その12:湯上がりおんぶ巫女

 俺が先にあがって待っていると、ひよりの声がした。

「メグルさーん。こんちゃんがー」

 いや、呼ばれても女湯の方に行くわけにいかんから。

「なんだ。こんちゃんがどうした」

「こんちゃんが、のぼせちゃってー。そういえば、こんちゃんいつもこうなるんでしたー」

「マジか。ちょっと休ませておいてやれよ」

「でも、こうなると長いんですよー。神界湯ではいつも、背の高い子がおぶって帰ってたんですー」

「……俺に、おぶれと?」

「わたしだと身長足りなくて」

「うーん……。しょうがないな。服は着せたんだな?」

「着せましたー。……当たり前じゃないですかっ」


 外で待っていると、ひよりがこんちゃんをかついで出てきた。まぁ、力はあるからな。

「わたしだと引きずっちゃうんで。外ではメグルさん、お願いします」

「あ。メグルくん……。ごめんねぇ。アタシ暑がりなのにお風呂好きで……銭湯だとこうなっちゃってぇ」

「いや、いいけど……。意識はあるんだ。毎回こうなの?」

「なんかねぇ。立てなくなっちゃってぇ」

「病院とか行ったほうが……」

「そういうの、アタシたちが行くといろいろ面倒そうだからねぇ。それに、こんこんさまに入ってしまえば大丈夫だから……。あ、またクラッときた」

「大丈夫かよ……。まぁ、医者にみせて『このひと人間じゃない』とか言われたりすると面倒か」

「わたしたち、体の構造は地上の人と一緒ですよっ。……たぶん」

「トイレ行かないって言ってなかったっけ?」

 横を向いてくちびるを突き出してふーふー言う。

「口笛吹けてないってば」


「それじゃあメグルさん、こんちゃんをお願いします」

「ああ。おんぶさせてくれ」

 俺がしゃがむと、こんちゃんの重みが背中にかかってきた。細い腕が両肩越しにのばされ、俺の胸の前で軽く交差する。こんちゃんの両足を俺の両手で支えておんぶする体勢が整うと、立ち上がった。こんちゃんの頭が、俺の顔の右側にある。

「背中、受け流しは発動しませんね。おんぶはできるみたいで、よかった。……メグルさん、大丈夫ですか? 重くないですか?」

「ちょっと、ひより、失礼ね」

「あ。起きてた」

「ん。まぁ、大丈夫だよ。このくらい。ただ、女の子をおぶるなんてこと、今まであんまりなかったというか、初めてだからなぁ……」

「うふ。メグルくんの初めて、もらっちゃった」

「こんちゃん! 何言ってるのっ!」

「ひより、ごめんねぇ」

「べっ、別にそんなの、どうでもいいけどっ」

「おほんっ。それじゃあ、戻ろうか」

「メグルさんは何ちょっと顔赤くしてるんですかっ」

「ふ、風呂上がりだからかな」

「まぁまぁ、勘弁してあげてよ、ひより。今度ひよりがおんぶしてもらいなよ」

「わたしはお風呂でのぼせたりしないからっ。おんぶしてもらうようなこと起きないよっ」

「べつに、何もなくてもおんぶしてもらえばいいじゃない」

「そ、そんなこと……」

「ひよりをおんぶするんなら、子守に見えるからあんまり恥ずかしくないかもな」

「わたしは幼女ですかっ。ヘブンズ……」

「待て待て。ここで俺まで動けなくなったら、こんちゃん運べないぞ」

「むぅぅ。しょうがないですね……。とっとと行きましょう!」

 ひよりがずんずん先へ進む。

「おい! そっちじゃない! そんなところで曲がるな!」


「あはは。ひより、見かけに違わずまだお子ちゃまだねー」

「そうなるのがわかってるのに風呂でのぼせちゃう人も、それなりだと思うんだが」

「そうかー。あはは。でも、意外と大人の計算ずくだったりして」

「計算って……」

「こうしてメグルくんと密着して、ばいん感を誇示しながらひそひそ話するための」

「……冗談でしょ」

「うん。冗談。バレたか。あははー。アタシ、ホントにのぼせやすいんだよねー」

「……ふっ。お見通しだよ」

「なんか、ほっとしてるね? メグルくんもまだお子ちゃまだね」

「こんちゃんだって、そんなに大人っぽいわけでも……」

「そうかなー。アタシ、大人じゃない?」

「そりゃ、ひよりに比べたら……。でも、言うほどばいん感がすごいわけでもないし」

「なっ……。ちょっと、ひよりー! メグルくんがねーっ。アタシじゃ、ばいん感が足りなくて物足りないんだってーっ!」

 先を歩くひよりが、止まって、ゴゴゴと振り向く。

「そうなんですよっ。メグルさんは、甲羅鬼さんと同じで、ばいんばいんが大好きなんですよっ。たぶんそういう仲間だから、受け流し能力を取り込めたんですよっ! だから、だから、わたしなんかっ」

 ズカズカズカとこちらに向かってくる。

「えっ。こんちゃんっ。俺、そんな言い方は……っ! ひより、待て。ヘブンズクラッシュだけはやめてくれよっ」

 俺はこんちゃんをおぶったまま、脱兎のごとく逃げ出した。


 ひよりをまくのは簡単だ。どこかの角で曲がれば、勝手に違う方向へ行ってくれる。ただ、それで迷子にしてしまうとあとが大変だから、少し離れたら声をかけて気づかせてこちらに向かわせてやる。

 そんなことをしながら、開運稲荷神社へ向かう。

「へー。メグルくん、ひよりの扱い、慣れたもんだねー」

「まぁ、けっこう苦労させられてるんで。……今こんなことしてるのは、こんちゃんのせいだけどね」

「あはは。ごめんねー。でも、アタシをほっぽって逃げてもいいのに、おぶったまま逃げてくれるもんねー」

「そりゃ、まぁ。具合悪い人をほっぽれるわけもないから」

「んー。そういうところか。神様も認めるわけだね」

「ん? 神様?」

「あ。なんでもないよー」


「なにはともあれ、もうすぐ、開運稲荷か。ひより、もう怒りおさまったかな?」

「あはは。どうだろうね」

「こんちゃんがあんなこと言うから……」

「だってさー。アタシも確かにばいんばいんではないけど、スタイルは均整とれてると、それなりに自信あったのになー」

「いや、俺だってばいんばいんが好きだとは一言も……」

「へー。アタシくらいでも大丈夫?」

「俺はそんなところで人を見たりしないから……」

「ほー。ひよりみたいな感じでも?」

「ま、まぁ……」

 そこに、ひよりが走ってきた。

「やっと追いつきましたよっ。メグルさんっ」

「わ。ちょ、ちょっと待て。もう開運稲荷だから。こんちゃんをおろそう。話はそれからだ。……それじゃ、こんちゃん、おろすよ。大丈夫?」

 こんちゃんは、すっと俺の背中から下りた。

「いやー。メグルくん、ありがと。快適だったわー。またお風呂いくときは頼むわ」

「……また俺がおぶるの? っていうか、だいぶ元気だな。とっくに歩けたんじゃないのか?」

「あはは。おりるタイミングがつかめなくてねー」

 そこまで言って、こんこんさまに向かうすれ違いざま、俺の耳に口を近づけてささやいた。

「また、耳元でひそひそ話しようね」

「……っ」

 俺は耳をおさえて、こんちゃんを振り返る。こんちゃんは、吽形のこんこんさまのところまで歩き、振り向いて微笑んだ。

「ひより、メグルくんを許してあげてよ。ばいんばいんが大好きなわけじゃないんだってさ。だから……」

 ひよりを手招きする。ひよりがこんちゃんのところへ行くと、何事か耳打ちした。

 ひよりは、それを聞いたあと、トコトコとこちらへ歩いてきた。

「それじゃ、メグルくん、今後もよろしくね。今日はありがと。おやすみ。ひよりも、おやすみー」

「あ、ああ。おやすみ。ゆっくり休んで……」

「こんちゃん、おやすみ……」

 こんちゃんは吽形のこんこんさまに手を置き、手を振りほほえみながら、すぅっと消えていった。


 そのあと、俺とひよりは日和山へ向かう。

「最後、こんちゃんと何か話してたな。何言ってたんだ?」

「え。べつに……。大したこと言ってないですよ。メグルさんはいい人だって……」

「それ、大したことないのか。まぁ、いいけど」

「あと、メグルさんにヘブンズクラッシュはやめておきな……って。将来困るかもって」

「うむ。それは大したことだぞ。あれはいけない。……将来困るって、何だ?」

「……知りませんよっ!」


 日和山の海側階段を上り山頂に出る。大したことはしてないんだが、なんだか長い一日だった。

「それじゃ、ひよりもおやすみ」

「おやすみなさい……」

 街側の階段に向かおうとすると、背中に衝撃があった。

「おわっ」

「あ。ごめんなさい……」

 ひよりが、背中に飛びついていた。

「な、なんだよ。いきなり」

「あの……。さっき、こんちゃんが……ひよりもおんぶしてもらっておきなよ……って」

「そんなことも言ってたのか。で、おんぶしてもらいたかったのか?」

「べつに……。でも、なんとなく……。ていうか、こんちゃん、このままアタシがもらっちゃおうかな、なんて言うから……」

「後半よく聞こえなかったけど……。とにかく、突然飛びついて来ないで言えよ。おんぶくらいしてやるから。階段から落ちるだろ。まったく。……せっかくおんぶしたんだし、子守唄でも歌ってやろうか?」

「また、そういうことを! どうせわたしはこんちゃんと比べても、ばいん感ゼロですよっ」

「んー。でもなんだか、こんちゃんおぶってるよりも、しっくり来るような気がするな。心地いいというか」

「え……。な……。そ……」

 ひよりは、バッと俺の背からおりた。

「そ、それじゃ……。あらためて、おやすみなさいっ」

 そう言うと方角石に手を置いて、すぅっと消えていった。

「なんだ。せわしないなぁ。……おやすみ」

 俺はそう返しながら方角石に手を振って、階段を下りた。

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