その11:燃える人体実験
俺たちはまた日和山に向かっていた。
「フレイムはともかく、ファイヤーやブレイズはその辺で試すわけにいかないもんねー」
「一応、日和山のわたしの結界の中なら周りの人からは見えなくできるし、炎に包まれてもすぐ消すことはできるだろうから」
「おい。炎に包まれるって、何がだ。いや、誰がだ」
ふたりが目をそらす。……やっぱり俺が包まれるのか。
「メグルさん。これは重要な実験なので。結果しだいで戦い方が変わっちゃいますから」
ひよりが、俺の右腕をギュッと握って言う。
「これはメグルくんにしか出来ないことなんで……。お願い」
こんちゃんが俺の前にまわって俺を見つめながら言う。
「おまえら……。俺が逃げられないように位置どってるだろ」
「そんな、メグルさん、疑り深いですね」
ひよりの握力が強まる。う。こいつ、近接パワー型だけあって、力は強いからな。
「そうだよー。すぐ終わるから。ね」
こんちゃんも俺の隣に移動して、左腕をつかむ。
「両手に花だ。よかったねー。メグルくん。うれしい?」
「くそ。もうどうにでもしてくれ」
俺は日和山山頂に連行された。
山頂に着くと、俺は後ろを向かされる。ひよりとこんちゃんが少し離れて立つ。
「とりあえず、もう一回、フレイムを試させて?」
「ああ。俺はただ後ろ向いて立ってればいいの?」
「うん。行くよ。フォックスフレイム!」
俺の横を小さな炎が通り過ぎる。そのまま少し飛んだあと、空中で何かに当たったように消えた。結界の見えない壁のようなものに当たったんだろう。
「……やっぱり、受け流されるねー。方向を捻じ曲げられるみたいに」
「わたしがヘブンズストライク撃つときも、まっすぐ振り抜いてるつもりがそのままそれちゃうもんね」
背中なので俺にはどうなってるのか見えないが、攻撃が俺の背中から逃げるようになるらしい。
「でも俺、夜は布団に背中つけて寝てるし、風呂で背中も洗えるけどな」
「……へー。どれどれ」
「ん……? うわっ」
細い両手が俺の背後から脇の下を通り、胸の前で指を絡めた。背中には感触が。ちょっとドギマギしてしまう。
「こ、こんちゃんっ! 何やってんのっ!」
ひよりが慌てたように言う。
「んー……。確かに、背中に触れることはできるみたい……だねー」
感触からして、こんちゃんが俺の背中、肩甲骨あたりに顔をスリスリしている……ような気がする。その下の感触も……ちょっと……。
「あの……。こんちゃん……?」
「あー。ごめん。背中に触れられるのか、つい確かめたくなっちゃって。ごめんね。あはは。ひよりも確かめてみる?」
「え……。いや、わたしは……。別に……」
「やってみてよー。実験はいろんなケースで試した方がいいんだよー。アタシは触れられるけど、ひよりは拒絶されたりするかもしれないじゃないー」
「えっ。そんな……まさか……」
「ほらほら。やってみなよー」
「それじゃ……。しょうがないなぁ……。メグルさん、行きますよ……」
「ん……? ああ……」
ひよりの短い腕が肘の内側を通り、腹のあたりに手のひらが来る。
「ぶはは」
「こんちゃんだとドギマギして、わたしだとなんで笑うんですかっ」
「いや、ちょっとくすぐったくて」
「もう……」
ひよりもスリスリしているようだが、肩甲骨ではなく背骨のあたりだ。背骨がグリグリと……。
「ぶはは」
「だから、なんでわたしだと笑うんですかっ」
「だってさ。妙にくすぐったくて。それに、背中にさわれるかどうかを確かめるのに、別にスリスリはしなくてもいいんじゃないかと」
「えっ。あっ。だってそれは。こんちゃんがやってたから……。つい……」
「あはは。それもそうかー。でも、アタシでもひよりでも背中には触れられるわけだねー」
「うん。特に問題ないみたいだぞ」
「どっちも同じだった? アタシとひよりで何か違いとか……」
「まぁ、くすぐったさが違ったけど……。他に違いと言えば、こんちゃんのときには背中にばいん感があったけど、ひよりのときはまったく……」
「またそんなことを……! ヘブンズストライクっ!」
「おっと」
俺は背中で受け流す。
「うう。かわされた……」
「うーん。やっぱり、ヘブンズストライクはかわされちゃうんだねー。なんだか不思議だね」
「攻撃意思を感知するとか、攻撃スピードの問題とかだったりするのかな。自分で使っていながらわからないけど」
「そうですね。メグルさんもその辺知りたいでしょうから、どんどん人体実験していきましょう」
「あはは。ひより、目がこわいー。まぁ、とりあえず今日はアタシのフォックスファイヤーが効くのかどうかだけ見ておこうか」
「うん。思いっきり撃ってあげて」
「あの……ひよりさん……。万一のときの消火はお願いします……」
「気が向いたらしてあげますよっ」
「えー……」
「あはは。話ついた? 後ろ向いて! 行くよ! フォックスファイヤー!」
「いや、まだ……」
こんちゃんがこちらに向けた手のひらから、問答無用で炎が放たれる。フォックスフレイムは炎の矢じりがついた矢が放たれる印象だったが、こちらは火炎放射器で炎を浴びせられるような感じだ。
俺は背中でその炎の奔流を受け流す。とりあえず……ダメージは無い……か? でも……。
「うあちゃちゃちゃっ!」
しばらくすると、背中が焼かれるように熱くなった。いや実際に焼かれてるんだが。おまけに、受け流した炎も少しずつ前に回り込んできているから、全身が焼かれるようになってしまった。
「ギブっ! ギブっ! 降参っ! もうやめてっ!」
炎の奔流は姿を消す。ひよりが、準備してあったバケツの水をうずくまった俺の頭の上からぶちまけた。
「万一のときの消火って……このバケツ……?」
びしょ濡れになりながら、ひよりに聞く。
「もし本当に身体に火がつくみたいなことがあったら、別の方法もありましたけどね。今程度のことなら、バケツ水で十分ですっ」
「……怒ってる?」
「ちょっとだけですよっ」
「あはは。まぁ、無事でよかったわ。甲羅鬼の受け流し、やっぱり炎自体は受け流せるみたいだけど、熱は無理みたいだねー。ずっと熱していれば耐えられない。炎は回り込んだりもするから、そちらの影響もあるみたいだし」
「甲羅鬼さんのときにこんちゃんがいれば、もっと楽だったね」
「それほど苦戦したわけでもないけどな。でもあれは偶然みたいなもんだったしなぁ」
「戦略で勝つのと偶然で勝つのじゃ、全然違うもんねー」
「こんちゃんが加わったことで、戦い方がグッと幅広くな……な……ぶわっくしょい!」
「メグルさん、風邪ですか?」
「いや、さっき誰かに水をぶっかけられてな。びしょびしょなんだよ」
「災難でしたね」
「おまえな……」
「あ。そうだ。冷えた身体を温めるために、お風呂行きましょうか」
「おー。お風呂? 銭湯? 入れるの? いいねー」
「わたしたちの分も、メグルさんが出してくれるそうなんで」
「おい」
「メグルくん、ありがとー。アタシまだお金ないからさー。スリスリした甲斐があったわ」
「ま、まぁ……しょうがないか。でもひよりは自分の分くらい……」
「わたしもスリスリしましたけどっ? わたしのスリスリには価値がないとっ?」
「いや別にスリスリは関係ないんだけど……。わかったよ。出せばいいんだろ。今回だけな」
そのあと、俺たちはいつもの銭湯へ。まぁ、俺は別に家に帰れば風呂には入れるんだが。
ひよりだけのときは、あいつひとりだけでは帰れないから俺が最後に日和山まで送ってやる必要があった。こんちゃんとふたりになれば、俺がいなくてもふたりで帰れるかもしれない。そのために、こんちゃんに銭湯までの道を憶えておいてもらう必要があるので、一度連れて行っておいたほうがいい。そういうつもりもあったのだ。でも。そううまくはいかなかった。
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