その17:共同墓地と怖がり巫女
湊稲荷神社に「導きの護符」を設置した、その夕方。バイトを終えた俺は日和山へ向かう。最近は毎日これだ。ひよりと出会う前の俺って、バイト終えたあと何してたんだっけかなぁ。
街側の階段を上ると、ひよりとこんちゃんのふたりがベンチで話をしている。
「あ。メグルさん、お疲れ様ですー」
「メグルくん、お疲れー」
俺に気づいたふたりが、声をかけてくる。
「おう。ふたりとも、お疲れさん」
ひよりは日和山の五合目カフェで、こんちゃんは開運稲荷神社の社務所でバイトをしている。どちらも自身の結界内なので、やりやすいらしい。
「こんちゃんは、バイト慣れたかい?」
「んー。まぁ、大したことはしてないけどねー。社務所に用事のある人ってのもそんなにはいないから。御朱印もらいたいって人もポツポツいたけど、多くはないからねー。このところは、境内の草刈りとかもしてたよ」
「ほう。意外と重労働だったりするのか」
「草刈りはねー。ちょっと疲れたねー」
「うふふ。こんちゃん、あんまり肉体労働しないしね」
「んー。眠くなってくるよ」
「肉体労働すると眠くなるよねー」
「それはそうとメグルくん、今朝湊稲荷神社行ったんだって?」
「ああ。早いほうがいいよなって、早朝にさっそく仕掛けてきた。こんちゃんは朝が強くないって話だったから、声はかけなかったけど」
「まあね。ひよりにも聞いたけど、アンタたちふたり、朝早すぎだよー。アタシには無理だわ」
「習慣なんでね」
「そうだよー。朝早いの、気持ちいいよ?」
「じいちゃんばあちゃんか。やっぱりアンタら、お似合いだわ」
「そ、そんなこと……」
「赤くなって人差し指カチカチすんな。まぁ、バディとしては生活パターンが合ってるほうがいいからな」
「あはは。メグルくんはあんまりこういうのに動じないねー」
「あんまり揺さぶられた感じもしないけどな」
「ひよりは動じまくりだけどねー。精神攻撃に弱いから」
「よ、弱くないよっ。べつに、動じてないし……」
「外見がお子ちゃまなんだから、中身は大人じゃないとなぁ」
「誰が外見お子ちゃまですかっ。ヘブンズ……あっ」
ひよりが、ハッとした感じで動きを止めた。
「ん? どうした?」
「今……、一瞬ですけど、鬼の反応があったような……」
「え。ホント? まだある? アタシは感じなかったけど」
「今は消えてる……。一瞬だったけど、確かに鬼だと思う」
ひよりは、水先案内の能力を持っているということもあって、鬼の存在を感知する力が強いのだという。こんちゃん達、他の巫女にもある程度はあるらしいが、ひよりには及ばないらしい。それが、ひよりが真っ先に地上へやって来た理由でもあるということだが……。
「消えたのか。そういや、ロリコン鬼のときも、反応が出たり消えたりしてたよな。そういうのは、あんまり強くない鬼だとか言ってたけど……」
「いえ、今感じたのは、兆候だと思います。あのロリ……ヘンタイ鬼さんのは、一度こちらに出てきたものが反応を消してたわけですけど、今のは、こちらに出る前に反応が漏れ出てきているというか……」
「反応が漏れてくるほど、強大ってことか……?」
「かもしれません」
「うーん。そうなると、強い鬼なのかな。こないだの甲羅鬼の親父ってやつかな」
「それはわからないですけど……可能性はありますね」
「ついに、鬼が出るのね。アタシまだ鬼とは戦ってないからなー。腕が鳴るわー」
「できれば戦わないほうがいいんだけどね」
「しかしまぁ、出てきたら戦わざるを得ないんだろうからなぁ。仮封印ができればいいけど。場所はわかるのか?」
「一瞬だったので、詳しいところは……。でも、だいたいの方向はわかります」
「そうか。それじゃ、その方向で媒介石になりそうなものがないか、あたりをつけておくか」
「そうですね。その方が良いですね」
「方向はどっちだったの?」
「南西ですね。南寄りの……。南南西になりますか」
「んー。そっちに何かあるかな」
「これから、みんなで歩いてみようよ」
「そうするか」
俺たちは、とりあえず南西方向を歩いてみることにした。
日和山の海側の階段を下りる。交差点でひよりが逆方向である開運稲荷の方へ行こうとするが、襟をつかんで方向修正する。毎度のことだ。南南西とか、行くべき方向はわかっているのに、本人に方向感覚が皆無なんだからなぁ。もったいない。
「んー。ここから南西だと長屋に入るから、もうちょっと海側から南西に向かうか」
俺たちは、交差点を海側に少し進んでから南西方向にのびる道を進むことにする。その道は……両側が墓場だった。
「め、メグルさん……。この辺一帯、お墓ですよ。お墓」
「そうだな。だいたい、日和山のあるあたりはお寺が多いからな。近くにある西堀通ってのは、ずっと向こうまで何キロもお寺が並んでるんだ。こっちの方は、共同墓地って言って、外国人のとか、十字架とかいろんな宗教の墓があるらしいぞ。それこそ、神道とかも……」
「でも、こんなに並んでるとなんだか……」
ひよりが、俺の腕をつかんでくる。
「あはは。ひよりってオバケ怖いもんねー」
「え。そうなのか? 神界の巫女なのに? おかしくないか? むしろ、お祓いとかするんじゃないの?」
「オバケとか幽霊って、殴れないじゃないですかっ」
「そりゃ……なぁ。まぁ、ひよりの技は殴る蹴るだから攻撃は効かないだろうけど」
「こっちの攻撃は効かないのに、むこうは攻撃してくるんですよっ」
「んー、でも、むこうだって物理攻撃はできないんじゃないのか? あんまりグーで殴ってボコボコにしてくる幽霊って聞いたことないぞ」
「……それもそう……ですね……」
「幽霊はだいたい精神攻撃してくるだけだからな。突然出てきておどかしたりヘンな顔したり恨みごと言ったりで。それで勝手にどこかから転落したり道路に飛び出したりしてケガしたり命落としたりするんだから、やつらに物理攻撃はできない! と俺は見てるぞ。まぁ、やつらがホントにいるのかどうかも知らんけど」
「ひよりは、その精神攻撃に弱いんだからしょうがないよねー。あはは」
「だって……」
「まぁ、怖いときにはメグルくんの腕をつかめるんだから、いいんじゃないの? 前はアタシの腕をつかんでたのにねー」
「あっ。……あの、こんちゃんに……」
「もう遅いよっ。そっちつかんでなよっ。あははー」
「こんちゃんはオバケ怖くないのか?」
「うーん。見たことないからなー。鬼はアタシたちにとっては現実だしねー。もし、オバケっていうのがいて襲われて攻撃が効かなかったら、怖がるかもしれないねー」
「こんちゃんの攻撃は効きそう?」
「アタシの火は一応浄化作用もあるから、オバケっていうのが穢れを使ってくるなら効くかもね。そういう意味じゃ、ひよりのヘブンズストライクだって効きそうなんだけどなー」
「なんだ。攻撃が効くとか効かないとかじゃなくて、ひよりはただ怖いっていうだけか」
「怖いものは怖いんですよっ」
「まぁ、その辺はメグルくんに抱きついてれば大丈夫だから。あはは」
「俺も、オバケや幽霊に攻撃できるわけじゃないけどな」
「精神攻撃には強そうだから。冷静に幽霊に説教してやれば勝てそうだよねー」
「あー。実際、除霊とか調伏ってそういうもんかもしれないよな」
「うう。なんか怖い話ばっかりして……。わたしだって鬼になら負けないのに……」
「まぁ、ひよりは鬼にだけ勝ててればいいよ。……でも、鬼の結界が墓場だったりしたらイヤだな。しかも夜の戦闘だったり」
「そのときは、わたし日和山で寝てます……」
「そんなわけにいくかっ。……でも実際、こういう墓が媒介石になったりはしないのか?」
「たぶん、それはないかなー。お墓とかって、個人とか家とかで大事にされる、パーソナルなものなので。対象が狭いと媒介石にはなりにくいかなー。ね、ひより?」
「そ、そうですね……。媒介石は思いの強さも重要になりますけど、多くの人に愛されたり触れられたりするものの方が、開かれた扉にはなりやすいですから」
「なるほど。扉か。墓は個人の出入り口になっちゃうわけか。それじゃ、墓は除外だな。だいたい、これだけの墓が媒介石になるかもしれないとなったら、大変だろうしなぁ」
「墓場にある、お墓と関係ないオブジェみたいなものが媒介石になる可能性は捨てきれないけどねー」
「ふーむ。そうすると今度、墓場を巡ってみないといけないかなぁ」
「それは、メグルさんひとりのときに行ってくださいねっ」
「えー。墓場にいる間中、メグルくんの腕に抱きついてるチャンスかもよ?」
「そんなことしないよっ。でも……メグルさんひとりにまかせるわけにもいかないか……」
「あはは。素直じゃないなー」
「ま、墓場はあとだな。もっと先の方へ行ってみようぜ」
俺たちはさらに南西方向へ進む。
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