その14:湊稲荷神社へ

 湊稲荷神社か。この、しもまちエリアでは一番メジャーな神社と言ってもいいのかもしれない。神社には興味なかった俺でも聞いたことがあるくらいだし。

「回るこま犬」というのが、ときたまバラエティ番組や雑誌なんかで紹介されたりもするようで、参拝客も多いみたいだ。


「どうする? これから行ってみるか?」

「そうですね。早いほうがいいかもですね。行きましょう」

 神界から巫女を呼ぶためには、ひよりが「導きの護符」を作らなければならない。その「導きの護符」を作るためには導く場所をイメージしなければならず、現地を見ないといけない、ということらしい。

「こんちゃんも来てくれるかな。場所を憶えておいてもらえば、俺がいなくてもひよりが行けるだろうから」

「うん。行くよー。そのあと、お風呂行こうねー」

「……帰りは俺がおぶると」

「よろしくー」

「もうちょっと加減して入ってくれるとありがたいんだけど」

「えー。加減してお風呂入っても楽しくないよー。のぼせるまで入るのが醍醐味ってやつだよ」

「そんなもんですか」

「そんなもんだよ。あはは。いつも服着せてもらって、ひよりにも世話かけてるけどねー」

「ホントだよっ、こんちゃん。からだ拭いて、下着からセーラー服まで着せるのって大変なんだから」

「え……。そんなことしてんの?」

「あ。メグルくん、なんか想像しちゃった?」

「したんですかっ?」

「いやいや、別に……。えーと。水着とかにコスチュームチェンジした上で着せて、それからまたセーラー服にチェンジすれば楽なんじゃないかな……とか思ったり」

 適当にごまかして発言したのだけど、ひよりとこんちゃんが「その手があったか」という感じで顔を見合わせてポンと手を打った。しかしそれだと周囲にコスチュームチェンジを見られてしまうことに気づいて、結局その案は却下された。いや、こんな話をしてる必要ないんだけど。


「まぁ、とりあえずそんな話はどうでもいいんだけど。湊稲荷神社ね……。距離的には、銭湯行くのとおなじくらいかな」

 俺はスマホで湊稲荷神社の位置を確認して言う。

「ちょっと、距離ありますね」

「んー。ひよりひとりでは、到底無理だな。まぁ、距離あると言っても、歩いて十五分もかからないんじゃないかな、とは思うけど」

「うう。否定はできませんけど……」

「ひよりひとりだったら、どこだって無理だと思うけどねー。あはは」

「こんちゃん、ひどいっ。お風呂上がり、下着つけないでセーラー服着せちゃうよっ」

「あはは。それは勘弁だわー。許してー」

「それとも、からだ拭かないで着せちゃおうかな」

「それも嫌ー。びしょびしょですけすけじゃない。あはは」

「あの、そういう話は、男子のいない場所で……」

「あ。メグルくん、またなんか想像してる?」

「してるんですかっ?」

「はいはい! 湊稲荷、行くぞ! 遅くなっちゃうぞ!」

 俺は駆け足で街側の階段を下りる。

「あはは。照れちゃって。あんまりいじめないであげようか」

「いじめてなんかいませんよ?」

「ひよりはひよりで、天然だねぇ。面白いけど。あはは」

 こんちゃんとひよりも階段を下りてきた。


「うーん。どう行くのがいいのかな。わかりやすく、大きな道を行くか」

 スマホで地図を見ても、湊稲荷神社の辺りは道がうねっていたりクランクのようになっていたりして、ちょっと気を抜くと迷ってしまいそうだ。ひよりの前で道に迷ったりしたら「いつもわたしのこと方向音痴とか言うくせに!」とか、バカにされそうだからな。

 うねるような道は、かつて水路だったものが多いと聞いたことがあるけれども、この辺りの道もそうなんだろうか。


 日和山を下りて街の方へ行くと、バスも通る割と大きな道に出る。商店街やあけぼの公園へ行くときにも、まずこの道に出る。横七番町通と言うらしい。変わった名前の通りだけれども、由来があるのだろう。五合目カフェの艦長がそういうのに詳しいらしいけれども、いつか聞いてみよう。


 その横七番町通を歩いていくことにする。すぐに、いつも入っていく下本町商店街が見える。商店街入り口にある駐車場は、以前銭湯だったらしい。この辺に銭湯があれば、こんちゃんを背負って帰るのもまだ楽なんだけどな。今日は商店街には入らず、そのまま先に進む。


「えーと。どこから入ればいいんだったか……」

 スマホの地図を見る。俺はナビっていうのが嫌いなのだ。なんだか、命令されてる気がして。自分の判断で、行く道は決めたい。そんな、カッコいいことでもないけれども。

「んー。どう行っても、うねうねするんだよな。最短距離というのがわからん。まぁ、ここでいいか」

 信号を過ぎたところで、細い路地に入る。と、右側に神社があった。


「ん……。これじゃあ、ない……よな」

 神社の周囲にはのぼりが幾つか立っていて、そこには「金刀比羅神社」と書かれていた。

「ことひら……こんぴら神社ってやつかな」

「あ。ここは……ヤコちゃんのとこだね。ね、こんちゃん」

「そうみたいだね。ふーん。ここかぁ」

「ん? ここにも知り合いの巫女がいるのか?」

「はい。まだ呼ばれてないから、来るのかどうかわかりませんけど」

「来るかなー。あはは」

「ふーん。その子、強いの?」

「強いと言えば、強いですね。ある意味、最終兵器という……」

「ある意味? なんか含みがあるな」

「あはは。すごく強いんだけどねー。ま、それは来てからのお楽しみかなー」

「そうですね。まずは、マッコちゃんが来れるようにしないと」


 俺たちは先に進む。

「あ。さっきの道、曲がるんだったか」

「メグルさん! 間違えたんですかっ。いつもわたしに方向音痴とか言うくせに!」

「くそ。やっぱり言われた。別に迷ったわけじゃないし、たいした間違いじゃないよ。距離も変わらないから大丈夫!」

「ホントですか~? まったく……。あ、あれ何?」

 ひよりが何か見つけたようで、指をさす。

「カッパ……だねぇ。あはは。変な顔」

 住宅の前に、大きなカッパの人形が置いてあった。

「カッパか。……あれ、媒介石になったりする?」

「まぁ、どんなものでも、なる可能性はありますけど……。でもあんまり由緒とか無さそうですねぇ」

「そうだねー。やっぱり、ある程度は人の思いとか歴史とかを取り込んだほうがなりやすいしねー」

「ふーん。なるほど」

「でもまぁ、一応チェックしときましょう」


 そこから少し大きな道路に出る。長くゆるやかにカーブしている。これも水路の名残だったりするだろうか。まぁ、だったら何、という話ではあるけれども。

「えーと。あの信号のところを入っていけばいいんだな」

 少し細い道に入る。この道路も蛇行している。スマホの地図で見てもそれほどでもないが、実際に歩いてみると、けっこううねっている感じだ。こういう微妙なカーブがあると、方向感覚おかしくなるんだよな。

 などと考えていると、左側に神社があった。

「湊稲荷神社……。ここで間違いないな」

「そうですね。そんなに広くはないけど、なんだか華やかな感じがありますね」

「あー。あれが、回るこま犬だねー。マッコの媒介石かー。回しちゃえ」

 こんちゃんが、こま犬を回す。男性は向かって右、女性は向かって左のこま犬を回してお願いする、と書いてある。俺も回したくなる。まぁ、せっかくだしな……。回すか。

「あれー。けっこう重いねー」

 こんちゃんが苦労しながら回している。ひよりも、うずうずしながら順番を待っている。

「ひより、届くか? 少し高いけど。抱えてやろうか?」

「と、届きますよっ。ご心配なくっ」

「えー。抱っこしてもらえばいいのにー」

「結構ですっ」

 ひよりが、少し背伸びしながら手を伸ばしてこま犬を回す。さすが近接パワー型。簡単に回った。

「おー。さすがだな。何お願いしたんだ?」

「あ。回すのに夢中で、何もお願いしませんでした」

 実は俺もそうだった。こんちゃんもらしい。どうやら、それはこの回るこま犬の「あるある」のようだ。

 しかし、ある種のアトラクションみたいなこれは、やはり人を引きつけるのだろう。そう言っていいのかわからないけど、神社が繁盛するにはこういうのが必要なんだろうなぁ、と思ってしまう。


「どうだ? 導きの護符を書くためのイメージ、出来た?」

「はい。もうバッチリです。すぐ書けますよっ」

「あはは。さすがだねー。それじゃ、ここからも割と近いみたいだし、お風呂入って帰ろうか」

 俺たちはいつもの銭湯へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る