その15:風呂上がりはうだうだと
「あー。今日もいいお湯だったねー」
俺の背中で、こんちゃんが言う。
「それはよかった。……まぁ、人の背中におぶさって言うようなことでもないような気はするけど」
「メグルくんには感謝してるよー。でもまー、風呂上がりで石鹸の香りのする美少女と密着して歩けるんだから、十分な報酬だよねー」
「自分で言うな。……真っ向から否定はしないけど」
「あはは。正直ー」
「メグルさんっ。なに赤くなって言ってるんですかっ」
「俺も風呂上がりだし、重労働ではあるんだよっ」
「こんちゃんも、加減すればいいのにっ」
「ごめんねぇー。ひよりもまたあとでおんぶしてもらいなよー」
「またって……。メグルさんっ、こないだわたしがおぶさったの、こんちゃんにしゃべったんですかっ?」
「いや俺は別に……」
「あはは。やっぱりおんぶしてもらったんだ。カマかけちゃった。でも、よかったねー」
「ううー。こんちゃんーっ。もうっ」
「あはは。そんなにお尻叩かないでよ。痛いよ。……あ、そういえば、パンツはかせてくれた?」
「ぶっ」
何言ってんだ。こんちゃんの両腿を支える腕が緊張してしまう。
「あ、当たり前だよっ。ホントにそんなことするわけないでしょっ」
「そっかー。なんか、ちょっとスースーするような気がしたのは、気のせいかー。あはは」
「……あ、忘れてた。はかせてなかった」
「「えっ」」
俺とこんちゃんが同時に声を出し、こんちゃんはバッと俺の背中から下りた。そして後ろを向いてスカートの中を確認したようだった。
「……はいてる」
「うふ。うふふ。わたしがそんなこと、忘れるわけないでしょっ。いつもからかわれてるから、仕返しだよっ」
「むー。……あはは。ひよりがそんな仕返ししてくるなんて。成長したねー」
「……それは、成長なのか。しかし、こんちゃん、もう立てるし機敏に動けるんじゃないかよ。あとは自分で歩けよな」
「あ。急に動いたら立ちくらみがー」
「もう遅いっ」
「ちぇ。風呂上がりの人力タクシー、楽でいいのになー」
「誰がタクシーだ」
「しょうがないなー。歩くか。……タクシー空いたから、ひより、乗れば?」
「え……あの……」
「だから誰がタクシーだ。だいたい、ひよりの方がパワーはあるんだろうから、馬鹿力で俺が運んでもらいたいくらいだよ」
「誰が馬鹿力ですかっ」
「もう。メグルくんはねー。そういうところがねー。乙女心というものをねー」
「どこに乙女がいるんだか。次に来る、マッコちゃんとやらは乙女だといいなぁ」
「「…………」」
「あれ。何ふたりとも絶句してんの? 俺、なんか変なこと言った?」
「そうですね。そもそも乙女をふたりも目の前にして何言ってるんだかというのがひとつで……」
「あとねー。……まぁ、期待しておきなよ。っていうのがひとつだねー。あはは」
うーん。なんか、マッコちゃんって、そんな感じの子なのか? 苦労が増えないといいがなぁ。
そんなこんなで、こんちゃんの開運稲荷神社に到着する。
「あー。行程の半分も歩いちゃった。疲れたなー」
「あのな。行程の半分もおぶってた俺のほうが疲れてるからな」
「いつもは全行程おぶってくれるのにねー」
「これからは全部自分で歩けよな」
「えー。それは無理かなー」
「こんちゃん、甘えすぎだよっ」
「ひより、ヤキモチ焼きすぎー」
「なっ……。ヤキモチなんて……」
「焼いてますぅー」
「おいおい。ケンカすんなよ。うーん。そうだ。これから毎回、風呂上がりにパンツはかせないでおけばいいんじゃないかな?」
「「…………」」
「あれ?」
ふたりの目が白い。
「フォックスフレイム!」「ヘブンズストライク!」
考えなしに思ったことそのまま言っちゃいけないんだなぁ。迫る炎と拳を見ながら、俺は思った。
「ほれじゃ、おやふみー」
こんちゃんはこんこんさまに手をおいて、あくびをしながら姿を消す。それから俺とひよりは、日和山へ向かう。
「……こんちゃんとわたしの攻撃、割とうまくかわしましたね」
俺は咄嗟に後ろを向き、ふたりの攻撃をかわした。フレイムの炎がちょっと髪に引火したが、こんちゃんの結界中でもあったのですぐに消してもらえた。
「……まぁな。これだけいつも攻撃くらってるとな。かわし方もうまくなるな。っていうか、鬼よりもよっぽどお前らから食らってるんだが」
「ヘンなことばっかり言うからですよっ。えっちなこととか……えっちなこととか」
「……すみません。あんまり意識してないんだけど」
「意識しないでえっちだなんて、どれだけえっちなんですか」
「気分悪くしてるんなら、悪かったよ……」
「まぁ……そんな、気分悪いとかいうほどでもないですけど……」
「なんだ。えっちなのも好きなのか」
「そういうところですよっ!」
ほどなく、日和山に着く。もうあたりは暗い。
「それじゃあ、これからわたしは湊稲荷神社の導きの護符を書きます」
「ああ。ご苦労さん。大変だな」
ひよりは様々な護符を書くのが得意らしく、神界でも貴重な存在なんだと自称している。その作業は、この地上では媒介石に入ってから行なうらしい。俺たち地上人には、そのイメージがつかみづらいが。
「わたしにしかできないことですから」
「ん。俺にも手伝えればいいけど、絶対ムリだからなぁ」
「……それなら……せめて、あの……」
「ん?」
「また……背中を……」
「……ああ、おぶってほしいのか」
コクリとうなずく。
「ん。いいぞ。こんちゃんがされてると、ひよりもされたいのか。子どもだなぁ」
「そういうわけじゃないですけど……」
背中を向けてしゃがむと、ひよりがおぶさってきた。
「うふふ」
どんな表情をしておぶさってるのか俺には見えないが、まぁ、俺も悪い気分ではない。感触はやはり、こんちゃんと違ってばいん感ゼロなわけだけど、それは言わない方がいいな。
少しの間そうしていると
「ありがとうございました。もういいですよ」
と言って、ひよりは背中から下りた。
「これでいい護符が書けるんなら、いつでも協力してやるけどな」
「えへへ。たぶん、書けます」
「護符の設置は、どうする?」
「んー。明日の朝、やっちゃいましょう。メグルさんがよければですけど」
「ああ。俺はかまわないけど。早朝動くのはいつものことだしな」
「では、明日の早朝で」
「こんちゃんは……寝てるだろうな」
「わざわざ起こすこともないですし、護符設置はこんちゃんいなくても大丈夫ですから」
「ん。それじゃあ、ふたりで行くか」
「はいっ」
「なんか、うれしそうだな」
「別にそんなことないですよっ」
「まぁとにかく、これから護符書くのがんばれよ」
「まかせてください」
「それじゃな」
「おやすみなさい。また明日です」
ひよりは手を振りながら方角石に消えていった。
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