていた。

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