その19:ビンボー人と行形亭

「確かに、中に入るのもはばかられる感じしますねぇ」

 高級料亭・行形亭(いきなりや)の入り口前で、ビンボー人三人が話し合う。

「『鬼が出るかもしれないので、中の様子を見させてもらえますかー?』とか、言えないねー。あはは」

「うん。せめて、何か食べたりしないとな。……そういや、カフェもやってるとか聞いたことあるような」

「それなら入れるかもですねっ。今度また来ましょうか。うふふ」

「割り勘ならな」

「「えー」」

「ふたりで声をそろえるな。カフェって言ったって、それなりの高級感はあるんだろうしな。俺だってビンボーなんだ」

「こんな美少女ふたりをはべらせて『会計別々で』とか言ってたら、笑われちゃうよー?」

「笑われてもいいんだよ。それに、高級料亭はそんなことで笑ったりしない! ……ような気がする」

「しょうがないですね。それじゃあ、お金がたまったら来ましょう。早くためてくださいねっ」

「あくまで俺の金なのかっ。ふたりでうなずくなっ」


「あはは。まぁ、それはそれとして、ホントにこの料亭内に媒介石があって、鬼が出てきたら大変かもねー。鬼の結界が効いて、アタシたちが入れたとしても、中で暴れるわけにもいかないだろうし」

「そうだなぁ。中にある骨董品とか高級品とか壊しちゃったら、弁償できないからな」

「そのときは、わたしたちは神界へ……」

「そうだねー」

「俺だけ残して帰るつもりかよっ」

 ふたりは横を向いて口笛を吹く。吹けてないが。

「おまえら……」

「あはは。冗談だよー。ここに鬼が出ないことを祈っといたほうがいいねー」

「そうですよ。冗談ですよ。そんなことするわけないじゃないですか。メグルさん」

「冗談言ってるようには見えなかったが……。まぁいい。鬼が出るのはここじゃないということにしよう」

「あはは。なんか、フラグ立てたっぽい言い方だねー」

「縁起でもないことを。……神界でも、フラグとか言うのか」

 向こうには大きな蔵も見える黒い塀を右手に見ながら、さらに先へ進む。


「……またなんだか立派な建物が続きますね。これもみんな行形亭さんですか?」

 黒い塀は途切れたが、先にはなまこ壁の蔵らしき建物や立派な和風の建築が続いている。

「いや、これは……なんだっけ。入り口に看板があるな。『国指定名勝・旧齋藤家別邸』だってさ」

「偉い人のお屋敷だったところ、ですかね」

「そんなところだろうな。こういうところは入ってみたいけどな。何百円だかで入れるらしいし」

「媒介石になるようなものもあるかもねー」

「いろいろありそうではあるよな」

「ここでも、暴れるわけにいかなそうですね」

「だろうなぁ。してみると、ロリコン鬼も甲羅鬼も、いい場所に出てくれてたな」

「そうですねぇ。一応、暴れられる場所でしたね」

「……甲羅鬼は、助賈地蔵院から出てきたけど結界は湊小学校跡だったな」

「助賈地蔵院だけだと、狭かったんでしょうね」

「そういうのって、勝手に決められるのか?」

「わたしたち巫女は、結界はだいたい担当神社の敷地になるんですけど……。鬼はなにか基準があるんでしょうかね。それはわからないです」

「狭い家の中とか、箱の中とかだけが結界だったら、ちょっとイヤだよねー。あはは」

 ふむ。巫女と鬼とでは結界の考え方というかルールが違うのかもしれないな。まぁ、なるべく高級品の無いところに出てもらいたいもんではあるな。


 旧齋藤家別邸を過ぎると、少し大きな通りに出る。バスも通る道路のようだ。

「んー。この先は……新潟大神宮。神社か。ここも、おまえらの仲間の神社だったりするの?」

「大神宮かー。ここは、いないね。少なくともアタシたちの知り合いではないねー」

「ここくらい大きな神社になると、わたしたちが任されることはなくって。担当巫女はいるのかもしれないですけど、よくわからないんです」

「ふーん。それじゃ、白山神社とか護国神社なんてのもそういう感じなのか。まぁ、そうだなぁ。あの辺を仕切ってるのはひよりみたいな感じではなさそうだなぁ」

「どういう意味ですかっ」

「なんかさ、メガネかけた委員長みたいな固い感じの子がビシバシ仕切ってそうじゃないか」

「あはは。うちら、ユルいからねー」

「いつも言ってますけど、わたしだって、優秀なんですからねっ」

「はいはい。しかし、そうなると鬼はこの大神宮からは出てこないと考えていいのかな?」

「なんか、わたしの『優秀』を軽く流された気がしますけど……。たぶん鬼は出てこないと思いますけど、油断はできないです。今現在、地上に大神宮の巫女がいるわけでもないですから。鬼の適合する媒介石があったら、使われちゃうかもしれません」

「そうか。難しいもんだな。……一応、チェックか」


 大神宮を見たあと、その裏手にある御林(おはやし)稲荷もチェックして、階段を下りる。

 新潟大神宮や御林稲荷は、坂や階段を上って参拝する形になっている。この高低差も砂丘であって、砂丘を利用して高いところに社殿をおくような形になっているらしい。開運稲荷神社と同じ形だ。

 先程の行形亭や旧齋藤家別邸も、砂丘の高低差を利用して庭園が作られているらしい。自然の高低差を使って景色を生み出しているのだという。やはりそのうち実際に行って見てみたいものだ。

「あー。坂の上り下りしたら、ちょっと疲れちゃったねー」

「こんちゃんの開運稲荷だってそうなのに。日和山だってそうだけど」

「あはは。そうなんだけどねー。アタシの媒介石のこんこんさまは、階段を上る前にあるからねー」

「社務所は上にあるじゃないか」

「それもそうか。毎日上り下りしてるんだ」

「神社は、高いところにあること多いもんね。……でも今度来る、マッコちゃんの湊稲荷神社は高くないね。マッコちゃん、一応飛べるのに」

「んー。飛べない巫女の神社は高いところにあって、飛べる巫女の神社は低いのかー。ちぐはぐー」

「そんな、大層な高さじゃないだろ」

「まあねー。ダイエットだと思って上り下りするかー」

「それがいいな」

「そこは『こんちゃんはダイエットなんて必要ないだろ?』でしょうが!」

「そうですよ。メグルさんはホントにもう」

「なぜ俺が責められる」


「……あとこの辺だと、こんなところですか?」

「そうだなぁ。あと、この先はちょっと道路がうねうねするけど、カトリック教会があるかな」

「教会かー。鬼、ああいうところに出るのかな。聞いたことないけど。あはは」

「んー。十字架の下で鬼が暴れてるっていう光景もシュールだよなぁ」

「悪魔とか吸血鬼とか、そんな感じですよねぇ」

「そういう、西洋的なやつらって、出てこないのか?」

「わたしは見たことないですね。出てきたとしても、たぶんやりにくいですよね」

「そうなの? なんで?」

「だって、たぶん日本語しゃべらないですよね。英語とかドイツ語でしゃべられても、反応しづらいですよ。何か向こうがしゃべるたびに辞書ひいたりして」

「だよねー。いちいち『え?』とか聞き直してたら戦えないよねー」

「……そういうもんですか」

「だって、メグルさん、ロリ……ヘンタイ鬼さんとか甲羅鬼さんが英語で話してたら、ちゃんと反応できてたと思いますか?」

「……無理だな」

「でしょ?」

「あいつら、カタコトっぽいしゃべり方だけど、完全に日本語だったもんな。なんでカタコトなんだかわからないけど」

「普段は鬼語しゃべってるけど、地上に出るときは日本語勉強してから来るんだったりしてねー。あはは」

「だとしたら、やつら勉強家だな。尊敬するぞ。そんな偉いやつらと、もう戦えないかも」

「違いますよ。口の構造上、しゃべりにくいだけですよ。鬼さんたち、キバとか生えてますからね。……たぶん」

「どっちにしろ、苦労してるんでは……」

「まぁ、だから悪魔とか吸血鬼とかも、言葉が通じないとカッコもつかないから、こっちには出てこないんじゃないですか、っていう話ですよ。鬼も西洋風の教会には出づらいだろうなぁ、ということでもあります」

「そんな話だっけか。……それじゃ、鬼は教会には出ないと、いうことで」


 この先はもう、しもまちエリアとは言えなくなってくる。範囲を広げてもここまでだろう。

「一応、南西から南南西方向ということで歩いてきたけど、こんなところだな」

「大神宮もカトリック教会も除外すると、美術館から旧齋藤家別邸あたりまでですね」

「媒介石っぽいものは見つからなかったねー」

「公園のオブジェとか、建物の敷地内にある何かなのかな……」

「建物の中のものだと、仮封印しておくわけにもいかないですね」

「勝手に侵入して護符貼るわけにもいかないしな」

「様子を見るしかないねー」

「どこにどんなものがあるかはとりあえず把握できたから、あとはひよりの鬼感知がたよりだな」

「まかせてくださいっ」

 ひよりが鼻息をぶふーと出す。

「しかし、ここまで日和山からだとけっこう距離あるし、いつ鬼の反応があるかわからないからなぁ。すぐに連絡がとれればいいけど」

「それも、ちょっと考えがありますっ」

 ひよりが得意そうにパンッと胸を叩く。

「ほう。どんな考えだ? しかし、いい音がするな」

「なっ。ばいん感が無いからいい音がするとっ? ヘブンズ……ぶっ」

「まぁまぁ、まずは考えを言ってよー。メグルくんも、そんなことばっかり言ってるからー。あはは」

 ヘブンズストライクを放とうとするひよりの顔を抑えて、こんちゃんが止めてくれた。でも考えを聞き終わったらヘブンズストライクが飛んでくるかもしれないので、心の準備をしておこう。

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